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樋口尚文の千夜千本 第109夜「パシフィック・リム アップライジング」(スティーヴン・デナイト監督)

樋口尚文映画評論家、映画監督。
(写真:Shutterstock/アフロ)

サプライズより快適さに満ちたツボ押し巨篇

ギレルモ・デル・トロ監督による第一作はニッポンの特撮やアニメへの愛情を存分に詰め込んだ作品だったが、ギレルモが『シェイプ・オブ・ウォーター』を手がけている間に作られた本作は(ギレルモはもちろんプロデューサー)、ある意味では前作以上にダイレクトにわが国の特撮映画やロボットアニメなどの「お約束」や「キメどころ」や「シズル」が満載かもしれない。第一作めでイェーガーをめぐる設定はひととおり観客に刷り込まれたので、今回はアタマからずっと数々のアイディアのつるべ打ちである。

ベーシックな一作目を観た後は、次はこのパイロットが次世代に教えを託すのだろうな、その場合先生側のパイロットは昇格して軍服姿の菊地凛子がいいなあ、やっぱり正調イェーガーが出そろった後はにせイェーガーとか暴走イェーガーが出てきてほしいなあ、その場合狂ったイェーガーを操っているヤツは「ああいうのがいいなあ」とか、お約束としてはその「ああいうの」に洗脳または憑依されて操られている人間にも暗躍してほしいなあ、それでイェーガーの変化球ネタで攻めた後はやっぱりカイジュー映画で〆てほしいなあ‥‥とか、オタクならつい妄想するわけである。

ところが、今回の二作目『アップライジング』を観ていると、どれだけ痒い所に手が届くのか、そういうオタクの妄想する希望的定番が次から次へと実現されてゆく。そういう意味ではアッという奇抜なアイディアはほとんど無いのだけれども、ファンのツボを正確に押さえてゆく快適さに満ちた映画ではある。その白眉は終盤、富士山がやにわにセンターリングするところだ。1950年代~60年代の東宝特撮映画の黄金期、怪獣たちや宇宙人の兵器が襲来する背景には必ず雄大な富士の裾野が広がっていた。本作ではその日本特撮アイコンの定番である富士山が「やっぱり富士山といえばこういうクライシスがあるよね」的な理由で大詰めの舞台となり、ここは円谷英二ファンなら嬉しいところだ。そして、そのSOS富士山的な事態を解決するのが、ちょっと大気圏にからむイェーガー電撃作戦なのだが、ここはどう観てもわが特撮マエストロのシンジ・ヒグチ監督がかつて編み出した画にインスパイアされたとしか思えないので笑った。

ということで、ツボを心得た『アップライジング』はそんなこんなの特撮願望、特撮妄想をほいほいと画にしてくれる作品で、その限りにおいてはけっこう楽しめる作品である。最後にちょっと思い出話をすると、かつて『ゴジラVSキングギドラ』でメカキングギドラをコクピットで操縦してゴジラを倒した中川安奈さんが「3D映画を観たことがない」と言うので、5年前の『パシフィック・リム』初日に3D版を一緒に観たら、たいそうコーフンして鼻息荒くご覧になっていた。美人薄命、あくる年に安奈さんは病いで急逝されてしまったので、『パシフィック・リム』は彼女が生前に観た唯一の3D映画になったが、あの喜びようを思い出すにつけ『アップライジング』はぜひ見せてあげたかったなとしみじみ思った。

映画評論家、映画監督。

1962年生まれ。早大政経学部卒業。映画評論家、映画監督。著作に「大島渚全映画秘蔵資料集成」(キネマ旬報映画本大賞2021第一位)「秋吉久美子 調書」「実相寺昭雄 才気の伽藍」「ロマンポルノと実録やくざ映画」「『砂の器』と『日本沈没』70年代日本の超大作映画」「黒澤明の映画術」「グッドモーニング、ゴジラ」「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」「女優 水野久美」「昭和の子役」ほか多数。文化庁芸術祭、芸術選奨、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、日本民間放送連盟賞、藤本賞などの審査委員をつとめる。監督作品に「インターミッション」(主演:秋吉久美子)、「葬式の名人」(主演:前田敦子)。

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