あとを絶たない自転車の無謀運転 法令が定める基本ルールの振り返りと留意点
自転車は手軽で身近な乗り物だが、交通規則を体系的に学ぶ機会が乏しいため、基本ルールすら守らず、平然と無謀運転を行う利用者があとを絶たない。
最近でも、左耳をイヤホンでふさぎ、ハンドルに添えた左手にスマホ、右手にドリンクを持って運転中、歩行者と衝突して死亡させた大学生が、刑法の重過失致死罪で立件されている。
交通事故全体の件数は年々減少しているが、それでも自転車絡みが2割近くに上る。春からの新生活で、自転車での通勤や通学が始まるという人も多いだろう。
そこで今回は、法令が定める自転車の基本ルールを振り返り、留意点などを示したい。
【危険な「ながら運転」】
道路交通法では、自転車も乗用車やトラック、オートバイなどと同じ「車両」に分類されている。「軽車両」の一つだからだ。
こうした自転車でも、イヤホンを付けて大音量で音楽を聞きながらとか、スマホを手に持って電話や操作をしながらとか、傘を差しながらといった「ながら運転」は、注意が散漫になったり、運転を誤るなどし、事故を起こす危険性が極めて高い。
2016年には、両耳にイヤホンを付け、音楽を聴きながら自転車を運転中、横断歩道上の歩行者に衝突して死亡させ、重過失致死罪で起訴された大学生に対し、千葉地裁が禁錮2年6月、執行猶予3年の有罪判決を下している。
冒頭で挙げた死亡事故に対する一般の反応を見ても、事故を起こしたか否かにかかわりなく、そうした「ながら運転」そのものを刑罰で規制すべきだといった声が目立つ。
しかし、実のところ、ほとんどの自治体で、既に自転車の「ながら運転」は犯罪行為として規制されている。行政の周知不足にほかならない。
すなわち、まず、道路交通法は、次のように規定している。
「車両等の運転者は、次に掲げる事項を守らなければならない」
「道路又は交通の状況により、公安委員会が道路における危険を防止し、その他交通の安全を図るため必要と認めて定めた事項」(71条1項6号)
違反した場合、最高刑は罰金5万円だ。
そして、この道路交通法違反の規定に基づき、例えば東京都の公安委員会の場合、東京都道路交通規則において、次のような遵守事項を定めている。
「傘を差し、物を担ぎ、物を持つ等視野を妨げ、又は安定を失うおそれのある方法で…自転車を運転しないこと」
「自転車を運転するときは、携帯電話用装置を手で保持して通話し、又は画像表示用装置に表示された画像を注視しないこと」
「高音でカーラジオ等を聞き、又はイヤホーン等を使用してラジオを聞く等安全な運転に必要な交通に関する音又は声が聞こえないような状態で車両等を運転しないこと」
自治体によって文言に微妙な違いもあるが、おおむね同様の行為を禁じている点で共通している。
【バラつきがある部分も】
もっとも、自治体ごとの規制である以上、細かなバラつきが出る面は否めない。
例えば、関西、特に大阪では、傘を自転車に固定して走行している姿をよく見かける。
専用の固定用具まで販売されているほどだ。
雨傘に限らず、夏場などは女性が日焼けを避けるために日傘を固定している場合も多い。
三重県の道路交通法施行細則では、「傘を差す」という定義の中に傘を固定した場合をも含めているので、明確に「傘差し運転禁止=傘の固定禁止」ということになる。
しかし、東京や大阪などではその点があいまいであり、それぞれの公安委員会規則が定めている積載物の高さや長さの制限規定に照らし、これを超えた場合に規制されることになる。
【自動車などは厳罰化へ】
この点、同じ「車両」でも、トラックや乗用車、オートバイ、原付などの場合、スマホやカーナビの「ながら運転」は、道路交通法に基づき、明確に禁止されている。
違反に対する刑罰は、次のとおりだ。
(a) 交通の危険を生じさせた場合:最高刑は懲役3月
