ドル建て金価格が動かない意味、動けない意味
5月の米株式相場は改めて過去最高値を更新する展開になるも、ドル建て金価格は1オンス=1,300ドルの節目を挟んで膠着気味の相場展開を強いられている。1~3月期の米経済成長率は前期比+0.1%と辛うじてプラス成長を維持するレベルに留まったが、4月29~30日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で再び景気が上向いているとの楽観的な評価が下されたこともあり、投資家のリスク選好性は高いレベルを維持している。
「Sell in May(5月に売れ)」の相場格言もあって瞬間的な下げ圧力に怯える場面も見られたが、総じて良好な企業業績環境、マクロ経済見通しを背景に、本稿執筆時点では本格的なリスクオフの動きは回避できる可能性が高くなっている。シカゴのボラティリティ指数(恐怖指数)も、2月上旬にはウクライナの地政学的リスクを背景に一時21.48ポイントまで上昇していたが、足元では12ポイント前後まで低下し、今年の最低値を更新している。
通常であれば、こうした強気の相場環境において、金価格は下落するというのが教科書的な解説になる。「安全資産」である金市場に投機資金を滞留・退避させておく必要性が低下する中、株式市場を筆頭とした「リスク資産」での積極運用が志向される傾向にあるためだ。
しかし、実際の金相場は1オンス=1,300ドルの節目を挟んでの膠着状態となっており、上にも下にも動けない不安定な相場展開を強いられている。
■株高と債券高の同時進行に勢いをそがれた金弱気筋
米景気回復に対する信認が維持される中、米連邦準備制度(FRB)が有事対応として実施してきた資産購入プログラムは段階的な縮小を迫られている。毎月の資産購入金額は、昨年の850億ドルから5月には450億ドルまでその規模を縮小している。いわゆるテーパリングだが、現行ペースが維持されれば今年10月(遅くても12月)のFOMCでは資産購入量がゼロになる見通しであり、これまでドル増刷政策と連動して値位置を切り上げてきた金価格に対しては強力な逆風が継続することになる。ウクライナの地政学的リスクに対する反応も徐々に鈍るなど、金価格の上値が再び重くなり始めているのは間違いない。
それにもかかわらず金価格が下げきれないため、マーケットでは「安全資産」である金を手放せない何らかのリスクイベントを警戒しているといった見方も浮上している。金融当局は景気回復に自信を強めているが、マーケットはそうした楽観的な見方に賛同することを躊躇している可能性が指摘されている訳だ。
ただ、米株高と米国債高が同時進行している現状からは、リスクイベントに対する警戒感というよりも、単純に「流動性相場」が実現していると見るのが妥当と考えている。
上述のように米金融政策はテーパリングを進めており、その先にある利上げ時期を巡る議論も活発化している。しかし、米金融当局が低金利政策を柱とした刺激策を継続する構えを見せる中、短期スパンでは高い流動性環境が維持される可能性が高い情勢になっている。テーパリング終了と利上げの間に存在する「相当の期間」が、流動性相場の実現を可能な相場環境を作り出している。こうした局面では、確定利回りが確保できる米国債売りを急ぐ必要性は乏しく、流動性資金の運用先として米国債市場が依然として高い人気を保っているに過ぎない。
このため、「米実体経済の回復→米金利上昇・ドル高→ドル建て金価格下落」のフローを想定していた金市場の弱気筋は、予想外の米金利低迷という状態に勢いをそがれ、様子見に転じているのが現在の相場環境である。
■厳しい金価格見通しには変化なし
5月2日に発表された4月の非農業部門就業者数が3ヶ月連続で前月比+20万人という大台に乗せる中、米金融政策が利上げ方向に歩みを進めていることは間違いない。このまま米実体経済の回復傾向が維持されれば、改めて金価格に対して値下げ圧力が強まろう。
ただ、足元では流動性を享受したいと考えている向きが依然として多く、株高・債券高が同時進行する中、金価格は再び値下がりするためのエネルギーを溜める時期を迎えている。金価格のダウントレンドには何ら変化は生じておらず、いつ投機マネーが米国債投資から撤退を開始するのかが、金価格のダウントレンド再開時期を決定付けるとみている。