〈カムカムエヴリバディ〉。家族3代をつなぐ「岡山の奇跡」。感動を生んだ要因はネタバレ管理にあり
「第20週は個人的にすごく好きな週で、皆さんにお見せする日をかなり前から待ち望んでいました」と堀之内礼二郎チーフプロデューサーから自信が滲む。それだけあって実際、これぞ神回ならぬ神週。家族3代による100年の物語のなかで、亡くなった人も生きている人も夢がかなった人もかなわなかった人もみんなが報われる、そんな希望が煌めいた。演出を担当した安達もじりさんにこの週をどう演出したか、堀之内礼二郎チーフプロデューサーに第20週の意味を総括してもらうと、丁寧に物語を紡いできたことが改めてわかった。
あまり夢物語にしないほうがいいのかな
――第20週ではまず、錠一郎(オダギリジョー)がこの30年、どんなふうにトランペットと向き合ってきたか明かされました。
安達もじり(以下 安達) 錠一郎の人物造形を考えているとき、途中でトランペットを吹けなくしたいと藤本有紀さんがおっしゃって、吹けなくなる状態をどう描くか議論しました。その後の錠一郎の生活をどう描くかが一番難しかったところです。本音ではまた吹けるようになったらいいのになあと私は思いましたし、るい(深津絵里)もそう願っていたと思います。ただ、実際、楽器が吹けなくなって再起を果たせない方もおそらくいらっしゃるので、そこはあまり夢物語にしないほうがいいのかなと藤本さんと話しました。それでも音楽には携わってほしいと考え、第20週はそのきっかけになる週でした。トランペットが吹けない表現にはじまって、算太(濱田岳)が踊る、そのエンタメ性に触発されておもちゃのピアノを弾くところまでうまく繋がったらいいなと考えました。
――算太が商店街で踊ったあと、天を仰いだとき、たちばなの店のカットが挿入されていました。そこにはどんな想いが託されていますか。
安達 最後、天を仰いで太陽を見るくだりは、藤本有紀さん独特の超すてきなト書きで台本に書かれてあり、これをセットでどう表現するか悩みました。ダンスのシーンでは濱田さんは「安子のために踊りたい」とおっしゃって、それを大事にしたいと編集でも試行錯誤しました。ダンスの撮影中、幼い安子に映像に映らないところにいてもらって、算太は彼女に向けて踊っているという仕掛けになっています。ひじょうになつかしい、現場で私自身もほろっとするような瞬間でした。たちばなのカットはこのドラマの編集をずっと担当してきた編集スタッフのアイデアです。その編集を見たときに、ああ、なるほど、泣けるなあと思いました。
――“たちばな”が『カムカム』が描く家族のルーツなのだなと感動を覚えました。
安達 これまで算太はポイント、ポイントでしか劇中に登場しませんでしたが、彼がどういう思いで人生を送っていたかが滲み出る画になったと思います。
藤本有紀さんと「岡山の奇跡」と呼んでいました
――算太の納骨で岡山に行くと、そこでひなた(川栄李奈)と平川唯一(さだまさし)、るいと稔(松村北斗)が邂逅します。ことさらファンタジックな効果を使っていないにもかかわらず、三世代が時空を超えてつながったことが強く伝わってきました。台本にはどのように書いてあったのでしょうか。
安達 編集で多少、順番を変えたところもありますが、ほぼ台本どおりです。台本の構造も、甲子園の黙祷のサイレンをきっかけに、黙祷中に起きる出来事として書いてあります。そこを藤本さんとは「岡山の奇跡」と呼んでいました。演出としては、10分間ほど、その奇跡の時空間に飛ぶため、今がどういう状況なのか視聴者がわからなくならないような工夫をしたつもりです。
――定一(世良公則)の息子・健一(世良公則二役)と孫(前野朋哉)も現れて、おもしろさと同時に感動がありました。世良公則さんと前野朋哉さんなのでそれこそ過去に戻ったかのようでした。京都編の最初、堀部圭亮さんや宮嶋麻衣さんが別の役で登場し時空が歪んだ感じの世界観と安達さんがおっしゃっていましたが、それも第20週に向けての布石だったのでしょうか。
安達 京都編を撮っているときから構想はありました。ゆくゆく物語のなかで岡山に戻ると藤本さんがおっしゃっていて、だったら岡山をどういうふうな見せ方したらおもしろいか話し合うなかで、世良さんや前野さんにご登場いただきたいという発想がでてきました。
