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思考の限界に挑む“知の合宿”。コロナ禍の学生救うオンライン合宿「ハンズアップ・キャンプ」とは

多羅正崇スポーツジャーナリスト
競技の最先端をインプットし学生が戦術戦略を決め発表する。画像:スポーツを止めるな

インプットとアウトプットを繰り返し、チームの戦術・戦略・プランをみずから決める“知の合宿”だ。

「自分の知識が毎時間更新されていくのを感じました。インプットもアウトプットも膨大な量で、まったく動いていないのに菅平の合宿を思い出しました」(県立千葉高校ラグビー部・野口将大副将)

学生アスリートを支援する一般社団法人「スポーツを止めるな」が、コロナ禍の活動制限に苦しむ部活動のため、豪華講師陣によるオンライン合宿「HANDS UP CAMP」(ハンズアップ・キャンプ)を始めた。

8月6日は、実地での夏合宿が中止になった県立千葉高校ラグビー部が、オンラインで完結する1泊2日の“知の合宿”に挑んだ。

合宿1日目の第1コマ「オープニング」で発表された合宿のゴール。画像:スポーツを止めるな
合宿1日目の第1コマ「オープニング」で発表された合宿のゴール。画像:スポーツを止めるな

ハンズアップ・キャンプが掲げるゴールは難関だ。

「根拠に基づいた自分たちの戦略・戦術・プランを、自分たちの言葉で発表する」

合宿1日目は9コマ9時間に及ぶ講義を受け、多彩な知識をインプット。

そして2日目(最終日)は1日目の学びを活かし、学生だけで目標達成へ向けた戦略・戦術を作成、発表するアウトプットを行うのだ。

県内公立トップの難関校ながら、過去2度の花園(冬の全国大会)を経験している県千葉ラグビー部だが、近年の最高成績は県内8強。

今回は花園県予選「ベスト4」という目標を達成するための戦略・戦術・プランを作成、発表した。

8人のトップランナーが講師に登場。グループワーク等でアウトプットを促しつつ、専門性を活かした知識を伝授。画像は元日本代表主将の廣瀬俊朗氏が指導した2コマ目「リーダーシップ」。画像:スポーツを止めるな
8人のトップランナーが講師に登場。グループワーク等でアウトプットを促しつつ、専門性を活かした知識を伝授。画像は元日本代表主将の廣瀬俊朗氏が指導した2コマ目「リーダーシップ」。画像:スポーツを止めるな

合宿1日目は午前9時から講義がスタートし、2回の休憩を挟んで午後9時まで続いた。

過酷な“脳内マラソン”に登場した講師陣は「対面でお話を聞こうと思ったら絶対に無理であろう豪華な方々」(内田琉主将)という、その道のトップランナーたちだった。

■合宿1日目の講義スケジュール

  1. オープニング/野澤武史(元ラグビー日本代表)
  2. リーダーシップ/廣瀬俊朗(元ラグビー日本代表キャプテン)
  3. 現代のラグビー ディフェンス/高野彬夫(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)
  4. 現代のラグビー アタック/森田恭平(コベルコ神戸スティーラーズ)
  5. コミュニケーションスキル/三宅敬(ワイルドナイツ スポーツプロモーション)
  6. 勝つ準備/今田圭太(日本ラグビーフットボール協会)
  7. 鍛えるとは何か/里大輔(プロムーブメントコーチ)
  8. 考えるとは何か/荒木博行(学びデザイン)
  9. チームの文化歴史/チームOB等

競技の戦術だけでなく、コミュニケーションスキル、プランニングなど講義内容は広範に及び、競技のみならず今後の人生にも活かせるであろう学びに溢れていた。

「小グループに分かれての話し合い等もあり、1年から3年まで全員がラグビーと向き合い、考えることができました」

「ラグビーの枠に留まらない、役に立つ考え方も多く、今後の人生に役に立つと思いました」(内田主将)

神戸スティーラーズの森田コーチが指導した4コマ目「現代のラグビー アタック」。画像:スポーツを止めるな
神戸スティーラーズの森田コーチが指導した4コマ目「現代のラグビー アタック」。画像:スポーツを止めるな

ワイルドナイツ プロモーションの三宅氏が指導した5コマ目「コミュニケーションスキル」。画像:スポーツを止めるな
ワイルドナイツ プロモーションの三宅氏が指導した5コマ目「コミュニケーションスキル」。画像:スポーツを止めるな

指導者養成のプロである今田圭太氏による6コマ目「勝つ準備」。画像:スポーツを止めるな
指導者養成のプロである今田圭太氏による6コマ目「勝つ準備」。画像:スポーツを止めるな

ラグビー年代別代表等にも携わる“スピード&ムーブメント作りの職人”里大輔氏による7コマ目「鍛えるとは何か」。画像:スポーツを止めるな
ラグビー年代別代表等にも携わる“スピード&ムーブメント作りの職人”里大輔氏による7コマ目「鍛えるとは何か」。画像:スポーツを止めるな