(b) 生じさせなかった場合:最高刑は罰金5万円
にもかかわらず、スマホの「ながら運転」による事故は、ここ5年で1000件以上も増え、既に2500件を超えている。
そこで、政府は、道路交通法を改正して厳罰化する意向であり、具体的には(a)の最高刑を懲役1年に、(b)の最高刑を懲役6月に引き上げる予定だ。
先ほど示したように、自転車の場合、「ながら」運転の規制は現在のところ各都道府県の公安委員会規則に委ねられている。
乗用車やオートバイなどと同じく、自転車についても、道路交通法で正面から規制した上で、厳罰化すべきだろう。
【車道の左側通行】
このほか、縁石やガードレールなどによって道路が車道と歩道とに区分けされている場合、自転車は車道の左寄りを通行しなければならない。
次の3つのケースに限り、例外的に歩道の通行が認められるだけだ。
(1) 道路標識や標示により歩道の通行が認められている場合
(2) 運転者が13歳未満、70歳以上、身体に障がいを負っている場合
(3) 通行の安全を確保するためにやむを得ない場合
(3)は、運転者の主観ではなく、客観的に判断される。
例えば、道路工事や連続した駐車車両の影響で車道の左寄りを通行できないとか、自動車の通行量が多いにもかかわらず道路幅が狭く、追越し車両と接触するおそれがあるといった場合だ。
こうした例外に当たれば、道路標識で歩道における自転車の進行方向が特に指定されていない限り、道路左右のどちら側に設けられた歩道でも通行することができる。
その場合でも、歩行者の有無に関わらず徐行をし、歩行者の通行を妨げる場合には一時停止をしなければならないし、歩道の中央から車道側に寄ったエリアを通行するのが基本だ。
歩道内に特に自転車の通行指定部分が設けられ、そこに歩行者がいないような場合に限り、そのエリア内を徐行せず、状況に応じた安全な速度や方法で通行することが許されているだけだ。
もっとも、現実には、これらの例外に当たらないにもかかわらず、乱雑にベルを鳴らし、次々と歩行者を回避させ、猛スピードで歩道上を走り抜ける自転車を多く見かける。
単なるマナー違反ではなく、明らかな犯罪行為にほかならない(歩道通行違反罪だけで最高刑は懲役3月)。
乗用車からすると、車道の左寄りをノロノロと走る自転車など邪魔で危険だと感じるかもしれないが、先ほど挙げた例外に当たらない以上、そうした走行こそが法令にかなっているというわけだ。
【路側帯の通行】
縁石やガードレールなどによって歩道が設置されていないものの、歩行者の安全な通行を確保するため、道路の端に白い実線や点線を引くことで「路側帯」と呼ばれる区分けが行われている場合がある。
実線2本だと歩行者専用の路側帯なので通行できないが、それ以外の場合であれば、著しく歩行者の通行を妨げない限り、自転車も通行可能だ。
歩道における (1)(2)(3)のような要件はなく、歩行者の通行を妨げない速度や方法で通行すれば足りるので、徐行したり車道寄りを走る必要もない。
ただし、自転車が通行できるのは道路左側の路側帯だけで、右側路側帯の通行は禁じられている。
自転車と乗用車やバイク、あるいは自転車同士の対面事故の防止を狙ったものだ。
現実には右側路側帯を通行、すなわち逆行している自転車が多いが、これも単なるマナー違反ではなく、犯罪にほかならない(最高刑は歩道通行違反と同じく懲役3月)。
歩道であれば一方通行の指定がない限り道路左右のどちら側に設けられたものでも通行できるのに、路側帯だと道路左側に設けられたものに限られ、混乱を招く原因となっている。
危険な対面事故を徹底して防止するといった観点からは、歩道についても道路左側のものしか通行できないように、法改正を行うべきだ。
【その他の重要なルール】
当然ながら信号無視や飲酒運転は許されないし、車両の通行や進入が禁止された道路に入ることもできない。
