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安倍首相の内閣改造に習近平国家主席が合格点? 日中関係は改善できるか

木村正人在英国際ジャーナリスト

11月、APECでの首脳会談に布石

3日に行われた安倍晋三首相の内閣改造を「お友達度」「安倍首相とのつながり」「国家観」などの項目に分けてテーブルを作ってみた。各派閥への目配せ、女性の登用、外交的配慮のバランスからみて、まず合格点がつけられる。

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高村正彦、谷垣禎一、二階俊博各氏ら近隣諸国への配慮を求める中国通を自民党三役や閣僚に配した。直接関係しているかどうかはわからないが、早速、日中関係が好転する兆しを見せ始めた。

日経新聞や共同通信によると、中国の習近平国家主席は「抗日戦勝記念日」のこの日、日中関係について「(日中共同声明、日中平和友好条約など)4つの政治文書に基づいて関係の長期的で安定的で健全な発展を望む」と演説した。

民主党の野田政権による2012年9月の尖閣諸島国有化を境に極端に悪化した日中関係は約2年ぶりに改善に向かう可能性が開けてきた。11月に北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)で安倍首相と習主席の首脳会談の実現に向け、今後、地ならしが急ピッチで進められそうだ。

「次世代の党」最高顧問の石原慎太郎・元東京都知事が尖閣諸島購入をぶち上げ、野田佳彦首相(当時)がAPEC後の首脳会談で胡錦濤国家主席と「立ち話」をした翌日に「尖閣諸島の所有権を取得する」と発表。面子を完全に潰された中国側は「日本は棚上げ合意を破棄して、現状を変更した」と批判を一気に強めた。

安倍首相が昨年暮れ、靖国神社に参拝したことが日中関係の悪化に追い打ちをかけたのは間違いないが、両国の間に抜けないクサビを打ち込んだのは安倍首相ではなく、尖閣購入構想という「爆弾」を投げ込んだ石原氏と、氏のスタンドプレーを恐れて国有化に突き進んだ野田前首相の2人だ。

日中共同声明の精神

習主席が「4つの政治文書」に言及したのは大きな意味を持つ。田中角栄首相と周恩来首相による1972年の日中共同声明にはこう記されている。

「日本国政府及び中華人民共和国政府は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に両国間の恒久的な平和友好関係を確立することに合意する。

両政府は、右の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、日本国及び中国が、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」

中国共産党の中央規律検査委員会は7月29日、胡錦濤前政権の最高指導部の1人で、党内序列9位だった周永康・前党政治局常務委員を「重大な規律違反」の疑いで調査していると発表。反腐敗運動を進める習主席の「トラ退治」はこれで一区切りがついたとみられていた。

安倍首相が再び靖国神社に参拝することがなければ、対日協調にカジを切っても対日強硬派から刺されることはないという判断が習主席に働いてもおかしくない。習主席は、尖閣問題はしばらく「棚上げ」というシグナルを送ってきた可能性がある。

ウクライナ危機の泥沼に突進するロシアのプーチン大統領をみて、「力による現状変更」は民族の歴史的な感情をエスカレートさせることはできても、経済的にも国際的にも何のプラスにもならないということを習主席は目の当たりにしたに違いない。

習主席は「中華民族の偉大な復興」という目標を掲げるが、経済成長を持続することがやはり最優先課題だ。尖閣諸島への圧力が弱まると考えるのは早計だが、過熱した尖閣問題を一度冷ますことは大きな意味を持つ。

存在感を失った石破氏

今回の内閣改造の「敗者」は、党幹事長の続投がかなわず、首相から求められた安全保障法制担当相を断り、結局、新設の地方創生相を受けた石破茂氏だろう。首相の座を狙うには勝負どころの見極めが肝心だ。

「やる」ならやるで、無役になって安倍首相の反旗を翻した方が良かった。「やらない」と判断したのなら、満身創痍になっても日本の将来がかかる安全保障法制の実現に全力を注ぐべきだった。そうすればポスト安倍の道は自然と開けたはずだ。

中途半端なリーダーには誰もついていかない。

防衛副大臣を3度務め、安全保障分野の政策通とされる江渡聡徳防衛相が難航必至の国会審議を乗りきれるかどうかが安倍政権の行方を大きく左右する。

環太平洋経済連携協定(TPP)交渉を担当する西川公也農水相が党内の族議員を説得できるかも注目される。

女性登用

安倍首相は「女性の輝く社会の実現も大きなチャレンジ。5人の女性に入閣していただいた」と語ったが、日中関係の改善を重視する小渕優子氏、アベノミクスを成功させる議員連盟代表を務めた元朝日新聞記者の松島みどり氏を除いた高市早苗、山谷えり子、有村治子の3氏は安倍首相の国家観に極めて近い。

政調会長の稲田朋美氏は入閣後も靖国参拝を続けた。今回の内閣改造で全体として国家色は薄まったものの、女性はタカ派とお友達が登用された。タカ派女性が今後の政権運営にどんな影響を持つのかは予測不能だ。

安倍政権は不幸な歴史を繰り返さないために、日中関係の改善に努力を惜しんではならない。経済政策アベノミクスの息切れが顕著になり、消費税の再増税が控える中、安倍首相は歴史問題にかまけている余裕などないはずだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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