これが18歳は見ちゃダメ?成人映画に区分された映画『トム・オブ・フィンランド』について考える
8月2日から公開がスタートしているフィンランド映画『トム・オブ・フィンランド』は、ひとりの男性アーティストに焦点を当てている。その男は、トウコ・ラークソネン。題名にもなっている「トム・オブ・フィンランド」の作家名で世界に知られる彼は、あのフレディ・マーキュリーやアンディ・ウォーホール、ジャン=ポール・ゴルチエなど名だたるアーティストに影響を与え、「ゲイカルチャー界のウォルト・ディズニー」とも称されている。レザーの上下に、髭をはやしたたくましい男という、いわば現在のゲイカルチャーのイメージを決定づけた先駆者だ。
映画は、LGBTに対してほとんど理解されていない、フィンランドにおいては同性愛が犯罪とされていた時代から創作をはじめ、ペン1本でゲイカルチャーに革命を起こした彼の波乱万丈の人生を描いている。作品は高く評価され、アメリカアカデミー賞のフィンランド代表にも選出された。
ただ、日本公開を前に舞台裏で残念なことがひとつあった。それは、映倫の審査による年齢区分。日本とフィンランド外交関係樹立100周年を彩るにふさわしいフィンランド映画として大使館の後援まで得ている本作だが、R18+区分となったのだ。
配給サイドが求めたのはR15+区分
配給サイドが求めたのはR15+区分。だが、映倫は2シーンの修整でR15+としたが、無修整の場合はR18+が妥当とした。
問題の箇所については、もちろんいろいろな意見があると思う。ただ、個人的な見解を言えばもう「???」マークだらけなのである。というのも、人によっては、この問題箇所、1つは引きの画すぎて気づかない。もうひとつは、一瞬すぎてたしかにそのものかもしれないけど、正直よくわからない。ある意味、そこまで映倫は厳格にみているのかと、そのことには感服するし、敬意を表するぐらい。でも、どういう判断でR18+なのかが、映倫の説明文書を読んでもさっぱりわからない。
なにも、それぐらいのシーンは見過ごせというわけではない。でも、これがひっかかってR18+なの?と、どうしても首をかしげてしまうのだ。
最終的に、配給サイドはこの2シーンを修整しては、この作品に込められたメッセージに大きな支障をきたすということで、R18+での公開に踏み切った。
なぜ、配給サイドはR15+を求めたのか? なにをもってR18+区分が妥当なのか? 映倫に再審査を求め、協議をした当事者、配給のマジックアワー代表、有吉司氏に話を訊いた。
ここで触れるR18+やR15+というのは、ご存じの方も多いと思うが、映画のレイティングシステムのこと。映画鑑賞の際に、その作品を観ることができる年齢制限の枠に当たる。R18+ならば、18歳未満の入場・鑑賞が禁止となる。その審査は、映画倫理機構(映倫)が当たっている。
つまり『トム・オブ・フィンランド』は、R18+ということで、成人映画に区分されたことになる。これは公開される場が大幅に縮小、限定されることを意味する。
何年経っても、よくわからない判断基準
まず、「実は映倫と区分をめぐって争うのは、今回で4回目。これまでの3回もいろいろと訴えてきましたが、安易な裸や露骨なセックスがネット上で氾濫する2019年の日本で、本作を、無修整の場合、18歳以上にならないと観られない映画にしてしまうというのは、かなり時代遅れの判断と言わざるを得ない。そのことは映倫の委員長にも最後の面談で直接申し上げました」と切り出す有吉氏。
そして、こう続ける。「映倫も、少しずつはかわってきているんです。性器に関しては、昔はもう出てたら即NGでした。でも、今では性的表現に関わらないものであれば一応OKになっている。だから、男性が全裸でただ歩いているぐらいのシーンなら、R15+ぐらいで済んでしまう。今回の作品も、たとえば冒頭に、裸の男の集団が出てくる。目を凝らしてみると、性器は映っているわけです。でも、そこにチェックは入らない。対して、指摘された2箇所はひっかかる。その判断基準がわからないんです」
そもそも当初、本作は映倫からR18+でも、R15+でもない、問題の箇所の修整が施されない場合は、「区分適用外」という通知を受けた。
「これはよくあることなんですよ。映倫として区分を出すとき、R18+が1番大きい判断を強いられるわけです。R18+は実質、成人映画の指定になる。区分適用外というのは、R18+にもしないと。つまり、その性的な表現は審査の対象にしたくないと、映倫が表明しているようなものなんです。
だいたい年間、今の日本は1,200本ぐらいの作品が公開されています。そのうち約半分が映倫を通している。でも、残りは通していないんです。映倫の審査は料金がかかりますし、分単位で料金が計算されますから。2時間の映画だったらウン十万円とられる。莫大な宣伝費がかけられる作品ならばいざしらず、宣伝費が乏しい作品はできれば審査の出費を抑えたい。映画館側が映倫を通さなくても構わないと言ってくれれば、配給サイドとしては映倫を通さないで済ませたい」
でも、そう割り切れないところがある。
「日本の映画館の多くが属している全国興行生活衛生同業組合連合会(興行組合)というのがあります。区分外となると、ここに加盟している映画館での上映はほぼできない。原則として加盟の映画館は映倫を通したものしか上映しちゃダメとなっている。だから、区分外となると、非加盟のミニシアターなど、非常に限られた上映になってしまう」
公開作品の半数が映倫を通していない現状。ならば、映倫に通すことのメリットは?