堀之内礼二郎(以下 堀之内) 京都編で堀部さんが吉兵衛から吉右衛門を演じたことはある種、朝ドラ文化的なことでしたが、前野さんが大人になったら世良さんになることにはリアリティーがあるかについては話し合いを重ねました。若い頃は似ていないけれど、年をとると似てくることはありますし、視聴者のみなさんにも受け入れてもらえるのではないかと思って世良さんに健一役をご相談したら、快諾してくださいました。定一は野性味がありましたが、健一はちょっと文化系で丁寧な感じと演じ分けられていて、さすが世良さんだなと嬉しく思いました。『カムカム』のテーマは運命が巡っていくことでもあるので、世良さんと前野さんが再び演じられたことにも意味をもたせられたのではないかと思います。
安達 雉真家のセットを久しぶりに建てましたが、あの雉真家の怨念じゃないですけれど、セットにもかかわらず、パワーがすごくて、こわくなるくらいでした。岡山、大阪、京都といろいろな場所を撮ってきたからこそ、場所がもつ意味があるんだなと感じた次第です。それと、これは余談ですが、今回、雉真家のシーンに出てくる人たちはそれまで雉真家のセットに一歩たりとも入ったことのない人たちばかりで、中に入るなり「ああこれテレビで見たことがある」と皆さんが言い始めて、そりゃそうだわなと思いました(笑)。
――年をとった勇と雪衣に不思議と若い頃の面影があります。
安達 雪衣役の多岐川裕美さんは『カムカム』を最初から見てくださっていて、安子編のとき雪衣はどういう気持だったかお話しして撮影しました。勇役の目黒祐樹さんは村上虹郎さんの個性やちょっとした気持ちの持っていき方をよくぞここまでカラダに落とし込んで演じてくださったと感謝でいっぱいです。目黒さんと多岐川さんが勇と雪衣が雉真家でどう生きてきたか感じさせてくださったことで物語が深まっていく感覚を覚えながら撮りました。
安子編の世代の人たちからいまの世代の人たちへの贈り物
――平川唯一さん、稔さん、亡くなった人たちが登場することについてどう考えましたか。
安達 『カムカム』ではこういう非現実的な表現があまりなかったのですが(たいてい幻、妄想として処理された)、初期の段階から、藤本さんが終盤で平川さんを登場させたいとおっしゃっていて、それが実現した形です。平川さんが妖精のようにでてきてひなたに発するメッセージはどういうものなのか、この回が大きな意味でどんな意味合いをもてばいいのか最後まで試行錯誤しました。最後に音をつけたときに、安子(上白石萌音)編の世代の人たちがいまの世代の人たちへ贈り物をして成仏していく感覚になりました。「ちゃんと託したよ」と言って別れを告げたような気分になりました。2回目のサイレンの音は別れのサイレンのように聞こえたらいいなと思ってつけています。
堀之内 どこかで平川さんを出そうとしていたところ、こういう形で出せたことには何重もの意味を感じます。玉音放送に英語版があって、それを平川さんが読んだこと、戦後の日本を明るくしたいという平川さんの思いがカムカム英語を生みだしたこと。その話を聞いたことをきっかけにひなたが、第21週から本気で英語に取り組むようになる。ひじょうに意味ある場面になりました。
――稔のセリフが改めて刺さりました。
安達 松村さんには「娘の幸せを願って話してください」とお願いしました。目の前にいるのは、あなたが育てたかった娘ですということを意識していてくださいと。亡くなった人と今を生きる人間の邂逅のシーンがこのような形でできたのは、昭和の時代をこれだけの時間をかけて描いてきたからだと思います。ここまで時系列で積み上げてきたからこそ、戦争を経験した世代の経験を色褪せずに伝え続けないといけない、という感覚がありました。
堀之内 稔のセリフは戦争を経験した世代からのバトンです。「これからの100年をつくるのはあなたたちだよ」という思いを多くの方に受け取ってもらいたいと願いましたし、試写で見た時は自分自身、体が熱くなるのを感じました。
るいと稔が出会う神社のシーンは年が明けてから撮りました。撮影の前々日、雪が降りまして、真夏のシーンで雪があるわけにはいかないため、制作スタッフが地元の方のご協力も頂きながらがんばって雪をなくしました。他にも、美術スタッフが夏の花を飾ったり、陽炎を作ったり、照明スタッフが夏の太陽を作ったり。深津さんやオダギリさんにも半袖でお芝居をして頂きました。映像から冬を感じなかったとすれば、それはみんなであのシーンを作りあげた成果です。そういうことを含めて、様々なことの積み重ねでこの世界ができているし、ドラマもできている。積み重ねの大切さを感じる出来事でした。
