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「北の急変は中国の影響」なのか?――トランプ発言を検証する(後編)

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
トランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

 前編に関しては、5月20日付のコラム<「北の急変は中国の影響」なのか?――トランプ発言を検証する(前編)>をご覧いただきたい。以下に示すのは、5月18日に元中国政府高官を独自取材した結果である。Qは筆者で、Aは元中国政府高官。

◆北朝鮮が改革開放をしてくれないと旧ソ連のように崩壊する

  Q:トランプ大統領が、北朝鮮が米朝首脳会談を再考する必要があると言ったのは、「金正恩の大連訪問以降のことなので、習近平が金正恩に影響を与えたのではないか」と言ったことを、あなたはどう思いますか?

  A:バカバカしい!習近平はそんな愚か者じゃない!考えてみてくれ、いま中国は中米貿易摩擦で大変なんだ。劉鶴がアメリカに行ったばっかりだろう?

  Q:ええ、そうですね。劉鶴に関しては、私もそう思います。では、中国は北のこの発言に関して、どう思っていますか?

  A:また始まったと思っている。米朝が対話で問題を解決してくれないと、困るのは中国だ。

  Q:北が改革開放を進めてくれないと困るからですか?

  A:その通りだ。中国はトウ小平の時代から、ずうっと朝鮮(筆者:北朝鮮のこと)に「改革開放をしてくれ」と言い続けてきた。そうじゃないと、ソ連のように社会主義体制が崩壊する。朝鮮の社会主義体制が崩壊すると、中国にも悪影響をもたらす。だから、いつまでも核やミサイルの威嚇をしないで、いい加減で対話路線に入り、経済開発に全力を注いでほしいと言い続けてきた。中国にとって、ようやく米朝首脳会談が行われることは喜ばしいことだ。特に今年は改革開放40周年記念。そのために中国としては特に朝鮮に改革開放を進めてほしいと願っている。

  Q:では、金正恩の中国再訪は、中国から言い出したのですか?

  A:違う!さっきも言ったように、中国は劉鶴を派遣して、なんとか中米貿易摩擦を回避しようと必死で動いていた。今だけは朝鮮問題に深く関わりたくないと思っていた時期だ。金正恩が大連を訪問したのは5月7日。まさにその日にホワイトハウスから劉鶴一行の訪米を受け入れるという返事が来た。そんな時期に、こちらから金正恩に訪中してくれなどと頼まなければならない理由がどこにあるのだ。

  Q:北朝鮮カードを使って、アメリカを牽制するという要素はありませんでしたか?

  A:そのような愚かしい推測をするのなら、この話はここまでにしよう。

  Q:分かりました。では言いません。その後14日に、北朝鮮の高官たちによる代表団が訪中しましたよね。

  A:ああ、そうだ。

  Q:彼らの目的は北朝鮮経済において改革開放を進めるに当たって、中国の経験を学ぶことにあったと、15日でしたか、外交部の報道官が明らかにしましたね。

  A:まさに、その通りだ。中国としては北朝鮮に改革開放を進めてほしいので、そのためには核やミサイル開発をやめて、アメリカとの軍事衝突も起こさない方向に動いてほしいと思うのは一貫している。

◆金正恩大連訪問の目的は?

  Q:では5月7日と8日の、金正恩の大連訪問の最大の目的は何だったのでしょうか?経済提携ではないでしょう?

  A:いや、それもあるが、主たる目的は9日にアメリカのポンペイオ長官が訪朝するので、どう対応すべきかということに関してのアドバイスを、何度もアメリカの大統領と会っている習近平に求めるためだったのだろうと解釈している。そうじゃないと、金正恩があんなに急いで中国再訪をする必要はなかっただろうから。でも、心配するほどのこともなく、ポンペイオと金正恩は、案外気が合うんじゃないのかな。あの日の2人の会談はうまくいったと聞いている。それに同じ日に習近平はトランプに電話して、ストレートに金正恩の考え方をトランプに伝えて、「朝鮮が主張する段階的非核化に関しても少し理解を示した方がいいのではないか」と求めた。二人は完全な非核化まで北への制裁は緩和しないことで一致したじゃないか。

◆米韓合同軍事演習が金正恩の心を変えた

  Q:そうですね、たしかに。5月9日までは順調に動いていて、北の急変兆候は特になかったと思います。だとすれば、金正恩が急変したのは、11日から米韓合同軍事演習が始まったことに関係することになりますね。

  A:その通りだ!平昌五輪やその直後の米韓合同軍事演習が抑制的だったので、「その範囲内の演習なら当面認める」と金正恩は言っていたのに、5月11日から始まったマックス・サンダーではF-22戦闘機が2機も増え、おまけにB-52戦略爆撃機も投入することが予定されていることを知った。だから突如、対話路線に対する態度を急変させたのではないのか。7,8日の大連会談とはいかなる関係もない。15日に金正恩はわざと南北閣僚級会談をすると言っておいてから16日にそれを中止するという嫌味を見せた。それが中国といかなる関係があるって言うんだい?あれは金正恩の独特のやり方だよ。

