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”奇人”ビエルサ、変わらずに見せる天才的な采配

小宮良之スポーツライター・小説家
リーズ・ユナイテッドの指揮をとるマルセロ・ビエルサ監督(写真:ロイター/アフロ)

 英国の古豪リーズ・ユナイテッドはチャンピオンシップ(イングランドの2部リーグ)で30節現在、2位で首位を争う。昨シーズンは3位でプレーオフ進出も、プレミアリーグ昇格を逃した。今シーズンは昇格に近づいているが、何よりその戦いがエキセントリックで魅力的なのだ。

 そのチームを率いるのが、アルゼンチン人指揮官、マルセロ・ビエルサである。

「EL LOCO」(奇人、変人、クレイジー)

 そう呼ばれる指揮官は、現代のフットボール界で異彩を放っている。サッカーを解明する科学者のようなアプローチで、偏執的とも言えるほどの研究心で、発明品のようなプレーで答えを見出す――。ジョゼップ・グアルディオラ、ホルヘ・サンパオリ、マウリシオ・ポチェッティーノ、ヘラルド・マルティーノなど多くの名将たちが、ビエルサに師事する理由だ。

 ビエルサは、アルゼンチン代表やチリ代表やアスレティック・ビルバオでその手腕を見せてきたが、リーズでも健在である。 

アーセナル戦で見せた変幻の戦い

 今年1月、FAカップ3回戦、ビエルサ・リーズはアーセナルとの前半、フットボールの真価を見せている。

 前半、ビエルサのリーズはほとんど攻め続けた。チャンピオンシップのクラブが、プレミアリーグのトップクラブを押しまくった。マンマーキングで攻め手を封じると、敵陣でボールを奪い、そこからわらわらと一斉に味方が攻め上がり、次々にゴールへ迫る。45分間、その繰り返しだった。

 アスレティック・ビルバオで監督をしていた当時、筆者はビエルサを取材したことがある。

「休むことなく攻め続ける、そういうフットボールを志しているのです」

 ビエルサは訥々と話した。

「私は攻撃に対して、少々度が過ぎた強迫観念があるかもしれません。しかし守備など数えるほどしか方法はなく、攻撃は無限。後者に挑戦するのは当然でしょう。(攻撃偏重で)無得点に抑えたいなら? 全員が試合を通じて走り続けることです。私は(守備を固めるために)カウンタースタイルを採用したりしません。なぜ、我々が凡庸に守りを固める必要があるのでしょうか。90分間、敵陣地でプレーする方策を考えるべきで、失ったらその場で奪い返し、攻撃し続ける。そのためには、選手がとにかく走る必要があります」

 名僧の説諭のようで、説得力に満ちていた。もっとも、それはたどり着きがたい境地でもあった。

回顧録、ビエルサのフットボールの諸刃

 ビエルサのフットボールは幽玄である。計り知れないほど美しく、存在しないようにも思える。だからこそ、心が惹かれるのかもしれない。

 アスレティック時代、ポジションごとのトレーニングが別々に行われていた。それだけを見ていると、パズルのピースがばらばらにあるようで、何が作りあがるのか、要領を得ない。しかし練習を重ねる中、試合で突如としてその動きが出た。

 例えばサイドを崩す形で、サイドアタッカーがタッチライン際でボールを受ける。その瞬間、サイドバックがインサイドを縦に走り、裏を取って、ボールを引き出す。マイナスの折り返しを、FWがシュートにつなげた。戦術的には、幅を取って、深さを生む動きなのだが、実に自然だった。相手に応じ、サイドを崩す方法は、他にもいくつも生まれた。

 ピースを揃え、組み込み、一つにすることで、壮大な絵が生まれる――。当時最強を誇ったジョゼップ・グアルディオラ監督のバルサとの対決は、今も語り草である。守りに入ることなく、真っ向勝負で引き分けた。同シーズンには、スペイン国王杯、ヨーロッパリーグでどちらもファイナリストになっているのだ。

 しかし、その戦いは諸刃の剣と言える。

 ビエルサのスタイルは攻守にわたる1対1を制し、走り続けことが基本的に求められる。90分間、もしくは1シーズン、なかなか持つ戦いではない。体力的な消耗、メンタル的な疲弊があまりに激しいのだ。

「素晴らしい戦い方だとは思うんだ。でも続けるには無理があって、執拗な指導にはうんざりしてしまった」

 アスレティックでは、最後に一部の主力選手がビエルサのメソッドに不信感を持つようになっていた。一時代はあっけなく幕を閉じた。

 その後、マルセイユ、ラツィオ、リールの監督を務めたが、いずれも短期政権に終わった。

ビエルサの正義

 ビエルサは、これからも我が道を行くのだろう。リーズでも、理想を追求したプレーを示している。2部のチームで、プレミアリーグのトップレベルのチームを相手に少しもひるまず挑む。その攻撃戦術は、多くの指導者が参考にするべきだ。

「攻撃的フットボールを遂行するのに必要なのは、なによりポジショニングです」

 ビエルサはそう明かしていた。

「まずは各ラインを、コンパクトに保つ必要があります。DFラインとFWラインは25メートル以上離れてはなりません。最終ラインは誰かが居残ることがないように。私は秩序を求めます。現代フットボールでは、選手たちがポジションをずらしては戻り、進むという動きを、何百回と繰り返さなければなりません。スピード、柔軟性、ダイナミズム。動きの質を上げる必要があるのです」

 彼の言う戦い方は、甘い夢とも言えるかもしれない。「フットボールを進化させる」という大志は比類がないが、画餅に帰す可能性が前提としてある。

 事実、アーセナル戦は後半に失速している。選手の動きが、前半と比べて明らかに重かった。目に見えて疲労していた。そのせいで出足が鈍り、キックやコントロールのミスが出るようになった。また、アーセナルの選手のプレー強度が上がって、パスもつながりだしたのもある。マンマークは一人がはがされると、必然的に後手を踏んだ。

 そしてビエルサ・リーズは、1-0で敗れた。

 しかし、”奇人”ビエルサは禅問答のように言う。

「私が人生を歩んできて思うのは、失敗が成功につながるということです。成功は甘い味がしますが、気持ちを緩め、過信させ、怠慢を招きます。現状に甘んじる。一方で失敗は反省を与え、気持ちを堅固にし、目指すべき確信にたどり着くための力になります。美しいプレーを作り出すのに、近道などありません。そのための過程に失敗はあるのですよ」

 失敗を重ねた成功があるとすれば――。ビエルサ・リーズには夢がある。来季は昇格し、プレミアリーグで至高の芸術を作り出せるか。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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