ドラマを純粋に最後まで楽しんでほしい
――ここまで展開に驚きながら見て楽しむことができるのは事前情報が少ないからです。『カムカム』はノベライズも出版されず、ドラマガイドのあらすじの分量も少なく、我々マスコミが事前に見ることのできる台本も直近までしか公表されません。クランクアップの写真も異例のシークレットでした。これらはすべてすぐにネタバレが拡散してしまうSNS時代の戦略なのでしょうか。
堀之内 ネタバレには気をつけました。ネタバレに気を使う理由はふたつあります。ひとつはオリジナルストーリーだからこそ誰も知らない結末を予想しながら見てほしいということです。藤本さんの脚本は伏線が巧妙に張り巡らされ、最後までほんとうにたくさんの仕掛けが隠されています。それを楽しんでいただくためにできるだけ先のことは明かさないように情報出しの慣例的なことも一から洗い直しました。たとえば朝ドラのガイドブックのあらすじは、これまで先々までの詳細なあらすじを掲載することが慣例のようになっていましたが『カムカム』ではできるだけ載せないでほしいと編集部に相談しました。安子が結婚する相手が稔なのか勇なのかというところから楽しんでほしくて、ガイドのpart1の長めのあらすじ掲載は第3週までに留め、あとはかなり短いものになっています(『おかえりモネ』や『おちょやん』は第11週まで、『エール』は第14週まで掲載されている)。
第2ポイントは、ドラマを俯瞰して見てほしくないということです。我々が未来のことを予測できないことと同じように、一歩ずつ物語を感じていってほしい。要するに、物語の先を情報として知ったうえで鑑賞するのではなく、視聴者の方々にもヒロインたちが歩んだ時代、時代を一緒に生きていってほしいという願いがあり、そのために先の展開をできるだけ事前に知ってほしくなかったのです。テロップで年号を入れなかったのもそのためです。年号を入れてしまうと、何年後にはこれが起きるだろうと心の準備ができてしまいます。戦争の時期は特にそうで、何年後、何ヶ月後に戦争が終わることを当時生きていた人たちは知りません。我々がいつコロナ禍が終わるかわからないように、過去の出来事も、未来を先回りすることなく観てほしくて、できるだけ先のことをわからないような描写を心がけました
タイトルバックの出演者のクレジットに関しても、ストーリー上、まだ何者かわからない時期には「謎の振付師」(算太のこと)や「不機嫌な女優」(すみれ〈安達祐実〉のこと)などとしました。基本は台本に書かれた言葉を生かしています。例えば、大阪編の第9週でるいがライブハウスに行ったとき、ベリー(市川実日子)とトミー(早乙女太一)がライブを観ていますが、その回のクレジットに「ベリー」と「トミー」とは出さず、台本のト書きに書かれてあった「おしゃれな女」と「すかした男」表記にしました。そういう工夫も予想外に多くの視聴者の方々に楽しんでいただき、SNSで表記について感想を書いてくださっているかたもいてありがたかったです。
話題になったクランクアップの写真を出さなかったことに関しても、ドラマを純粋に最後まで楽しんでほしいという思いからでした。撮影が終了したことがドラマを見る時の気持ちに影響しなければいいなと思ってあまり話題にならないようにしたつもりだったのですが、結果として「すごいフィナーレがあるのでは」と話題になったのには驚きました。でも、物語の結末にふさわしい素敵なフィナーレがご用意できたと思っておりますので、最後までぜひお楽しみください。
連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
毎週月曜~土曜 NHK総合 午前8時~(土曜は一週間の振り返り)
制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
作:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史 二見大輔 泉並敬眞 石川慎一郎
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」