ハンズアップ・キャンプは危機感から着想された。

日本ラグビー協会でタレントの発掘育成に従事する野澤氏(「スポーツを止めるな」代表理事)は、長期化するコロナ禍による選手、指導者のモチベーション低下を肌で感じていたという。

「2020年はコロナ下で部活動が止まりました。2021年は時間的制限や大会中止で、選手は部活を続ける意味が見出せず、指導者も有効な手を打てず歯がゆい思いをしています。一部で『仕方ない』という諦めの雰囲気があると感じています」(野澤代表理事)

ラグビーでは、21年3月度の競技人口が9万1861人に急落。前年度から4852人も減った。

学生アスリートの支援はスポーツ界の急務だ。どうにかして学生スポーツに新たな学びの場を提供し、意欲を刺激できないか。

「(一社)スポーツを止めるな」はコロナ下の学生アスリート支援を主な目的として2020年に設立され、オンラインのプレーアピールシステム「HANDS UP」を開発するなど、学生アスリートを支援してきた。

そして今回、新たな支援策として、部活動の夏合宿文化を活かしたオンライン合宿を企画したのだった。

「夏合宿は自分の幅が広がるキッカケ。キッカケ作りならばオンラインできるのでは、という発想が原点。テーマは『不完全燃焼を完全燃焼に』です」(野澤代表理事)

ラグビー経験がある(株)学びデザイン代表取締役の荒木博行氏による8コマ目「考えるとは何か」。画像:スポーツを止めるな
ラグビー経験がある(株)学びデザイン代表取締役の荒木博行氏による8コマ目「考えるとは何か」。画像:スポーツを止めるな

ユニークな取り組みだった最終9コマ目「チームの文化歴史」。チームOBとの交流等を通じて、県千葉ラグビー部の歴史、文化への理解を深め、共有した。画像:スポーツを止めるな
ユニークな取り組みだった最終9コマ目「チームの文化歴史」。チームOBとの交流等を通じて、県千葉ラグビー部の歴史、文化への理解を深め、共有した。画像:スポーツを止めるな

迎えた合宿2日目(最終日)はドラマチックだった。

1日目の学びを活かし、選手たちがチームの戦術戦略プランについて議論し、プレゼンテーションをした。

戦術戦略プランについては、1枚のシートに書き込んで可視化していく。

マス目のシートは縦7×横4の28項目だ。

「アタック」「ディフェンス」など戦術戦略プランの7項目につき、それぞれ「重要度」「現状」「あるべき姿」「ギャップを埋める方法」の4項目がある。

午前9時からの約1時間30分で、議論をしながら28項目(7×4)を埋めなければならないのだ。

無謀にも思えるが、実際のゲームでは短時間で結論を出さなければならない状況が頻出する。

選手たちは時間制限内にチームとしての解を求める作業と格闘した。

スムースにはいかない。焦りがつのる。

それでも選手たちはリーダーを中心に、自分たちの言葉で、戦術戦略プランを練り上げていった。

選手の戦術戦略プランのプレゼンテーションは上記の基準により10点満点で採点された。画像:スポーツを止めるな
選手の戦術戦略プランのプレゼンテーションは上記の基準により10点満点で採点された。画像:スポーツを止めるな

内田主将を始めとしたリーダー陣により発表された戦術戦略プランは、野澤代表理事が配点基準により採点した。

採点結果は、10点中9点という高得点だった。

最後は部員全員が一人ずつ、今後のアクションプラン(今後の行動方針等)を発表し、1泊2日の“知の合宿”は終わった。

選手の疲労度は、記事冒頭の「まったく動いていないのに菅平の合宿を思い出した」(野口副将)の通りだったろう。

ただ選手たちのモチベーションは確実に刺激されたようだ。

「1日の中で様々な講義があり、それを頭の中で整理していくのが大変で、頭がパンクしそうになりました。それでもどれも自分が知らない新しい学びだったので、とても充実したオンライン合宿でした」(矢野晴朗副将)

「今までベスト4を目標にしてきましたが、チームがその目標と真剣に向き合い、達成するには何をしなければいけないか、そこまで真剣に考えてこなかったんじゃないかと思います」

「掲げるだけの目標になりかけていましたが、今回目標を達成するための思考方法から、具体的なメニューまで様々なことを教えてもらい、部員全員が目標達成に何が必要かを考えた結果、前より具体的なビジョンが見えてきました」(矢野主将)

心に火が付いた様子の選手を目の当たりにし、オンライン合宿の可能性を強く感じた。

1泊2日の合宿をおえてオンラインで撮った集合写真。画像:スポーツを止めるな
1泊2日の合宿をおえてオンラインで撮った集合写真。画像:スポーツを止めるな

スポーツジャーナリスト

スポーツジャーナリスト。法政二高-法政大学でラグビー部に所属し、大学1年時にスタンドオフとしてU19日本代表候補に選出。法政大学大学院日本文学専攻卒。「Number」「ジェイ・スポーツ」「ラグビーマガジン」等に記事を寄稿.。スポーツにおけるハラスメントゼロを目的とした一般社団法人「スポーツハラスメントZERO協会」で理事を務める

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