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北米マイナー、パイオニア・リーグ、「MLBパートナーリーグ」に。消え去るマイナーリーグの先にあるもの

阿佐智ベースボールジャーナリスト
かつてカナダにあったパイオニアリーグの球団、メディシンハット・ブルージェイズ

 北米プロ野球リーグ、メジャーリーグ・ベースボール(MLB)は、傘下のファームリーグ、いわゆるマイナーリーグのリストラを現在進めている。その中で、アドバンス・ルーキー級に位置付けられていたアメリカ北西部を活動エリアとするパイオニアリーグを傘下のマイナーリーグから切り離し、「MLBパートナーリーグ」とすることが先日発表された。

「パートナー」と言えば聞こえがいいが、MLBの発表によると、これに属するのは、従来「独立リーグ機構」を構成していたアトランティックリーグ、アメリカンアソシエーション、フロンティアリーグの老舗独立リーグ。つまりは、MLBは比較的経営の安定した独立リーグと提携を結ぶとともに、その一群にそれまで自身が抱えていたファーム組織の末端を組み入れたのだ。

幾重にも重なるMLBのファームシステム

 今や多くの野球ファンが知っているだろうが、MLBはその傘下に幾重にも重なるファームリーグを保有している。一般には、レベル順に、3A、2A、A、ルーキー級に分かれると言われているが、その実態はもう少し複雑だ。上位の3A、2AはトップリーグMLBすべての球団が保有しているが、。A級については、上級のHI-A、中級のA、その年のドラフト上位選手中心のショートシーズンAに細分化され、MLB各球団は各々の戦略によってその内のいずれかレベルに2、3チームを保有する。これはルーキー級も同様で、外国人選手中心のドミニカンサマーリーグについては各球団1~2チーム保有しているが、アメリカ本土のチームについては、フロリダ、アリゾナのキャンプ施設を使用する2リーグとアドバンス・ルーキーと呼ばれる他のマイナーリーグ同様、地方都市で興行を行う2リーグの2段階の内からいずれかのリーグにチームを保有することになっている。

 ご存知の通り、アメリカのマイナーリーグは独立採算制なので、マイナー各球団の経営に対するMLB球団の負担は基本的にはない。マイナーチームにはMLB球団が契約を結んだ、つまり報酬を支払っている選手が貸し出されるため、マイナーチームが多ければ多いほど、MLB球団の負担は大きくなる。今回のマイナーリーグのリストラはこの部分の人件費を削ろうということなのだろう。ルーキー級について言えば、キャンプ施設を使用し、もともと興行試合を行っていなかったアリゾナ、ガルフコーストの2リーグに集約の上、選手育成契約を結んだ球団に選手、指導者を送っていたパイオニア、アパラチアンの2リーグをリストラする方向性のようだ。ちなみに南部に展開されていたアパラチアンリーグは。プロ志望の大学生によるトライアウトリーグに改組される予定である。

 日本のような企業が後押しする社会人野球がないアメリカでは、トッププロリーグであるMLBが学卒後の有望株を丸抱えしていたのであるが、トップ選手の報酬の高騰と事業拡大の頭打ちの中、裾野をカットする方向性に舵を切ったようである。従来も本当の意味でのプロと言えるのは2Aまでとも言われ、A級以下は「プロ予備門」的な見方もされていただけに、「プロ未満」の選手を有給で抱えることをMLBはやめ、選手の育成を日本のNPB同様「外注」することにしたのだ。

「マイナーリーグの果て」の実態

 実際のところ、アドバンス・ルーキーやショートシーズンAの実態は、我々が想像する「プロ野球」とはずいぶん違う。良く言えばのどかな、悪く言えば「よくこんなところでやっているな」と思われるところで「プロ野球」が行われていた。

 パイオニアリーグは、1939年にC級(当時はマイナーリーグは最高ランクが2AでD級まであった)リーグとして創設された。この時期のマイナーリーグは、独立性が強く、各球団はMLB球団や3Aパシフィックコーストリーグ(航空機輸送が未発達だったこの時期、このリーグはMLBとさほど変わらないレベルを誇っていた)の球団のファームとして選手を受け入れることもあれば、独立して運営される場合もあった。それが第二次世界大戦中の中断期間を経て、各マイナーリーグ球団がMLB球団のファームとして組織化されていく中、1960年代半ばに現在のかたちで運営されるようになった。

私がこのリーグを目にしたのはもう四半世紀も前のことである。当時、このリーグはカナダにも2球団をもっており、私はこの2球団があるアルバータ州のメディシンハットとレスブリッジという町を訪ねた。

メディシンハット・アスレチックパーク
メディシンハット・アスレチックパーク

 メディシンハットはトロント・ブルージェイズの傘下球団でニックネームもそのままブルージェイズを名乗っていた。小さな町でバスディーポからホーム球場・アステチックパークまで歩いて15分ほどだった。1、3塁の塁間までのスタンドがあるだけの球場の外野フェンスは板張りで、そのすぐ後ろには川が流れていた。その川に沿った土手がサイクリングロードになっているのだが、ここからはフィールドを望むことができ、ゲーム中は、ホームランボールを手に入れようと少年たちが陣取っていた。それを見て、野球にはいろんな楽しみ方があるなと思ったものだ。