「映倫を通すのは、ひとつのお墨付きをもらえること。この作品はきちんと審査を通って、区分判定がなされたものだと。作品が何か問題を指摘されたら、それに対しては映倫が責任をもって対応するということです。逆に映倫を通していない作品に関しては、もし猥褻などが問われる事態に直面したら、個人で戦わないといけないだけ。正直、僕はそれでいいと思っている。そのほうが猥雑かどうか早く決着がつくかもしれない」
問題とされた2シーン
話を戻す。今回問題提起したいのは、あくまで映倫の審査基準。これがどうにも曖昧で、よくわからない。
今回、問題とされた2つの箇所は、(1)が、主人公のトウコがアメリカのポルノ業者と会話しているシーン。ここの背景の壁に貼られたポルノ映画のものとおぼしきポスターが問題とされた。
もうひとつの(2)は、アメリカのゲイバーにトウコが行ったシーン。ここでバーテンダーが男性器をコップの中に差し込んで「コックテル」と言うシーンが問題とされた。
これに対しての映倫の見解は以下の通り。
「(1)のポスターは、性行為にかかわる表現であるが、主人公に光があたっている背景の一画に、写真なのか絵なのか判然としないほどうす暗くぼやけているような形でごく短時間写り込んでいるものであり、著しく刺激的な性描写とまでは言えない。
(2)の場面は、猥雑な状況の中でのシーンであり、また男性器様のものがコップにさし切れられているのがアップで描写されている。しかしながら、描写がきわめて短時間であり、映像もコップ越しの暗い映像であるために、著しく刺激的な性表現とまでは言えない」
これを踏まえた上でこうまとめられている。
「本件映画全体についての上記の評価を踏まえつつ検討してみれば、当該シーンには、性行為や男性器の描写は含まれるものの『R18+の基準を超える著しく過激な描写・表現』がなされているとまでは認められず、修整を要することなく、R18+の基準に適合するものと判断する」
そして、こう続く。
「申請者は、本件映画を無修整でR15+とすることも求めているが、当該シーンは慎重であるべき性行為ないし性器の描写を含む表現であり、年少者の発達段階に対する現在の社会的な意識や配慮の状況を考慮すれば、適切な修整を加えることを条件としてR15+とすることが妥当である」
有吉氏はこう明かす。「直接話を聞いても、(判断基準が)よくわからないんです。映画的表現みたいなことは一切勘案しないという。つまり、事象として何がそこに現れているかってことのみを見て判断すると。だったら、なんでこうなるのかなと思うわけです。映画を観てもらえればわかりますけど、トム・オブ・フィンランドの絵の中にも、男性器が出てくるものがあるわけです。それは問題ないとされるわけです。でも、うちのスタッフの女性なんか、そういう絵があったことさえ気づかなかった、ちらっと映る壁のポスターが問題になる。その線引きはどこにあるのかがさっぱりわからない。以前配給した『好きにならずにいられない』のときにはこんなことがありました。あるシーンで、主人公の母親が男と後ろで交わっている。このシーンは、明確に男の尻が見えて、腰を動かしてるのでセックスしているとわかる。このときは、こう言われたんです。『このままだとR18+。でも、腰から下、下半身全体をぼかせば一般映画でいい。お尻の部分だけを隠したらR15+だ』と。もう意味がわからない。なので、今回と同様に再審査を要望して、映倫委員会にかかったんですけど、一応修整なしでR15+にレイティングを下げてくれたんですね。でも、よくよく考えると最初の段階の映倫審査員の判断と、最後の映倫委員の判断も変わっているわけです。そんな曖昧な審査基準でいいのかなと思うわけです。でも、聞くと、確固たる規定はあるという。それに沿っていると。じゃあ、その規定がもう時代遅れになっているかもしれないわけで、もう少し今の世の中に見合ったものにしたらどうかというと、それは自分たちで判断するものではないという。有吉さんとか仲間で問題提起をしてもらって、世論を形成して変えていってほしいというわけです(苦笑)。あくまで自分たちで変えることではないということみたいです」
R15+にこだわった理由
もしかしたら、「そこまでレイティング指定にこだわらなくてもいいのでは?」と思うかもしれない。でも、こだわりたい理由があった。本作『トム・オブ・フィンランド』は、きわめて実直でまじめな映画。性に悩みをもつ中学生や高校生にこそ観てほしい映画なのだ。これは個人的に大いに賛同するところでもある。