徐行や一時停止の指定場所では、直ちに停止できる速度で走行したり、一時停止して周囲の安全を確認しなければならない。
2輪の自転車は1人乗りが原則であり、16歳以上の運転者が6歳未満の幼児を幼児用座席に乗せるなどの場合に限り、例外的に2人乗りや3人乗りが認められている。
また、自転車で買い物袋などの荷物を運ぶ場合、荷台やカゴなどに載せなければならず、ハンドルなどに引っ掛けることは許されていない。
夜間やトンネル内などを通行する際は、必ずライトを点灯しなければならない。
「並進可」の標識がない道路では、2台以上で並んで走行することも認められていない。
原付と違ってヘルメットの着用義務はないが、親など児童や幼児を保護する責任がある者は、ヘルメットをかぶらせるように努めなければならないとされている。
【ルール違反に対する措置】
自転車を運転中に人身事故を起こした場合、事故に至った過失の程度に応じ、次のとおり刑法上の犯罪で処罰される。
・過失致死傷罪:最高刑は罰金30万円
・重過失致死傷罪:最高刑は懲役5年
スマホの「ながら運転」に伴う前方不注視で事故を起こしたような場合には、後者が適用されるだろう。
ただ、事故を伴わず、単に道路交通法上のルール違反があっただけだと、直ちに検挙されるものではなく、まずは警察官から注意を受けるにとどまる。
というのも、自転車には自動車のような青キップによる交通反則通告制度がないため、犯罪事実が認められ、正式に立件するとなると、赤キップ処理となり、起訴するか起訴猶予にするほかないからだ。
仮に罰金刑であっても、起訴して有罪となれば前科がつく。
乗用車やオートバイ、原付で反則金処理が行われれば前科がつかないので、これらと均衡を欠くというわけだ。
それでも、2回以上注意を受け、なおも違反を繰り返すような悪質な違反者に対しては、一罰百戒の観点から、起訴して罰金刑を求めるといった対応を取ることもあり得る。
また、信号無視や飲酒運転など悪質な違反を3年以内に2回以上繰り返した者には講習の受講が義務づけられており、これに従わなかった場合、最高5万円の罰金刑が科されることとなっている。
【深刻なのは民事】
ただ、事故を起こした場合、むしろ深刻なのは民事上の賠償責任だ。
特に、自転車対歩行者の交通事故は、年間で2000件を優に超えている。
被害者が死亡したり、重い後遺症が残るケースでは、賠償額も高額化の一途をたどっている。
例えば、2013年には、11歳の児童が自転車を運転し、時速2~30キロで坂道を下っていた際、歩行者と正面衝突し、重い後遺症の残る傷害を負わせた事案において、児童に対する監督義務を怠った親に対し、総額9500万円余りの賠償を命じる判決が下っている。
成人による事故でも、数千万円の賠償が認められた事例が全国で相次いでいる状況だ。
自転車は自動車と違って自賠責保険がなく、安易な無謀運転で加害者となった場合の経済的負担は計り知れない。
もし加害者側に資力がなければ、被害者も救済を受けられず、両者にとって悲惨な結果が待ち受けている。
兵庫県を皮切りに、条例で自転車保険への加入を義務づける自治体も出てきた。
改めて家族で自転車の基本ルールを確認し合い、十分な事故対策を練るとともに、早急に加入済みの自動車保険や火災保険などを見返し、特約の中に自転車による事故を含めた対人対物の個人賠償責任保険が含まれているか否かを確認しておくべきだ。
補償限度額が十分でなかったり、子どもを含めた家族全員をカバーできていないなどの場合には、新たな保険への加入も検討する必要があるだろう。
行政も、取締りを強化するばかりでなく、自転車の利用者に対する交通規則の体系的な教育制度や周知徹底、自転車専用レーンの増設など、事故防止に向けたシステムづくりにも注力を傾ける必要があるのではなかろうか。(了)