当時、こんな田舎町の球場にやってくる日本人などいるはずもなく、昼過ぎにこの町に着いて他にすることもなく開門を待っていると、球団のスタッフが近づいてきて名を聞いてきた。試合中、名前を場内にアナウンスしてくれるらしい。その言葉どおり、8回のイニング間に「ようこそ」と私の名が告げられた。隣に座っていた初老の女性が「あんたの名が呼ばれたよ」と教えてくれる。毎試合この球場に来るという彼女は、ブルージェイズの選手が打席に立つたびにまるで息子に話しかけるように声をかけていた。

「そう、彼らは私の息子なの」

という彼女は何人かの選手をホームステイさせているのだと言って笑っていた。

レスブリッジのヘンダーソンスタジアム
レスブリッジのヘンダーソンスタジアム

 メディシンハットから西へ170キロのところにあるのがレスブリッジだ。はずれにある北米一の100メートルの高さを誇る全長1.6キロの鉄道橋が見どころのこの町は、第二次大戦中、日系人の収容所が設けられた歴史をもつ。その歴史を物語る郊外の湖畔にある日本庭園のあるヘンダーソン公園にこの町のスタジアムはあった。3000人を収容するスタンドはこのクラスでは最大級だが、そのスタンドが埋まることはほとんどない。

 開拓時代の騎馬警官隊を意味する「マウンティズ」を名乗っていたこの町のチームは、「独立系」のチームだった。かつての名残なのか、当時はMLB球団と選手育成契約を結ばずに、複数のMLB球団から選手を預かったり、独自に選手をスカウティングしてチームを編成する独立球団がA級以下にはあったのだ。正確には、完全にMLB球団とのかかわりのない「インディペンデント」とMLB球団所属選手も受け入れる「コープ」に分かれるのだが、マウンティズは、約半数がMLB球団の契約選手で残りは球団が独自に獲得した選手で構成される「コープ」球団だった。ただし、翌年シーズンからはこのチームは1998年からMLBに参入することになっていたアリゾナ・ダイヤモンドバックスのファームとなることが決定しており、球場内の売店にはすでにダイヤモンドバックスのキャップが販売されていた。

ヘンダーソンスタジアム。MLBとは違ったプロ野球がそこにはあった。
ヘンダーソンスタジアム。MLBとは違ったプロ野球がそこにはあった。

 このような場でプレーされる野球は、日本のそれとはかなり違っていた。試合直前まで場内の売店前でファンに混じってハンバーガーをほおばっている選手を見ながら、腹いっぱいでプレーできるのかと訝しんでいると、案の定、ファーストベースを駆け抜けた後、足がつって転倒していたり、チームの半分を占めるドミニカンたちが気軽に話してきたり。

 おそらく野球がなければ一生訪れることはなかっただろう北米の田舎町の草野球場のようなボールパークで見るゲームは、プロ野球の原初的な風景に満ち溢れていた。

マイナーリーグ削減の先にあるもの

スタンドから望むマンハッタンの高層ビル群が名物だったスタテンアイランド・ヤンキースの本拠・リッチモンドカウンティバンク・ボールパーク
スタンドから望むマンハッタンの高層ビル群が名物だったスタテンアイランド・ヤンキースの本拠・リッチモンドカウンティバンク・ボールパーク

 野球の草の根を支えてきたマイナーリーグだったが、MLBに押し寄せる「格差」の潮流の中、その末端が今切り離されようとしている。アドバンス・ルーキーのひとつ上のクラスのショートシーズンAでも、親チーム、ヤンキースと同じニューヨーク市内に本拠を置き、人気を博していたスタテンアイランド・ヤンキースがMLBのヤンキースとの契約を解除され、訴訟問題にまで発展している。また、ヤンキースは長らく2Aの球団として契約を結んでいたトレントン・サンダーも切り離し、このチームは来年発足するプロ候補生による「MLBドラフトリーグ」の参加球団になることを余儀なくされている。

 一方で、マイナー最底辺のアリゾナ、ガルフコーストの両ルーキーリーグは近年球団が選手寮を整備するなど、年々育成環境は改善されている。おそらくMLBは今後、2A以下のリーグに関しては、目の行き届きにくい地方都市の球団を廃し、ルーキー級と同じくキャンプ施設を使用するアドバンスA級のフロリダステートリーグを含め、キャンプ施設を使用するマイナーリーグに育成を集約していくことだろう。それにより、大量に発生するだろう「野球難民」の受け皿として、「アペンディックス(付録)」と呼ばれる経営の安定しない泡沫独立リーグが林立するのではないかと私は予想している。

(写真はすべて筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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