あいつ、もうやめるのか?! 5月病の正体
あらためて「5月病」とは
「5月病」。正式な医学用語ではありませんが、その巧みなネーミングから知らない人はいないと言っていいくらい有名になりました。しかし、言い古されたイメージからか最近はこの用語の新鮮さは薄らいだ感があります。厚生労働省によって精神疾患が高血圧などと並んで5大疾病に組み入れられるなど、メンタルヘルスが重要視される時代背景もあり、軽薄な言葉の使用を慎む風潮が、強くなっているのかもしれません。
「5月病」とは、緊張感溢れた4月を過ごした新入生や新入社員が、ゴールデンウィーク明けに陥る倦怠感や虚脱感などを表した俗語です。新しい環境になじめないことによる抑うつ状態であり、精神医学ではストレス障害の一種である「適応障害」に分類されるという解説が主流のようです。「適応障害」とは、特定のストレス因子によって精神的問題が生じ、仕事や勉強など一般的な社会生活ができなくなる診断名です。新しい環境がストレス因子と考えれば、「5月病」=「適応障害」は、あながち間違ってはいないでしょう。
典型的な「5月病」は、新入社員や新入生の例でした。4月に入社してくる新入社員は、いろいろな意味で過剰な負荷がかかっています。希望や理想を持っているフレッシュマン(ウーマン)は、新しい環境へ適応するために、緊張が強くなっている上に無理を重ねてしまいます。ゴールデンウィークまでは緊張感から何とか頑張れていても、疲労と緊張の蓄積から、5月に入って「朝起きられない」「会社に行くのが億劫」などの症状が現れてきます。しかし、新しい環境に徐々に適応していき、夏休みが近づく頃には自然回復している、これがこれまでの「5月病」と称されるケースの経過でした。若者の通過儀礼という側面もあったわけです。
デフレ時代の「5月病」の特徴
実際の臨床現場を見ると、このような典型例は少なくなってきている印象を持っています。最大の違いは、若い新入社員に限った問題ではなくなってきていることです。中間管理職から上級職まで、年齢層が拡大している可能性が考えられます。部署異動や転職などで、新しい環境への適応を強いられる中高年が、増えているからでもあるでしょう。
年齢にかかわらず共通するのは、理想と現実との乖離(かいり)なのかもしれません。同時に、仕事の過酷な現実や矛盾が見えてきます。覇気がなくなるだけでなく「何でこんな会社に入っちゃったんだろ」「自分にこの仕事は向いていない」など、ネガティブな感情が強くなり、すぐに休職や退社に至ってしまうケースも見られます。アルバイトや非正規雇用ならば、正規職員よりは解雇や退職が容易であるという問題もあります。「あいつ、もうやめるのか」という驚きの声は、新入社員だけでなく中途採用のベテランや管理職など、より多くの人に投げかけられる可能性が出てきていると言えるのではないでしょうか。
実例ですが、電気メーカーの40歳代の技術職の人が、4月からの配置転換で営業職に回されました。実直な職人肌の人ですので、営業には自他ともに向いていないと断言できるような人です。案の定、5月ごろから表情が暗くなり、遅刻が増えてきました。ある日突然家にあった睡眠薬を大量服用して自殺未遂を起こしました。このケースの場合、深読みすれば配置転換の形をとったリストラの圧力だったのかもしれません。デフレ不況時代は、このような不幸な人を増やした罪はあるのかもしれません。
一方で、若者はどうなのでしょうか。仮説ですが、「希望や理想を持っている」熱い新入社員は、減ってはいても増えていることはないのではないかと考えています。過度な一般化は禁物ですが、不況下でゆとり教育のもとに育った若い人は、既に地位を得ている人たちの社会をクールに見ています。「頑張ってもムダ」「5年後もこの会社にいるかは、わからない」など、熱意と希望、競争心は昔ほど期待できないのは、仕方のないことなのかもしれません。
「5月病」はうつ病の入口か?
