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「北の急変は中国の影響」なのか?――トランプ発言を検証する(前編)

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
トランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

 トランプ大統領が「北朝鮮の米朝首脳会談再考は中国の影響だろう」と発言。金正恩委員長大連訪問後まもなくだったからとのこと。その推論が妥当か否か、元中国政府高官への独自取材も交えて考察する。

◆トランプ大統領の発言

 5月16日、北朝鮮は南北閣僚級会談をキャンセルしただけでなく、米朝首脳会談に関しても開催するか否かを考えた方がいいという趣旨の発表をした。

 すると5月17日、アメリカの英文メディアBloomberg(ブルームバーグ)が、“Trump Says China May Be Stoking North Korean Jabs Before Talks ”というタイトルでトランプ大統領の発言を伝えた。続けて同紙・日本語版ウェブサイトが18日、「トランプ大統領:北朝鮮の態度急変、中国が誘発か―米朝会談控え」と伝えている。

 それによればトランプ大統領は17日、「中国の習近平主席は北朝鮮のリーダー、キム・ジョンウン(金正恩)に影響を与えたかもしれない。彼(金正恩)の米朝首脳会談に対する戦略は明らかにネガティヴなトーンに急変した」と記者団に述べたとのこと。その上で、「2週間ほど前にキム・ジョンウン委員長が中国を電撃再訪して習主席と会ったのを思い出してほしい。彼(習近平)がキム委員長に影響を及ぼしていることは十分あり得る。どうなるのか見守るつもりだ」と発言し、最後に「中国の習主席が影響を及ぼしている可能性があるという意味だ」と、ダメ押しのように付け加えている。

 大統領執務室で開かれた北大西洋条約機構(NATO)事務総長との会談の際に記者団に対して述べた言葉だ。

 さて、この推論は妥当なのだろうか?

◆劉鶴副総理一行が通商交渉のために訪米していた最中

 中国はこの時、米中貿易摩擦を解消するため、中国は国を上げてアメリカを取り込もうと必死に動いていた。そのため経済貿易を担当する劉鶴・国務院副総理(副首相)を団長とする訪米団一行が、5月7日にホワイトハウスの承諾を取りつけていた。

 5月8日の中国外交部の耿爽報道官の定例記者会見でも、そのことに触れている(タイトルにある「白宮」は「ホワイトハウス」のこと)。

 中国共産党が管轄する中央テレビ局CCTVは、毎日のように劉鶴一行の訪米(5月15日~19日)を報道し、何としてもトランプ大統領に中国の通信機器大手、中興通訊(ZTE)への制裁を緩和するよう求めようとしている中国の意図が報道全般に溢れていた。

 アメリカの商務省が4月16日、ZTEがイランや北朝鮮に違法に米国製品を輸出しながら虚偽の説明を繰り返したとして、アメリカ企業との取引を7年間禁じる制裁を科していたため、ZTEはスマートフォーンなどの主力製品の生産や販売の停止に追い込まれるなど、中国は苦境に陥っていたからだ。

 したがって、トランプ大統領のご機嫌を損ねてはまずいと、習近平国家主席はトランプ大統領との電話会談においても低姿勢を貫いていたのである。中国大陸内での雇用を奪われる危険性もあり、他のどんな犠牲を払ってでもZTEを通した米中貿易摩擦を回避したいと必死だった。

 退路がなくなった証拠に、劉鶴一行はアメリカに着くと、最後の頼みのキッシンジャー氏に泣きついている。キッシンジャーの誕生日にかこつけて、劉鶴は16日、キッシンジャーと会談し、95歳の誕生日を祝福すると同時に、「トランプ・習近平」の仲がいいお蔭で、中米貿易関係も必ず改善されていくものと思うなどとキッシンジャー氏に述べている。

 キッシンジャー氏はほかでもない、例のキッシンジャー・アソシエイツを通して、親中の米大財閥を次から次へと習近平の母校である清華大学に送り込んで、数十名から成る顧問委員によって水面下で米中の経済貿易を密着させている人物だ(詳細は『習近平vs.トランプ  世界を制するのは誰か』p.31)。

 その効果があったのか、18日、トランプ大統領は突然、劉鶴副総理と会うと言い出し、中国側を驚かせた。この「突然」という情況は、CCTVで「叫ぶように」報道されたし、また中国政府系サイトでも、文字で見ることができる。このタイトルの「突然」の前にある「特朗普」という文字はトランプの中国語表現「特(te)朗(lang)普(pu)」である。

 その席にはムニューチン財務長官だけでなく、ペンス副大統領までがいて、トランプ大統領は満面の笑みで「中国の副総理(副首相)」に対し異例の歓迎をしたと、中国では大変な扱いようだった。おまけにトランプ大統領はZTEの制裁を解除するとまで言っている。

 さらに劉鶴側が単に「問題を適切に処理し」という言葉しか使ってないのに、トランプ大統領は「問題を積極的に解決し」という言葉を使っていると、中国の報道は熱を帯びていた。

 このような米中貿易摩擦の分岐点に差し掛かる重要な時期に、習近平が金正恩に「米朝首脳会談開催も考え直さなければならないと恐喝しろ」などという趣旨のアドバイスなどをするはずがない。

 そもそも、金正恩が習近平の言うことを聞くくらいなら、6年間も中朝首脳会談を行なわなかったというような事態は起きていないはずだ。金正恩が習近平の言うことを聞いたなどという憶測自体、中朝関係の真相をいかに理解していないかの証左となると言っても過言ではないだろう。

●「前編」はここまでとする。あまりに長くなったので、元中国政府高官への独自取材結果に関しては、「後編」で述べる。おそらく5月21日の午前中に公開できると思う。ご理解いただきたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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