横浜市長選の結果と“ハマのドン”がスポーツ界に与える意外な影響
横浜は“世界一が決まる”街
横浜市は世界に冠たるスポーツの街だ。2002年のサッカーワールドカップ(W杯)、2019年のラグビーW杯、2021年の東京オリンピック男女サッカーはどれも決勝戦を横浜国際総合競技場(日産スタジアム)で開催している。
プロスポーツも盛んでプロ野球・横浜DeNAベイスターズ、J1の横浜F・マリノスと横浜FC、Bリーグ1部(B1)の横浜ビー・コルセアーズなどが当地をホームにしている。他競技もラグビーの強豪・横浜キヤノンイーグルス、アイスホッケーの横浜グリッツ……と選り取り見取り。またB3の横浜エクセレンスは板橋区立小豆沢体育館から横浜武道館にホームを移したばかりだ。行政がプロスポーツ、スポーツイベントの支援に力を入れてきた証明だ。
そんな横浜市のトップが交代する。横浜市立大の山中竹春教授が立憲民主党、共産党の支援を得て当選を果たした。4期目を目指していた現職の林文子市長は山中候補に20%以上の大差をつけられて落選している。山中教授は直近まで国務大臣を努めていた小此木八郎、前神奈川県知事の松沢成文、元長野県知事の田中康夫といった複数の大物が出馬する激戦から頭一つ抜け出した。
横浜市とスポーツの関係は?
山中新市長の就任で横浜市とスポーツの関係には変化が起こるだろう。横浜市は歴史的にもスポーツを熱心に支援してきた自治体だ。横浜スタジアムは1978年の竣工だが、建設に尽力したのは飛鳥田一雄市長。市長退任後に日本社会党の委員長も務めた大物政治家だ。
1995年には高秀秀信市長(当時)を中心に官民を挙げて「横浜熱闘倶楽部」が結成され、プロチームの広報や企画をサポートしてきた。現在は「横浜スポーツパートナーズ」という組織に主体が移り、女子サッカーやソフトボールなども支援対象に加えている。横浜市は市民局のスポーツ推進室、体育協会の動きもいい地域だ。
プロスポーツの支援は、スタジアムやアリーナのようなハコモノの建設が分かりやすい例だ。ただ現場レベルではハードウエアとともに“無形の支援”が大きな意味を持つ。
プロスポーツを支える自治体の動き
駅は人通りが多く、宣伝効果の高い場所だが、自治体は柱や看板スペースの使用権を持っている。そこにご当地チームのポスターを掲出できれば、かなり大きな支援だ。川崎フロンターレが始めた転居者に招待券を配る、ベイスターズが手掛けた小学校に帽子を配るといったプロモーションも、行政の支援なくして進まない。自治体がそういった動きに付き合ってくれれば、プロスポーツは大きく助けられる。
ハコモノは使っているうちに必ず不足が出てくる。近年なら照明をLED化する、Wi-Fiを設置するといった改修が各地で進められている。金額や工事内容によっては議会の審議も必要となるが、そこで自治体が汗をかいてくれると各チームは救われる。
自治体の裁量がスポーツに影響
もちろんチームや選手の吸引力は地域の財産で、プロスポーツは行政や市民に“夢や希望を与える”立ち位置でもある。街の魅力を上げる、社会課題を解決するという文脈で自治体とプロスポーツは共闘関係を作れる。また行政といい関係を作れているチームにはスポンサーがつきやすい。
一方でプロスポーツを特別扱いしないポリシーが強い自治体も多い。プロは営利事業、民間の金儲けであり、そこに行政が関与するべきではないという“昭和の感覚”は今も強い。施設の予約、利用料などで優遇をあまりしない自治体もある。
コロナ禍においては、自治体が興行や施設利用のストップをかける状況もある。感染者抑制という大前提の中で、どこまで活動を認めるかは難しい判断だ。付言すると施設利用の停止はプロ以上に育成年代のクラブチームに及ぼす影響が大きい。そもそも自治体のプロスポーツ支援が絶対的な正義かといえば違う。プロスポーツを優遇すれば、一般利用者は施設を使いにくくなる。プロスポーツが人流を増やすイベントであることも間違いない。そのようなジレンマには留意する必要がある。
スポーツインフラ整備の優先順位は?
