1週間で閲覧1億超、ロシア「内部文書」が示す偽情報拡散のPDCAとは ウクライナ侵攻3年目に
1週間で閲覧数は1億件超、ロシアの「内部文書」が偽情報拡散のPDCA(計画・実行・評価・改善)を描き出す――。
米ワシントン・ポストは、「欧州の情報機関」が入手したという100件を超すロシアの「内部文書」から、ウクライナ侵攻における偽情報拡散の内側を報じている。
「内部文書」によれば、ロシアはウクライナを標的とした「情報心理作戦」として、「指導層の分断」などの目的別に週あたり計3,000件近い偽情報コンテンツを作成・拡散し、その閲覧数は週1億件を超えていたとしている。
拡散させた偽情報のストーリーの中には、2024年2月に明らかになったウクライナ軍総司令官の解任劇のように、現実の出来事と重なるものもあった。
毎週のように偽情報の効果を検証しながら、標的の分断と混乱を増幅させる。
「内部文書」のデータから見えてくる偽情報拡散の実態とは?
●「次の大統領はザルジニー氏か」
フェイスブックへのそんな投稿が、1週間で434万3,305回閲覧され、「いいね」獲得などのエンゲージメント率は12.36%、クリック率は12.86%だった――。
米ワシントン・ポストのキャサリン・ベルトン氏は2月16日付の記事で、ロシアの「内部文書」とされる、ダッシュボード形式にまとめられたプレゼンテーション資料のPDFファイルを公開している。
内部文書は、名称を明らかにしていない「欧州の情報機関」が入手したもので、ワシントン・ポストが検証したという。
100件超に上る内部文書は、ロシアによるウクライナ侵攻の「情報心理作戦」に関するものであるとし、その1つには上記のようなデータが掲載されている。
上記の資料のデータ集計期間は、ウクライナ侵攻開始から431日後の2023年5月1日から1週間としている。
「内部文書」では作戦の柱として「政府・軍の信頼失墜」「指導層の分断」「軍の士気喪失」「大衆の混乱」の4つを掲げ、それぞれの柱ごとに最も反響が大きかったコンテンツを取り上げている。
冒頭の「ザルジニー氏、次期大統領」は、このうち「指導層の分断」で反響が最も大きかったコンテンツだったとしている。
背景となる状況はあった。
ウクライナ大統領のヴォロディミル・ゼレンスキー氏と、軍総司令官だったザルジニー氏との軋轢は、メディアでも報じられてきた。ザルジニー氏は2023年11月1日付の英エコノミストとのインタビューでは、同年6月に開始した反転攻勢が「膠着状態」だとも公言していた。
そして2024年2月8日、ゼレンスキー大統領は、「司令部の刷新」を理由に、侵攻開始前年から総司令官を務めてきたザルジニー氏の解任を発表している。
ワシントン・ポストによれば、ロシア政府はすでにその1年前に、「ザルジニー解任」説を偽情報のストーリーとして推進する方針を決定していたという。
投入されたのは、上記のフェイスブック投稿だけではない。
2023年11月には、「偽ザルジニー総司令官」がクーデターを呼びかけるというAI改ざん動画(ディープフェイクス)が拡散した。ゼレンスキー大統領は、これがロシアによる偽情報計画の一環だとしていた。
●「情報心理作戦」の進捗
上記のロシアの「内部文書」によれば、2023年5月初めの1週間の「情報心理作戦」コンテンツの作成数は、投稿が2,449件、動画が151件、記事が103件、ミーム(拡散画像)・グラフィックが193件、メッセージ7件の計2,903件で、前週比197件増だった。
それらは、どれぐらい拡散したのか。
総接触数は1億6,400万6,207件(前週比1,044万9,629件減)、広告での配信(表示数)6,147件9,289件(同735万6,945件減)、通常(ネイティブ)の配信(閲覧数)1億451万3,390件(同1,264万3,045件増)、平均クリック率5.64%(同0.45%増)、平均エンゲージメント率3.67%(同0.41%減)だったという。
使用したソーシャルメディアとして、ツイッター(現X)、フェイスブック、テレグラム、インスタグラムを挙げており、これらに書き込んだコメント数はフェイスブックの7,840件を筆頭に、計1万2,329件(前週比240件増)だった。
偽情報拡散の自動化などに使われるソーシャルメディアの偽造アカウント「ボット」の、新規作成数も報告されている。この週に新たに1,492件(前週比147件増)のボットを作成したとしている。
さらに、実施方法は不明だが、「社会調査」としてゼレンスキー氏の支持率(67.20%)、ザルジニー氏の支持率(78.70%)などのデータも示している。
キーウ国際社会学研究所の調査によると、侵攻開始から3カ月となる2022年5月のゼレンスキー氏の支持率は90%。だが、2023年12月には77%となり、2024年2月5~8日の調査では65%、ザルジニー氏解任後の同9~10日には60%に下落している。2024年2月のザルジニー氏の支持率は94%だった。
