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将棋史上初!番勝負2回目の持将棋成立!第3局終了時点で1千日手2持将棋!伝説確定の叡王戦七番勝負

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 7月19日。愛知県名古屋市「亀岳林 万松寺」において叡王戦七番勝負第3局がおこなわれました。持ち時間は各1時間。14時に始まった対局は17時49分、207手で持将棋が成立しました。

 七番勝負はこれで第4局が終わった時点で豊島挑戦者1勝、永瀬叡王1敗。そして1千日手、2持将棋。一つの番勝負で2回の持将棋が成立したのは、将棋史上初のこととなります。

 タイトル戦の持将棋は一局として完結します。第2局に続いて、第3局もこれで完結です。

 そして本日はこれから予定通り、第4局(持ち時間各1時間)がおこなわれます。時間は30分繰り下げられ、19時30分から開始です。第3局とは先後が入れ替わり、第4局は豊島挑戦者の先手となります。

 第2局のあと、運営側は第8局の準備を始めていました。そして本局の結果をもって、第9局の準備も始めることが告げられました。

まさかの2回連続持将棋

 対局前日、両対局者は次のように語っていました。

永瀬叡王「(七番勝負はここまで)個人的には熱戦続きですので、この感じで引き離されずにがんばっていければよいなと思っています。一日2局はタイトル戦で指すのは初めての経験ですので、いろいろ手探りなのかな、とは思うんですけど、その中で自分なりにベストを尽くして、よい将棋を指せればよいなとは思っています。やってみないとわからないところは多いかと思うんですが、やっぱり、とても大きな勝負を1時間で指すというのは、とても身が引き締まると思いますので、その中で緊張しすぎずに、自分の将棋を指したいな、とは思ってます」

豊島挑戦者「(第3局、第4局は)持ち時間が短いので、積極的に決断よく指していけたらとは思ってますけど。タイトル戦なので大事にいきたくなる気持ちもありますけど、時間が短いので、ある程度、早め早めに決断していく必要があるのかなと思ってますね。あとはまあ、一日2局になるので、1局目終わってから2局目までのところも一つ課題かなと思っています」

 対局開始前、盤側には立会人の森内俊之九段(49歳)と記録係の高橋佑二郎三段(20歳、加瀬純一七段門下)が静かに席に着いていました。

 13時47分頃。豊島挑戦者が入室。下座に着きました。席次第1位の豊島竜王・名人が下座にすわるのは、タイトル戦番勝負で挑戦者の立場として臨む時ぐらいです。

 豊島挑戦者は愛知県一宮市出身。名古屋での対局は、ホームと言えるかもしれません。

 13時49分頃。永瀬叡王が対局室に入り、床の間を背にして上座に着きます。王座をあわせ持ち二冠の永瀬叡王。叡王位は八大タイトルの中で竜王、名人に続いて3番目の格を誇ります。永瀬二冠は棋聖位を失冠した渡辺明棋王・王将を抜いて、現在では席次2位の立場となりました。本局は席次1位と2位の頂上決戦でもあるわけです。

 永瀬叡王の盤側には6本のバナナが置かれているのが目を引きます。こちらは地元のフルーツパーラー檸檬屋で用意されたものだそうです。

 本局で使われるのは本榧の八寸盤。一般的には六寸盤が使われることが多く、少し高めに感じられます。駒は一字で、初心者の方にも見やすいものです。

「定刻になりました。永瀬叡王の先手番で対局を始めてください」

 14時。森内九段が声をかけて、両対局者は深く一礼しました。

 初手。永瀬叡王は一呼吸を置いて7筋の歩を1つ前に進め、角筋を開きました。

 ここで普段のゆったりとした持ち時間のタイトル戦であれば、後手は2手目を指すのに、少し間を置くところ。しかし本局は持ち時間各1時間です。豊島挑戦者はすぐに飛車先の歩を伸ばしました。

 注目された戦型は、相矢倉となりました。そして最近よく指される先後同型の脇システムとなりました。両者ともに序盤は想定通りなのか、ほとんど時間を使わずに指し進めていきます。

 40手目の時点で先後同型。本局の場合はもし千日手となれば、両者ともに持ち時間1時間に戻って指し直し局がおこなわれるそうです。

 永瀬二冠は棒銀から端攻めに出ます。47手目。永瀬叡王は香車を走りました。そして席をはずします。

 豊島挑戦者は角交換から永瀬陣に角を打ち込んで、それからどうするかというところ。ここで豊島挑戦者は少し時間を使って考えました。

 そして席に戻ってきた永瀬叡王は、半袖シャツ姿。対局開始時には和服を着て、途中でスーツに着替えるのが第2局でも見せた永瀬新手です。第2局が終わった後、永瀬叡王は次のようにコメントしています。

