【岡部由起子・技術委員が語るルール改正(3)】シニア年齢17歳で女子の運命が変化、新星も登場
国際スケート連盟(ISU)は6月の総会で、大幅なルール改正を採択した。なかでも最も話題を集めたのは、シニア参加年齢が15歳から17歳へと引き上げられたことだ4回転トウループを跳ぶ島田麻央は26年五輪には出られなくなり、一方で、26年五輪に向けて頭角を表す若手もいる。ISUの技術委員に再任された岡部由起子さんに、改正の背景、そしてフィギュアスケートの未来についてお聞きした。
ロシアは試合参加禁止、大会開催禁止
総会には参加し、ISU理事にも当選
フィギュアスケートは今、歴史的な変化の時期を迎えている。まず国際スケート連盟の理事会は今年3月、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、ロシアとベラルーシの選手の国際大会参加禁止を決定。両国は22年世界選手権に出場できなかった。また4月には、両国では国際大会を開催しないことを決定し、22-23シーズンのグランプリシリーズからロシア杯が除外された。フィギュアスケートの強豪国であるロシアが不参加となるなか、先行きの読めないシーズンが幕を開けようとしている。
混乱の国際情勢のさなか、2022年6月に4年ぶりとなる開催を迎えた国際スケート連盟総会。総会に先立ち、初日に審議されたのは、ウクライナが提案していた「ロシアとベラルーシの総会参加を認めない」「ISU役員への立候補禁止」などの3提案だった。いずれも3分の2に達せず否決されたため、ロシアとベラルーシの代表団は総会への参加が決定した。
「3つの事前議題とも、『ロシアを入れない』という提案が否決されたことで、ロシアは全面的に総会に参加できることになりました。結果的に、ロシア人のアレクサンダー・キバルコさんはスピード部門の理事に当選されています。また総会で話題になった、選手のシニア年齢を17歳に引き上げる提案についても、ロシアは反対意見を述べ、反対票を投じました」
年齢引き上げは「賛成100、反対16、棄権2」
「若い選手の心と体を守るため」
今回のルール改正のなかで、最も注目を集めたのは「シニア参加年齢の15歳から17歳への引き上げ」だった。採決は「賛成100、反対16、棄権2」で3分の2を上回り、可決。その理由を岡部さんはこう話す。
「国際スケート連盟が理由に上げていたのは『若い選手の体と心を守るため』というものです。医事委員会からは、心身の負担についての説明がありました。15歳までに4回転などの高難度ジャンプを練習することが身体への負担に繋がり、慢性的な怪我によって選手生命も短くなる傾向があるということです。また精神的にも、国の代表として色々なことを判断出来るようになるのは17歳以上ではないか、と。今回の総会で何度も聞かれたのは『幼少期の子どもたちのために』という言葉でした」
年齢引き上げは18年総会でも提案
ワリエワだけが原因ではない
この「17歳引き上げ」について、多くのニュースではロシアのカミラ・ワリエワのドーピング違反が理由かのように報じられた。北京五輪の期間中に違反が発覚したものの「16歳以下の要保護者」にあたるとして、スポーツ仲裁裁判所(CAS)が試合出場継続を許可。この判断が物議を醸し、ワリエワの前例を防止するためにも、年齢引き上げへの風潮が強まったというものだ。しかし岡部さんは「ワリエワ選手については総会では一切話題になりませんでした」と前置きした上で、こう語る。
「年齢引き上げ案については、今回が初めてではなく、以前からずっと話題になってきていたことなのです。また若いうちにトップに立ってすぐに引退してしまうのではなく、トップレベルで何年も続けて多くのファンの方々から応援され続けるスケーターに成長していくという選手人生がより望ましいだろうということが、そもそもの議論のスタートにありました」
年齢引き上げ案は、18年平昌五輪後の総会でも提案されていた。94年以降の五輪女王は、06年の荒川静香を除き、10代の若手が続いていた。そして平昌五輪では当時15歳のアリーナ・ザギトワ(ロシア)がすべてのジャンプを演技後半に入れて優勝。体の成長しきっていない小さな体で軽々とジャンプを跳び、それが金メダルに繋がっていることは明白だった。しかし4年前は採決に至らず、年齢引き上げについては長年のテーマの1つとなっていた。
