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インターシル買収は高くない

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長
ルネサスCEOの呉文精氏

ルネサスエレクトロニクスが米国のアナログ半導体のインターシルを約32億ドルで買収することで合意した。マイコンと相性の良い製品は実はアナログ半導体。マイコンに強いルネサスがアナログのインターシルを買ったことは、make sense(意味のあること)である。

8月下旬に日本経済新聞がリークの特ダネで、このことを報道し、私もコメントしたが(参考資料1)、半導体業界の方でさえ、高い買い物と評価するものもいた。証券アナリストの中にも高いと評するものが多く、記者会見の席上でも正当化できるのか、という質問が出た。できると答えたが、残念ながらその場には呉文精CEO(図1)と柴田CFOしか出席しておらず、技術的に記者を納得させることはできなかった。

しかし、その答えは極めて簡単。ほとんどのマイコンに付属するのがアナログICだから、マイコンとアナログは絶妙なコンビなのである(参考資料2,3)。この二つを持っていれば、セットで製品を売ることができ、しかも顧客のシステムに差別化技術を盛り込むことができる。マイコンの差別化はソフトウエアで、アナログの差別化はアナログの性能・機能・ユーザーエクスペリエンスで、行うことができる(図1)。

図1 IoTデバイスの基本 黄色い回路は全てアナログ デジタルはマイコンだけ
図1 IoTデバイスの基本 黄色い回路は全てアナログ デジタルはマイコンだけ

図1の回路ブロックは、IoTデバイスを例に挙げている。温度や加速度、回転、磁気、圧力、映像、光などさまざまなセンサから電気信号になって回路に入ってくるとセンサハブを通りデジタルの形でマイコンに入る。マイコンでセンサ信号の意味のあるものを読み取り制御する。その出力を送信回路から無線で飛ばす。回路全体を動かす電源がパワーマネジメントである。ここではマイコン以外は全てアナログ回路となる。アナログ回路では、性能を上げたり、機能を追加したり、ユーザーエクスペリエンスを充実させたり、あるいはパワーマネジメントの効率を上げたりするなど、独自の技術を織り込む余地がある。ここは微細化ではなく知恵をいかに織り込むかが決め手となる。

アナログ回路は、日本の半導体メーカーは米国のアナログ専業メーカーと比べ、その技術レベルは残念ながら低い。アナログデバイセズやリニアテクノロジー、マキシムインテグレーテッドなどの企業はそれぞれ特徴があり、しかも独自の回路を設計し、顧客に価値を認めさせている。だからこそ、製品単価はそれほど安くない。価格交渉でも下げない。価値を顧客に認めさせる営業を行っているから、相手は納得してしまう。彼らのチップを使わなければ、システムコストはもっと上がってしまうからだ。

新しい高性能・高機能アナログ半導体ICはほぼ100%米国からくる。日本からはほとんど出て来ない。最近の例では、例えば電気自動車のバッテリ管理ICがある。クルマのバッテリは直列接続することによって200V~300Vまで昇圧する。つながった各セルは、当初は特性が合っていても何度も充放電を繰り返す内にセルごとにばらつきが出てくる。ある時間、充電すると、一つのセルは充電されても別のセルはまだ充電させていないという事態が出てくる。そのような場合は充電をやめるか、充電されたセルだけ充電を止めることをしなければ、過充電になると火を噴く恐れがある。このため、満充電にならないように、各セルの充電の割合を管理し揃える必要があり、そのためのバッテリ管理ICをリニアテクノロジーが最初に世に出した。日本のメーカーは、これを後追いするだけだった。

かつてリニアテクノロジーのボブ・スワンソン会長にインタビューしたことがある。日本にはアナログエンジニアが少なくて困っているが、アメリカではどうしているのか、と聞いた。「いや、アメリカでも同様な事情だよ。だからこそ、優秀なアナログエンジニアを見つけたら、何としても採用する。もし彼/彼女が本社のあるシリコンバレーに来たくないと言ったなら、彼らの住んでいる場所をリニアテクノロジーのデザインセンターにする」と答えている。

日本のメーカーは優秀なアナログエンジニアの採用には必ず人事部が決定権を持ち、技術部長や研究部長の裁量が効かない、という難点がある。しかももっと悪いことに、アナログエンジニアを養成するための大学での教育ができていない。日本の大学の先生でアナログを教えることのできる人たちは両手で数えられるほどしかいない。エンジニアを20年やらないと独自設計できる実力がつかないと言われるアナログ半導体エンジニアを日本のメーカーが独自に養成することを考えると、インターシルの買い物が高いとは言えないだろう。

(2016/09/14)

参考資料

1. ルネサスのIntersil買収が事実なら妥当(2016/08/23)

2. 半導体の基礎知識(1)――マイコンとアナログはどう関係するの?(2013/10/15)

3. 半導体の基礎知識(2)――デジタルとアナログの使い分け(2014/01/14)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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