永瀬「スーツの方が(指しやすい)というのはあるんですけど。(和服は)不慣れな点が多いので。開始の時は和服だったんですけど、途中でスーツに着替えました」

 豊島挑戦者の考慮中におこなわれた永瀬叡王の着替えは早業で、時間の消費としてはゼロで収めることができました。このあたりの戦略も用意周到だったのかもしれません。

 時間の消費が先行したのは豊島挑戦者です。58手目、豊島挑戦者が玉頭に香を打って受けたところで持ち時間1時間のうち、消費時間は永瀬13分、豊島35分。永瀬叡王はどこまで想定していたのか。形勢は永瀬叡王がリードを奪ったようです。

 59手目。永瀬叡王はここは考えどころと見たか、20分を投入します。そして豊島陣に角を打ち込みました。コンピュータ将棋ソフトは最善と示していた手ですが、人間にはやや少し指しづらいようです。その先、永瀬叡王はソフトとは違う攻め手順を見せました。形勢はやはり、永瀬叡王が少しいいようです。

 豊島挑戦者は金銀3枚の矢倉城をキープし、馬までくっつけて、じっと辛抱を続けます。対して永瀬叡王はいわゆる「B面攻撃」で、豊島攻撃陣の桂香を削っていきます。

 豊島挑戦者の辛抱が功を奏したか、形勢は混沌としてきます。ただし豊島挑戦者の時間は切迫。先に持ち時間1時間を使い切り、84手目からは1手60秒未満で指す「一分将棋」となりました。

 永瀬叡王は豊島陣の堅い側面からではなく、からめ手の端から攻めていきます。形勢は再び永瀬叡王よしに傾いていきました。

 盤上下段で馬金銀に守られている豊島玉は、堅いようでも着実な攻めを続けられると持ちません。じっとしていられない豊島挑戦者は手を尽くして反撃に転じます。

 101手目。永瀬叡王は最後の3分を使って、ここからは両者ともに一分将棋となりました。そして相手の馬筋を歩で止めて、受けに回ります。

 永瀬玉も王手がかかる怖い形となってきたように見えます。しかしこうして玉が中段に泳ぐ形は、永瀬叡王にとっては得意中の得意の展開なのかもしれません。

 永瀬玉の上部は耕して開拓されています。第2局に続いて、永瀬玉の入玉も現実的なものとなってきました。相手玉への寄せを急がず、丁寧に受け続けてまさに永瀬流の負けない将棋です。

 豊島挑戦者は永瀬玉攻略をいったんやめ、今度は永瀬陣の「B面攻撃」を始めます。

 122手目、豊島挑戦者は永瀬陣に置かれていた飛車を詰ませます。金銀と飛の「二枚換え」となって、本来であれば金銀2枚を渡した方が損なはずです。しかし、こと相入玉模様に限っては小駒2枚(2点)と大駒1枚(5点)との交換で得になります。

「いやあ・・・」

 ここでニコニコ生放送の運営さんからため息が聞こえてきました。「もしやまた相入玉、持将棋か?」というところ。現実的には豊島挑戦者が入玉するのは大変ですが、可能性がないとも言い切れません。

 進んで、今度は永瀬叡王が金桂と飛の交換を実現させ、大駒を取り返します。そして豊島陣に向けて玉を前進させていきます。

藤井「わっしょいだ、わっしょいだ」

加藤「わっしょいだ」

 ニコニコ生放送の解説では藤井猛九段と加藤桃子女流三段が声を揃えました。永瀬玉はわっしょいわっしょいで入玉を目指していきます。

 151手目。永瀬玉は豊島陣三段目に到達。入玉を果たしました。駒の枚数が多いため、まず負けはなさそうです。

 対して豊島挑戦者も上部を開拓。まさかまさか。本当に持将棋が現実的になってきました。

 170手目。豊島玉もまた、ついに永瀬陣三段目に到達しました。ここからは第2局に引き続き、豊島挑戦者が持将棋に必要な24点を確保できるかどうかの勝負となります。

 195手目。永瀬叡王は金銀2枚と龍(成飛車)1枚の交換に成功します。ここで豊島挑戦者の点数は24点を下回っては22点に。

 対して今度は豊島挑戦者が永瀬叡王の馬(成角)を取りにいきます。

 手数はいつしか200手を超えました。タイトル戦の番勝負で2局続けて200手を超えることもほとんど例がない。あるいはこれも史上初かもしれません。

 206手目。豊島挑戦者は馬を取ることに成功。

 そして207手目、永瀬叡王が歩を1つ取ります。点数は先手28点、後手26点。このあと何枚か取り、取られる駒はありますが、互いに24点以上であることはほぼ確定しています。豊島挑戦者は顔をあげ、永瀬叡王の方を見て、持将棋を提案。両対局者が合意して、持将棋が成立しました。

 将棋史上、タイトル戦番勝負で2回の持将棋が成立したのは史上初めてのことです。第1局の千日手も含め、現時点で今期叡王戦七番勝負は伝説となることが確定したようです。

 立会人の森内九段が両対局者に規定を説明した後、運営側が両対局者に告げました。

「第9局の方を設定させていただきます」

 フルセットまで進めば第9局!

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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