「私個人としては、もしかしたら本作はPG12でもいいんじゃないかと思ってるぐらいなんですよ。でも、これまでの映倫とのやり取りから、PG12と言ってもたぶん話にならない(笑)。だから、取りあえずR15+を勝ち取ろうというのが今回の戦いだったんです。
なぜ、R15+にこだわったかというと、この映画が描くのはトム・オブ・フィンランドの人生。彼は同性愛が厳しく罰せられる時代から、自身の欲望をドローイングとして表現し、そのゲイ・アートがやがて世界に認められ、没後にはフィンランドのヒーローにまでなる。その間に受けた差別や周囲の無理解、それでも貫いたひとりの男性への純愛がきわめて実直に描かれている。このトムの生き様は、同じような悩みをもつ人のもしかしたら励みになるかもしれない。とりわけ、性的マイノリティであることを打ち明けられないでいる中学生や高校生などを勇気づけるかもしれない。逆に、性的マイノリティではない中学生や高校生も、LGBTについて考えるいい機会になるかもしれない。それぐらいまじめな内容なんです。たぶん監督自身もそれは意識していたはず。明確な性器なんて出てこないし、セックス描写なんてほとんどない。つまりこういう映画だからこそ監督は慎重を期している。思春期の子どもたちにもちゃんと見せたい映画として作っている。でも、日本ではこういうことになってしまった。ほんとうに残念ですよ」
無修整でR18+を選んだ理由とは?
修整をしてR15+にするのではなく、無修整でR18+を選んだのも理由がある。
「もう、これは観てもらえればわかるんですけど、修整を求められた2つのショットはほんとうに一瞬なんですけど、ものすごく重要なんです。詳細は伏せますけど、アーティスト、トム・オブ・フィンランドが自分の作品がポルノまがいに扱われている現実に絶望することを物語っている。それは物語の根底にあるテーマにつながることでもあるので、修整は考えられませんでした。余談ですけど、ビデオメーカーは興行主よりもR18+を嫌がるんですよ。やはり成人映画のコーナーに追いやられたりするので。だからせめてR15+でとどめたい。でも、この作品を観たビデオメーカーの担当者がひとこと、『これ消しちゃったら意味ないですよね』と。『これをR15+にするために修整することは考えられない。どうしたらいいんでしょうかねぇ』と言ってました(苦笑)」
若い子に向けた上映会をできないかちょっと考えてます
重ね重ねになるが、この映画がR18+で18歳未満が観られないというのは残念でならない。
「一度、R18+となってしまうと、それだけで既にもう、猥褻の烙印が押されたイメージになってしまう。有害図書みたいになってしまいますよね。はっきり言って、若い世代にとって、『トム・オブ・フィンランド』は1番そこから縁遠い映画じゃないかと思うんですよ。いまはなかなか学生が映画館に足を運んでいない現実がある。だからR15+だったとしても、高校生に見てもらえる可能性は低いかもしれない。でも、窓口を最初から閉じてしまうのはどうか。Rがかかっていなければ、特にこうしたゲイの実話だったりすると、そういうことで悩んでいる少年が観に来て、なにか共有できて安堵するかもしれない。そういう子が100人に1人でも、1,000人に1人でもいれば、その映画の意味ってあるはずなんですよ。
だから、若い子に向けた上映会をできないかちょっと考えてます。興行組合に所属していないホールなどで自主上映する分には、自己責任でR18+とか関係なく見せて構わないので。R18+っていうのは映倫が出したものであって、別にそのことによって他のところでの上映を妨げるものじゃないですからね。もしくは、DVDを出す時に、R15+修正版も同時に作って見比べてもらう。なんてバカバカしい修正かというのが、それによって一目瞭然になりますから」
年齢区分をきちんと設定することは大切なこと。それは確かだ。ただ、その審査基準はもっと明確で、その時代に見合った見直しがあってもいいのではないだろうか?この経緯を見ると、そう思わざるを得ない。
妙なレッテルを貼られてしまったように思える『トム・オブ・フィンランド』。色眼鏡ではなく、素直な目で観てほしい。
『トム・オブ・フィンランド』
ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田ほか全国順次公開中。8月24日(土)より京都シネマにて公開。
(C) Helsinki-filmi Oy, 2017(掲載写真はすべて)