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甲子園で、こんな対戦があったのか! プロ野球選手の意外な高校時代②

楊順行スポーツライター
2017年のセンバツは大阪桐蔭が優勝。写真は徳山壮磨(写真:岡沢克郎/アフロ)

 いま取材中の甲子園。過去には、現在プロで活躍する選手たちの意外な対戦があった。たとえば2009年の夏には菊池雄星(当時花巻東・現アストロズ)と今宮健太(当時明豊・現ソフトバンク)が投げ合っていたり、12年のセンバツでは大谷翔平(当時花巻東・現ドジャース)が藤浪晋太郎(当時大阪桐蔭・元メッツほか)からホームランを打ったり。10年前、2014年夏にあったのはこんな対戦だ。

松本裕樹vs小笠原慎之介・吉田凌・豊田寛

 東海大相模はこの年、チーム打率.421、11本塁打、投げては140キロ台の投手を4人そろえ、神奈川大会をぶっちぎりで制した。対する盛岡大付のエース・松本裕樹(現ソフトバンク)は、150キロの速球を持つとはいえ、疲労による右ヒジの炎症でとても万全ではない。当然、予想は相模優位。事実初回には、神奈川大会3本塁打の2年生三番・豊田寛(現阪神)の二塁打などを足場に2点を先制した。だがその後松本は、球速は140キロそこそこでも、チェンジアップなど多彩な変化球で2回から8回までわずか3安打。走者が出ても2併殺で、投球術のうまさが光る。

 すると盛岡は1点を追う6回、2死走者なしから四球、松本のヒットなどの一、三塁から同点に追いつき、さらに満塁からの2点適時打で一挙に逆転した。相模は、救援した2年生左腕・小笠原慎之介(現中日)がこのピンチをしのぎ、8、9回はやはり2年生の吉田凌(現ロッテ)がピシャリと抑える。そして9回裏、2死から1点を返してさらに一、三塁とするが、最後は松本が137キロのストレートを投げ込みセカンドゴロ。盛岡大付が4対3で勝利し、8回目の夏の甲子園で初勝利を挙げた。

「スピードは意識しなかった。雨なので球が浮かないよう、低めに丁寧に投げることだけを考えました」と話す松本は、東海大相模の地元・神奈川出身。知った顔もいたはずだから、そこは意識したのでは。

山崎颯一郎vs三森大貴

 続いては16年の春。敦賀気比のエース・山崎颯一郎(現オリックス)と、青森山田の四番・三森大貴(現ソフトバンク)。実は、前年秋の神宮大会準決勝でも対戦している。8対4と気比リードの9回裏だ。8回途中から救援した山崎は、9回に1点を失うが2死三塁までこぎ着け、打席に三森。変化球で空振り三振に取った山崎に軍配が上がった。秋の公式戦は山崎が防御率1.90、3完封、三森が打率.490、10打点。好投手と好打者の再戦は、センバツ1回戦で実現し、試合は山崎と青森山田・堀岡隼人の投手戦になった。

 前年夏の甲子園で最速144キロをマークした大型右腕・山崎は、最初から飛ばす。6回を終わって2安打無失点、7三振。そのうち2つは4回と6回、いずれも2死で走者を二塁に置くピンチで三森から奪っている。堀岡も、3回に1点を失ったほかは冷静にアウトを積み重ね、8回を終わって気比のリードはわずか1点。許したヒットはお互い3本ずつだ。山田、9回の攻撃も2死。打席には四番の三森が入る。だが、神宮大会のように最後の打者にはなりたくない意地か。変化球をセンター左にはじき返し、三森は一塁に生きた。

 だが山崎は、最後まで集中を切らさずに次打者を抑え、ゲームセット。4安打9三振、三塁を踏まない完封だ。「ピンチを抑えればこちらに流れがくると、ギアを上げました。四死球が少ないのもよかった」と語る山崎に対し、「球速以上に角度がある」と脱帽したのは山田・兜森崇朗監督だ。

徳山壮磨vs田浦文丸、田浦文丸vs藤原恭大・根尾昂

 17年春の準決勝では、大阪桐蔭と秀岳館が対戦した。秀岳館の田浦文丸(現ソフトバンク)は、3回まで毎回ヒットを許すが、1学年下の藤原恭大(現ロッテ)、根尾昂(現中日)は塁に出さない。大阪桐蔭の徳山壮磨(現DeNA)も、133球で完投した東海大福岡との準々決勝から2日連投となるが、回転のいい直球を軸に、5回まで4安打無失点。尻上がりに変化球も切れ、5回には3者三振だ。両投手とも、走者を出してもホームは踏ませない。

 先制は桐蔭。6回2死、山田健人がライトにはじき返して三塁から走者を迎え入れる。8回にも、山田が適時二塁打して2点目を挙げると、秀岳館・鍛治舎巧監督は投の二本柱・川端健斗にスイッチ。川端が根尾を三振に取るなどで追加点を阻み、その裏の秀岳館は1点を返して食い下がる。だが徳山は最後まで集中を切らさず、9回裏も三者凡退の1失点完投。「気持ちで行かないと抑えられない打線。ピンチには自信のある内のストレートを思い切って投げ込みました」。桐蔭は、決勝でも履正社との大阪対決を制することになる。

 それにしても桐蔭のメンバーは、中学野球の指導者だった鍛治舎監督が「全員超有名で、ビデオを見る必要もないくらいよく知っています」と苦笑するほど豪華だった。ほかにも2年生に横川凱(現巨人)、柿木蓮(現日本ハム)がいて、ショートを守る3年の泉口友汰(現巨人)は、この試合出番がないほどだった。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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