「5月病」を、ストレスが原因で抑うつ的になる「適応障害」という考え方は、精神科医療への垣根を低くした功績はあるでしょう。企業、学校ともに、健康診断では身体面だけでなく、メンタルヘルスのチェックも確立されてきました。先に紹介した例のように、自殺未遂や長期休職などを防ぐために、個人のメンタルヘルスの管理、ならびに精神疾患の早期発見という意味では、大きな進歩だと思います。「5月病」の紹介記事を見ても、「症状が改善しないならば、気軽に精神科・心療内科を受診してください」という、定番フレーズで締めくくられていることがほとんどです。
しかし弊害としては、過度の精神医療サービス提供につながっている可能性があります。すなわち、昔ならば「通過儀礼」で済んでいた人が、不必要な精神医療、すなわち向精神薬の投与が行われ、かえって自然回復力を妨げられている現状があるからです。以前は「精神科なんて行きたくない」という、ある意味健康的な拒絶がありました。現在では、進路や失恋の悩みでさえも、精神科クリニックの門を叩く時代です。必要以上の不適切な薬物療法を受ける危険性は、逆に高くなっているわけです。
睡眠覚醒リズムが「5月病」対策の基本
「5月病」への対策としては、ストレスをためない、連休中は気晴らしをしよう、他人と話をしようなど、ありふれたアドヴァイスがなされることが多いようです。これらの心がけも重要ですが、もっと重要な基本は、睡眠覚醒リズムを保った生活習慣です。そもそも、なぜ「5月病」であり「6月病」ではないのか。それは、日本特有の「ゴールデンウィーク」にヒントがあります。
獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授の井原裕教授が、時間生物学的にも興味深い「5月病」のメカニズムを解説しています。ゴールデンウィークによる長期休暇中に、朝寝遅起きの「睡眠相後退」現象が生じるというのです。週末一日ぐらいの寝坊では、月曜日につらくても何とかリセット可能でしょうが、1週間近く体内リズムが遅くなった生活を続けていては、海外旅行に行っていたことと同じになります。
子どもに特に多く見られる連休中の一過性の「睡眠相後退」現象ですが、成人でも夜中にゲームやネットに没頭して昼夜逆転していれば同じことです。ジェットラグが年を取ると段々つらくなるように、体内リズムを修復する働きは年齢とともに衰えます。子どものような回復力があれば、大人の「5月病」の程度は軽くなるのかもしれませんが、無い物ねだりというものです。
ありきたりですが、ゴールデンウィーク期間中そして終了後も、生活リズムを大きく乱さないことが、体内時計など医学上の知識から確実に実行できる「5月病」対策と言えます。ある程度決まった時刻に起きて、食事をして、睡眠を取る。「言われなくてもわかっている」とお叱りを受けそうですが、この基本がなにより肝心なのです。この基本が維持できない、すなわち食欲不振や不眠などに半月以上ほぼ毎日苦しむようになり、遅刻や欠勤など社会人としての問題が続いたときに、初めて専門家の受診を考えるときだと思います。いざそのときは、受診を躊躇しないことが大切です。
余談ですが、9月の祝日を拡大して、秋の大型連休「シルバーウィーク」を取ることができる人も、増えているようです。大学の秋入学など、一年の予定が欧米型になれば、「9月病」という用語も発生してくるかもしれません。しかし、対策の基本は変わりません。生活習慣の基本に帰ることです。
「5月病」のセルフチェックとしては、現場で広く使われている標準のうつ病尺度を紹介してもいいのですが、わたしの経験から独自に作ってみた「5月病」チェックリストを載せておきます。統計的な基準はありませんが、参考にしてみてください。
次回は、実例をもとに「5月病」を重くしない心がけ、人間関係のコツなどについて解説します。
10個のチェックリスト
- 他人と会う、話すのが億劫で面倒くさい
- 新しい環境に合わせるのが苦手
- 過剰適応気味で、周囲に気を使いすぎる、空気を読みすぎる
- 仕事や勉強についてクヨクヨ悩むことが多い
- 生活リズムが夜型になってきた
- 朝早く目覚めるが、ベッドから出るのがつらい
- 「俺はダメだ・・・」マイナス思考から抜けられない
- 洗顔や髭剃り、化粧を怠るなど、身だしなみがだらしなくなってきた
- 通勤中の会社が近づくにつれて、腹痛や動悸など体調不良が出る
- 食事に関心がなくなり、適当に済ませるようになってきた
3個未満 現在5月病の心配はないようです
4~6個 軽い抑うつ傾向が見られます。ストレス・緊張が強い状態です。
7個以上 抑うつ傾向です。この状態が続くならば受診が必要です