もちろん横浜市の行政機構がゼロから刷新されるわけではない。とはいえ市長のイニシアチブは大きく、山中新市長のスポーツ政策に関する判断が注目される。老朽化したニッパツ三ツ沢球技場の改修、公園の再開発はスポーツ政策における目下の課題だが、新市長の意向が特に影響するプロジェクトだろう。
山中氏は選挙戦で敬老パス、小児医療費の無料化といった大きな財源を必要とする公約を有権者に提示している。一方でスポーツ政策については方向性をほとんど示していない。有権者の審判が下った以上は仕方のないことだが、スポーツインフラ整備の優先順位は落ちるはずだ。
山中市長の当選を支えた“ハマのドン”
市のスポーツ政策に影響を与えそうなもうひとりのキーマンが、山中市長当選の立役者となった藤木幸夫氏だ。彼は港湾物流を担う藤木企業の会長を務め、“ハマのドン”の二つ名を持つ大物。港湾に関わるステイクホルダー、財界の声を取りまとめて行政と対峙してきた論客で、91歳の今も精力的な行動と発信を続けている。保守側の財界人だが、カジノ問題に対して強く反発して近年は反自民の立場を取っていた。
藤木氏は神奈川県野球協議会の会長を務め、野球人との交流もある。アマ野球ファンの間では大学野球・横浜市長杯の開会式に登場し、野球賛美の挨拶をすることでお馴染みだった。横浜スタジアム問題などでベイスターズに“圧力”をかけていた経緯もあるが、少なくとも神奈川のアマチュア野球に対して大きな支援をしてきた人物だ。
藤木氏は過去に反サッカー発言も
単に野球が好きという話ならば、スポーツ界にとって純粋にいい話だ。しかし藤木氏はサッカーの競技性自体を批判し、W杯決勝の横浜開催に反対した経緯も公言している。彼は今年4月11日、神奈川フューチャードリームスの開幕戦に登場し、10分に及ぶ大演説をファンの前で行った。そこでこう述べている。
「戦争の終わったあと、日本はなんのスポーツを選んだと思いますか?野球を選んだんです。よその国は何を選んだのか?サッカーです。サッカーはヨーロッパの国が、侵略の道具に使ったスポーツです。足が痛くても腰が痛くても手が痛くても『監督痛いです』と言ったら引退。野球は監督と選手が対等な立場で話し合える」
「私はサッカー(のW杯決勝)を横浜でやったとき、市長に『サッカーのW杯をやるような無様な横浜は嫌いだ』といいました」
「戦後すぐにサッカーでなく野球をやったから日本はこうなっている。サッカーをやったら今、私は懲役に行っているでしょう」
野球が戦後復興の大きな力となった経緯は事実だし、藤木氏の人生にいい影響を与えたことも否定をしない。一方で「怪我をした選手に無理をさせる」カルチャーはむしろ野球に根強いものだし、サッカーが“社会を悪くする競技”という主張がマジョリティに支持されるとも思えない。
懸念される功労者への“忖度”
山中陣営はそのような人物を選挙活動の切り札として登用し、ポスターにはその顔写真を入れた。新市長にとって藤木氏は当選の立役者で、市と財界をつなぐゲートウェイ的な存在でもある。つまり新市長が良くも悪くも顔色を伺う必要のある相手で、スポーツ行政においてもその影響力は行使されるだろう。藤木氏の存在は野球以外のスポーツが横浜に根付き、発展する上でかなり大きなリスク要因だ。