ワシントン・ポストによれば、「トロール(荒らし)工場」と呼ばれる情報工作専門業者では、従業員は1日100件のコメントを作成することで、月6万ルーブル(約10万円)を得ていたという。
ロシアの「トロール工場」の実態については、ニューヨーク・タイムズ・マガジンが2015年6月、「プーチンの料理人」と呼ばれた故エフゲニー・プリゴジン氏が実質的なオーナーとされた専門業者「インターネット・リサーチ・エージェンシー」のルポをまとめている。
※参照:ロシア「フェイク工場」が工作、フェイスブックへの1,000万円広告の影響度(09/09/2017 新聞紙学的)
今回のワシントン・ポストの報道では、この他にも同様の内部資料(2023年4月10~16日、同17~23日)を公開している。
これらのダッシュボード形式の定型のプレゼンテーション資料が、ほぼ毎週のように開催されるロシア政府の会議で報告されていた、という。
資料では、偽情報が主として取り上げた「兵力動員/損失」「物価上昇」「反転攻勢」「(激戦地)バフムート」「権力対教会」「ポーランドとゼレンスキー」などのテーマごとに、その反響と効果、課題を分析している。
データをもとにPDCAサイクルを回していたことがうかがえる。
●「ドッペルゲンガー」の再利用
ワシントン・ポストが公開した「内部文書」は、主にウクライナ国内向けの偽情報拡散をまとめたものだった。
だが、ロシアによると見られる偽情報拡散は、ウクライナを支援する西側諸国なども標的とされ、グローバルに広がる。
その中で、「内部文書」からは、国外向けの偽情報コンテンツを、ウクライナ向けの拡散に再利用しようとしたことも浮かんできたという。
EUなどの主要メディアや著名人を騙る偽装コンテンツのネットワーク「ドッペルゲンガー」のコンテンツだ。
※参照:偽装メディア・偽スウィフト…親ロシア影響工作ネット「ドッペルゲンガー」にも生成AIの影(12/14/2023 新聞紙学的)
※参照:「ロシア発の最大で最も複雑な工作」偽装メディアがフェイクを拡散する「ドッペルゲンガー」とは?(09/29/2022 新聞紙学的)
EUはウクライナ侵攻開始から1週間となる2022年3月2日付で、対ロシア制裁の一環として、ロシア国営メディアの「RT」「スープトニク」の域内での放送・配信禁止を打ち出している。
だがその後もウクライナ侵攻を巡る偽情報の拡散は続く。その舞台の1つが「ドッペルゲンガー」だ。
その偽情報コンテンツのマルチユースによる、効率化も図られていたようだ。
●193件のまとめサイトネット「ポータルコンバット」
ウクライナ侵攻を巡っては、ワシントン・ポストの報道とは別に、新たな偽情報ネットワークの存在も明らかにされている。
フランス国防国家安全保障事務総局(SGDSN)の偽情報に対処する組織「ヴィジニュム(VIGINUM、外国のデジタル干渉に対する警戒および保護サービス)」は2024年2月12日、少なくとも193件のポータルサイトからなるロシアのプロパガンダネットワーク「ポータルコンバット」の実態をまとめた報告書を公表している。
報告書によれば、「ポータルコンバット」のサイトは独自コンテンツは持たず、親ロシアのソーシャルメディアアカウント、ロシアのメディアなどによるコンテンツをまとめた、まとめサイトのネットワークだという。
「ポータルコンバット」の標的の1つが、ウクライナ支援を表明する西側諸国。フランス、ドイツ、オーストリア、スイス、ポーランド、スペイン、英国、米国などだ。
またウクライナ国内でも、全域にわたる41の都市ごとに、その名を使ったサイトが開設されており、親ロシアの偽情報を拡散させているという。
大量のコンテンツ配信は自動化されていると見られ、米英向けと見られる英語版サイトでは、2023年8月18日の1日だけで1,734件を超すコンテンツが配信されたという。
●テクノロジーの進展に合わせて
ウクライナ侵攻にまつわる偽情報の拡散は、時間とともに高度化している。
侵攻開始翌月の2022年3月に拡散された「偽ゼレンスキー」が降伏を呼びかけるディープフェイクス動画は、ぎこちなさも残る出来栄えだった。だが、2023年11月に拡散した上記の「偽ザルジニー」のディープフェイクス動画は、より自然な仕上がりとなっている。
ロシアを含むサイバー攻撃グループによる、チャットGPT(GPT-4)使用の動きも、指摘される。
※参照:ロシア、北朝鮮、イラン、中国、チャットGPTのサイバー攻撃への「導入例」とは?(02/15/2024 新聞紙学的)
脅威の深刻さは、さらに色濃くなっている。
(※2024年2月26日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)