東芝の分割案を点検する
東芝がインフラ部門と、半導体デバイス部門、メモリ部門に3分割するという案を検討している、と複数のメディアが報道した。東芝は創業100年続く名門企業である。分割する理由は、それぞれを独立させて未上場会社とし、再上場させることでキャピタルゲインを稼ごうという目論見のようだ。分割することで企業価値が高まるとしている。ただし、東芝は、当社から発表したものではない、というニュースリリースを流している。
このニュースを聞いて、感じたことは、東芝というブランドと企業価値をもはや諦め、錬金術で金を得たい、というファンドの発想だな、という思いだ。これまで築き上げてきた東芝というブランドを捨てることで、どういう会社にして東芝が前に進むのか、どのような戦略を描いて世の中に貢献できる会社にしたいのかという思いが全く伝わってこない。
2015年に東芝の不正会計が明るみに出て以来、東芝は利益が出ていた医療や半導体メモリ部門を次々と手放し、東芝の目指す成長戦略が見えなくなっていた。ひたすら現金を手に入れ、「死に体」の東芝を再建することだけに集中してきた。とにかく儲かっている部門を売却することで多額の収入を得ることに集中すればするほど、残った本体は何をするのか、疑問が持たれていた。2018年のメモリバブルの真っ最中に利益がたんまり出ているメモリ部門をファンドに売却しキオクシアと名前を変えたが、この時は半導体部門を売却したのではなく利益が十分に出ているメモリ部門だけを売却した。半導体企業としての相乗効果は全く無視した。キオクシアは翌19年、メモリバブルが弾け赤字に転落した。
そしてキオクシアはメモリの会社だというPRも奇妙な宣伝だった。メモリ会社なのにDRAMというメモリを扱わないのだ。NANDフラッシュというストレージデバイスを扱いながら、メモリと称していた。通常パソコンのメモリと言えばDRAMを指し、NANDフラッシュやHDD(ハードディスクドライブ)はストレージを指す。一般常識とは異なる言葉を使っていた。
だったらストレージ企業かと言えば、そうではない。NANDフラッシュは生産するが、HDDのようなストレージ部門は東芝本体に残しキオクシアは生産しない。その理由は、カニバリズム(自分が自分の肉を食べるという意味)であり、半導体ストレージがHDDを食うようになるからだとしている。しかし、最近の高速HDDは、キャッシュメモリ的な役割として、NANDフラッシュを搭載したHDDが大量に出回っている。カニバリズムではなくシナジーなのだ。キオクシアの四日市工場を共同運営するWestern DigitalはHDDとNANDフラッシュの両方を持っている。どうやら東芝の経営陣は半導体やシステムを理解していないようだった。
そして今回の3部門の分割となると、やはりここでも変だなと思わざるを得ない。なぜメモリと半導体部門を切り離すのか、納得できない。NANDフラッシュメモリ部分は信頼性が低いため、技術的に同じところを何度も書き換えないなどのアルゴリズムを使って信頼性を高めると共に、強力な誤り訂正が必要なメモリコントローラが欠かせない。ロジックIC、あるいはシステムLSIというべきこのメモリコントローラを半導体部門が担当していない。メモリと半導体は切っても切れない関係があるのに、いとも簡単に別にする。また、東芝本体にあったシステムLSI部門を2021年2月につぶしてしまった。
それだけではない。2019年に電子ビーム露光装置を製造している東芝デバイス&ストレージ社傘下のニューフレアテクノロジー社をHOYAが売ってほしいと求めた時は、東芝経営陣がこれまで全く見向きもしなかったニューフレアを絶対売らない、という態度で株式売却を必死に止めた。まるで駄々っ子のように筆者の目には映った。フォトマスクを手掛けるHOYAとしては、自社製の電子ビーム露光装置でフォトマスクを作成するためにニューフレア買収を提案したのに残念な結果に終わった。
キオクシアと半導体を別にする場合でも、東芝は全株式を支配するのであろう。残念ながらこれでは半導体ビジネスは成長しない。足の長いインフラビジネスとは半導体は経営スピードが全く違うからだ。
理想的にはキオクシアと東芝半導体部門が一緒になり、かつ東芝が株式を一切持たない完全独立の組織にするのなら、成長する余地はある。世界では、オランダのPhilipsから独立したNXPやASMLは親会社の株式はもはやゼロ、ドイツのSiemensから独立したInfineonも親会社の株式はゼロ、Hewlett-PackardからAgilentを経て独立したAvago(現Broadcom)も親会社は干渉できない。東芝から完全独立した半導体メーカーであれば、世界と対等に勝負できる企業になりうる。半導体をけん引するITはスピード経営が最優先されるからだ。いちいち親会社にお伺いを立てる経営では勝負にならない。
もちろんその場合、新半導体メーカーの社長には、半導体企業の社長経験と実績のある国内外の人間を選ぶべきだろう。少なくとも自分で資金調達ができなければ、半導体の社長は務まらない。日本語を話せるかどうかはどうでもよい。