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ハリウッドの大手タレントエージェンシーにとって水原一平事件が痛すぎる理由

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
大谷選手のエージェントCAAは結果的にきちんと仕事をしていなかった(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

「大谷のビジネスチームは、そんなことが起きるのを許したと?ワオ。本当に?大谷は、アドバイザーの歴史において最も情けなく、価値のないアドバイザーをつけているということだ。今度のことが証明した」。

 捜査当局の会見で大谷翔平選手の潔白が証明された直後、「Los Angeles Times」の有名スポーツコラムニスト、ビル・プラシュキは、容赦なくそう書いた。それは、彼に限らず多くのアメリカ人が感じたことだろう。そもそも、水原一平が違法賭博で作った借金を返すため、大谷選手の銀行口座から送金していたという話が出た時から、大谷選手にはビジネスマネージャーがいないのか、いたとしたら何をしていたのかという疑問があったのだ。

 一般人とはかけ離れた額の資産を持ち、仕事が忙しいアメリカのセレブは、プロにお金を管理してもらうのが普通。プロの人たちは、口座からお金が消えたのに気づかないなどということはないし、お金の使い方についてアドバイスもしてくれる。

 実際のところ、大谷選手にも、それをしてくれるはずのすばらしい人々がついていた。クリエイティブ・アーティスト・エージェンシー(CAA)のスポーツ部門だ。

 しかし、捜査で明らかにされたように、税金や贈与などに関して何か問題がないか、これらの人々がチェックしたいというと、「大谷選手本人がこの口座を見せたくないと言っている」と嘘を言って、球団からの給料が振り込まれる口座にアクセスさせなかった。大谷選手が出席するはずのミーティングにも、水原ひとりで現れたという。

CAAはハリウッドの歴史を変えたパワープレイヤー

 彼らも騙されていたとはいえ、結果的にはきっちり仕事をしていなかったことに変わりはない。そもそも、CAAは、野球以外について何も心配する必要はないと約束して、大谷選手をクライアントに獲得することに成功しているのだ。約束通り、彼らは、大谷選手のために、ファイナンシャルマネージャー、会計士、個人的ブランドを守るスポーツマーケティングのエキスパートなどを揃え、万全の体勢を整えた。しかし、日本語ができるスタッフを自前で別に用意することをせず、水原を完全に信じきってしまったがために、自分たちにとって最も大事なクライアントに大損をさせたばかりか、大手タレントエージェンシーとして業界に大恥をさらすことになってしまったのである。

 CAAは、1975年に創設されたハリウッドのタレントエージェンシー。老舗のウィリアム・モリス・エージェンシーでエージェントとして働いていたマイケル・オーヴィッツ、ロン・マイヤー、マイケル・ローゼンフェルド、ローランド・パーキンス、ウィリアム・ヘイバーが立ち上げたこの新会社は、担当者制ではなく、会社全体がチームとしてクライアントにサービスをするのを最初からモットーにしてきた。オーヴィッツとCAAは、“エージェント時代”を作ったとされる、ハリウッドの歴史を変えた存在だ。

 現在、CAAと契約するタレントには、トム・ハンクス、マーゴット・ロビー、スティーブン・スピルバーグ、ニコール・キッドマン、レネ・ゼルウェガー、コリン・ファース、アン・ハサウェイ、イーサン・ホーク、ライアン・ゴズリング、ゼンデイヤ、ライアン・マーフィ、西島秀俊などがいる。リース・ウィザスプーンは、2番目の夫ジム・トスと、CAAのクライアントとエージェントの関係で知り合った。昨年離婚してからも、ウィザスプーンはCAAとの契約を続けている。

リース・ウィザスプーンとジム・トスは、CAAのクライアントとエージェントという関係で出会った
リース・ウィザスプーンとジム・トスは、CAAのクライアントとエージェントという関係で出会った写真:Splash/アフロ

 CAAがスポーツを扱うようになったのは、2005年。その後着実に大物アスリートを獲得し、2023年の「Forbes」のランキングで、CAAは、「世界で最もパワフルなスポーツエージェンシー」の1位に君臨している。大谷選手は、エンゼルスに入団を決めた2017年のオフシーズンにCAAと契約した。大谷選手とドジャースの大型契約を実現させたとしてしばしば名前が出るネズ・バレロは、2006年にCAAに入社し、野球部門のトップを務める人物。

 彼らがタレントを“クライアント”と呼ぶのは、タレントが会社にお金をもたらしてくれる、文字通り“お客様”だからだ。エージェンシーはクライアントである俳優や監督、脚本家などが契約を結ぶお手伝いをし、ギャラの10%を取る。ギャラが高い大人気スターがメジャースタジオの映画に主演契約を結んだり、それこそ大谷選手のように史上最高額の10年7億ドルという契約を取り付けたりしたら、エージェンシーも大きく儲かるというわけだ。

大物クライアントを失わないために、十分なサービスが必要

 当然、そういった大物タレントはライバルエージェンシーにも狙われて当然。文化的に移籍への抵抗もないので、タレントがエージェンシーを変わることはしょっちゅうある。そうならないために、エージェンシーはクライアントに十分なサービスをし、満足させ続けなければならない。それだけに、水原一平が引き起こした一連の騒動で、脇が甘かったことが露呈されたのは、大谷選手だけに対してだけでなく、全クライアントに対して、面子が潰れる出来事だったのだ。

 とは言っても、水原がただの通訳ではなく、大谷選手にいつも影のようにぴったりと付き添い、大谷選手本人が絶大な信頼を寄せていた人物であるのはみんなも知っているので、理解も得られるはずだ。しかし、同じことをもう一度起こすわけには絶対にいかない。このような抜け穴を作らないために、CAAではおそらく対策会議が行われていることだろう。「アドバイザーの歴史において最も情けなく、価値のないアドバイザー」と再び呼ばれることがないように、最強のプランを作り上げてほしいものである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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