平昌五輪以降は、トリプルアクセルや4回転ジャンプを跳ぶ10代の女子選手が急増し、女子の4回転時代に。そのほとんどがロシア女子という状況で、ロシア一強状態へのライバル心が強まるなかで、ワリエワにドーピング問題が起きたことは最後のひと押しになっただろう。ただし、本来の理由はワリエワだけに起因するものではなく、「あくまでもより良いフィギュアスケートのあり方を模索する過程で決まったこと」と、岡部さんは言う。
スケート寿命を伸ばすチャンスに
ジャンプ力と成熟さのバランスを
一方で岡部さんは、この17歳への引き上げは、女子選手のスケート寿命を伸ばす良いチャンスになるだろうと指摘する。
「アジア人は大人になってもそこまで体が大きくならない選手が多いので、17歳以上になったからといってジャンプが跳べなくなるわけではありません。むしろ樋口新葉選手や宮原知子さんのように、ジャンプ力をキープしながら、20歳を超えて表現力や滑りの魅力が増していく選手が多く育ってきました。こういった選手達の努力を、ISUやファンの方々が見てきて、やはり長く活躍する選手を応援したいと思ってくださったことが、可決に繋がったと思います」
実際に、日本ではシニア年齢に達している選手の中でも、次々と高難度ジャンパーが揃っている。トリプルアクセルジャンパーは、紀平梨花(19)、北京五輪に出場した樋口新葉(21)、川辺愛菜(17)のほか、吉田陽菜(16)、渡辺倫果(19)らが育っており、住吉りをん(18)は21年全日本選手権で4回転トウループに挑戦している。
なかでも渡辺は、9月のロンバルディア杯でトリプルアクセルを決めて優勝。今季の台風の目とも言われている。滑りとジャンプ力の両面をじっくりと磨いてきた選手に脚光が当たる、そんなシーズンが予感される。
「この改正で、若い選手は、ジャンプの練習に躍起にならずに、まずはスケートの基礎力を高める時間が取れるようになりますので、それが改正の一番の価値かと考えます。世界は、幼い選手たちが4回転を跳ぶ演技よりも、成熟された美しさとパワーの融合した演技を求めている。その潮流は、今後強まっていくと思います」
夢は30年五輪へと持ち越された13歳と14歳
島田「8年後に選んでいただけるよう頑張る」
一方で、26年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪を目指していたものの、出場が叶わなくなった年齢の選手もいる。すでに4回転トウループやトリプルアクセルを成功させている島田麻央(13)もその一人。基準となる25年7月1日時点では16歳で、26年五輪には出場できない。誕生日は10月のため、最初のチャンスである30年五輪を迎える頃には21歳になっている。
ルール改正を受けて島田は「(4年後は)まだ実力が足りていないので出られると思っていなかったので、自分が出られる8年後のオリンピックで選んでいただけるように、これからも変わらず頑張っていきたいと思いました」と話す。また、名前の由来となった浅田真央のことも例にあげ「真央さんも(年齢制限で06年トリノ五輪に)出られなかったんですけど、次の(10年バンクーバー)五輪で良い成績(銀メダル)だったので、自分もそんな演技をできたらいいなと思います」という。決して落胆を見せずに気持ちを切り替えようとする島田は、悲劇の13歳というよりもむしろ、心の成長を感じさせている。
日本の才能あるジュニアを見てきた岡部さんは、こう期待する。「いま日本のノービスAやジュニアで頑張っている13歳14歳の選手たちは、8年後に成熟した素晴らしい演技を魅せてくれると信じています。才能のある若い選手たちは、ルールに合わせて成長していけると信じていますので、楽しみにしていますし頑張って欲しいと思っています」
またシニア年齢が上がったことで、資金的な支援も必要になっていくだろうと岡部さんは指摘する。選手寿命が伸びるにともない、大学卒業後、つまり22歳以降になっても五輪出場のチャンスに挑む選手が増えていく。就職して社会人アスリートとして競技を続けるか、スポンサーを見つけるか。いずれにしても社会全体がアスリートをどう支援していくかという課題が浮き彫りになってくる。
「ショーの出演料やスポンサーが付いている一部のトップクラスは長く現役選手として続けることが可能ですが、競技歴が長くなるほど親の負担が大きく、それだけに頼るわけにもいきません。大学卒業後も五輪を狙って現役を続ける選手が増えていく状況も踏まえて、周囲からの様々なサポートが必要になっていくでしょう」
この改正で、もともと選手寿命の長い男子やペア、アイスダンスの選手へは大きな影響はないだろう。しかし女子選手のスケート人生は大きく変わる。より成熟した演技で長く愛される選手にーー。新たな時代が幕を開ける。