  Q:ええ。だから韓国はすぐに今回はB-52を投入しないと弁解しましたね。

  A:そうだ。それからも分かるように米韓合同軍事演習の問題であって、中国とは無関係!そもそも4月にボルトンが「北朝鮮にリビア方式を使う」などと言ったこと自体が無謀で、核を放棄させた後に、カダフィーが血祭りに上げられて独裁政権は滅亡した。ボルトンがリビア方式を採用するなどと言った以上、北朝鮮がアメリカを信じることができるはずがない。それでもおそらくポンペイオと金正恩の間では「それはない」という話があったのではないか。

  Q:しかし、11日からの米韓合同軍事演習が抑制的でなかったので、実はボルトン発言が本当で、アメリカはやはりリビアの時のように北朝鮮を騙すのではないかと、金正恩が危機感を覚えたので、16日の発言につながったとお考えですか?

  A:まさに、その通り!きっと金正恩はそう思ったのではないかと推測する。

◆トランプにはブレインがいない?

  Q:トランプは17日、アメリカは北朝鮮に対してリビア方式は取らないと明言しましたね。

  A:まちがいなく、そう言った。だから、なぜトランプが「北の態度急変は中国の影響だろう」などと発言したのか、まったく理解できない。トランプの周りにはブレインがいないんじゃないかな。ひっきりなしに閣僚をやめさせているので、あの内閣はスカスカだ。彼に中朝関係の実態を教えてあげる人もいなければ、迷走にストップをかける勇気のある人もいない。

◆金正恩は習近平の言うことに従がうか?

  Q:金正恩は習近平の言うことに従がうと思いますか?

  A:思わない!絶対に思わない!もし金正恩が本気で中朝友好を考えているとすれば、6年ぶりに中朝首脳会談をして中朝蜜月ぶりを内外に見せながら、その舌の根も乾かぬうちに板門店宣言で中国を外した3者会談によって朝鮮半島平和体制構築を呼び掛けるなどという文言を入れたりするはずがない。……そうだ!そう言えば、トランプは金正恩が習近平の言うことに従うと思ったことになるので、それは金正恩に対して失礼に当たるだろう。金正恩は、トランプのこの言葉を知ったら、きっと怒るにちがいない。自分は、他の者から、このような重大な決断に関して指示を受けたりはしないと。

◆中国は金正恩を信じているか?

  Q:なるほどね……、それは確かに言えますね。では、最後に一つ。答えにくいでしょうが、ずばり、中国は金正恩を信じていますか?

  A:うーん、それはあまりに答えにくい質問だ。しかし聞きたい気持ちは分かる。うーん、困ったなぁ……。では、こうしよう。あくまでも私個人の意見として回答することにする。少なくとも私は、実はまだ金正恩を信じてはいない。いつ裏切られるか、まだ分からないからだ。現に、習近平と蜜月を演じて見せた後に、板門店宣言で「中国外し」をしたのだから、まだ何をするか慎重に見極める必要がある。ただこれだけははっきりと明言することができるが、中国は米朝首脳会談だけは実現してほしいと願っている。もし実現しなかったら、これまでよりも更に激しい米朝対立が生まれるはずで、それは軍事行動を招きかねない。それだけは避けたいというのが中国の本音だ。軍事衝突まで行かなかったとしても、また国連で制裁強化に中国も加わらなければならないのは、やっかいだ。改革開放が遠のいてしまう。北朝鮮の社会主義体制が崩壊するのは何としても避けてほしいと思っている。だから平和路線を望んでいる。

 以上が元中国政府高官への取材結果だ。

◆結論

 19日には劉鶴一行の対米交渉において、中国側が対米輸入を大幅に拡大させることで合意したと米中が共同声明を出した。CCTVは「中米は貿易戦争をしないことで一致した」と劉鶴副総理の言葉を発信。この山場を乗り越えられるか否かが、中国にとっての最大の関心事であったことが窺える。

 前編の考察と後編の取材により、北朝鮮が5月16日に、米朝首脳会談を開催するか否かに関して考え直した方がいいという趣旨の意思表明をしたことは、5月7日と8日の「習近平・金正恩」大連会談とは無関係であることが結論付けられる。トランプ大統領が大連会談を指して、「中国の習主席が影響を及ぼしている可能性がある」と発言したのは、妥当ではないと判断せざるを得ない。

 但し、5月9日の中国共産党系メディア「環球時報」の社説「習近平・金正恩会談は半島の平和に強烈な推進力を与えた」を見ると、明らかに金正恩の大連訪問によって、「中国は北朝鮮の大きな後ろ盾である」という自信をつけたことが、一方では窺える。したがって金正恩の電撃再訪がトランプに何らかの圧力を掛ける結果になったことは否めないだろう。

 それでも習近平が金正恩をそそのかしたことにはつながらないし、むしろ劉鶴がキッシンジャーと会談したことの方が米中貿易摩擦には功を奏したのではないかと判断する。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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