ウクレレの名手ジェイク・シマブクロがミック・フリートウッドとの共演作を発表。亡き盟友たちに捧ぐ
ジェイク・シマブクロ&ミック・フリートウッドのコラボレーション・アルバム『ブルース・エクスペリエンス』が2024年10月18日にリリースとなる。
現代ウクレレ・シーンを代表する名手ジェイクと、フリートウッド・マックのドラマーとして1960年代からバンドを牽引してきたミックという顔合わせによる本作は、ハワイに住む両者が“ブルース”をキーワードに作ったアルバムだ。ピーター・グリーンとクリスティン・マクヴィーという盟友からアルバート・キング、マディ・ウォーターズ、ジェフ・ベック、ゲイリー・ムーア、ゲイリー・ブルッカー(プロコル・ハルム)、ニール・ヤングなど、ブルース&ロックのカヴァーを中心とした構成だが、2人の想いと個性を込めたヴァージョンとなっている。
いよいよ始動したこのプロジェクトについて、ジェイクが語ってくれた。
<ミックにとって愛する人たちにさよならを言う機会だった>
●2023年8月のマウイ島の山火事でミック・フリートウッドの経営するレストラン“フリートウッズ”が全焼してしまったそうで、お見舞い申し上げます。あなたとご家族はご無事でしょうか?
僕はオアフ島に住んでいるから直接の被害はなかったけど、山火事のせいでハワイの誰もが傷ついているよ。完全に復興するまでには何年もかかるだろう。ハワイのみんながマウイの人々を助けようとしているし世界中、日本からも手を差し伸べてくれる人が大勢いる。本当に感謝しているよ。日本とハワイには強い絆があるんだ。アメリカ本土の人はウクレレのことを“ユークレイリー”とか発音するけど、ハワイの本来の発音は“ウクレレ”で、日本語の方が近いんだよ。
●あなたは日本語は話せますか?
チョットダケ、だよ。日本に行くたびにいくつか表現を覚えることが出来るし、もっと頻繁に行きたいね。
●ミック・フリートウッドとの共演はどのような経験でしたか?
フリートウッド・マックは『噂』も好きだったし、最初期のブルース路線も好きだった。ミックは1960年代にジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズでデビューして、フリートウッド・マックも初期はブルースをプレイしていた。彼はマウイ島に住んでいて、面識があったんだ。ブルースを掘り下げ、彼と共演することで、さまざまなインスピレーションを得ることが出来たよ。ミックは自らがアイディアとエネルギーに満ちたミュージシャンであるのと同時に、実験精神もあって、相手のことをプッシュしてくれるんだ。彼とスタジオで一緒にプレイすることは、とにかく楽しい経験だった。自然体であっても何が起こるか判らないスリルがあって、いつもドキドキしていたよ。『ブルース・エクスペリエンス』ではそんな空気とマジックが捉えられている。ベーシストのジャクソン・ワルドホフ、キーボード奏者で僕の長年の友人でもあるマイケル・グランデとで顔を見合わせて、彼のドラミングに聴き入ったよ。「俺たち、こんな凄い人と一緒にプレイしてるんだな」って(笑)。彼みたいなドラマーは世界のどこを探したっていないし、このアルバムを作ることが出来て光栄だね。
●ミックとはどのように知り合ったのですか?
“ナホク・ハノハノ”賞の授賞式で一緒にプレイしたんだ。グラミー賞のハワイ版みたいなイベントで、ミックも参加していた。僕の最初のバンド、ピュア・ハートが解散してそれほど経っていなかったから2000年か2001年かな?バリー・フラナガンもいたし、ケニー・ロギンズもステージに上がって全員で「フットルース」をプレイした。僕はあまり目立たないようにして、彼らの演奏に見入っていたよ。ミックのテクニックだけでない存在感とカリスマ性は本当に素晴らしかった。
●コラボレーション・アルバムを作る話はどのようにして持ち上がったのですか?
数年前(2019年)にフリートウッド・マックのナッシュヴィル公演を見に行って、楽屋で話したんだ。「今度一緒にやろうよ」ということになった。それから僕がマウイでショーをやったときも家族みんなと見に来てくれた。それで話がまた盛り上がって、彼のスタジオに招かれたんだよ。2023年の初めに最初のセッションをやって、最高に楽しかった。最初にプレイしたアルバート・キングの「アイ・ワナ・ゲット・ファンキー」から、グルーヴに嵌まっていったんだ。それともう1回やったセッションと合わせてベスト・テイクを選んだのが『ブルース・エクスペリエンス』だった。
●ブルースやロックの名曲がカヴァーされている楽しいアルバムなのと同時に、近年亡くなったミックの盟友たちの曲が取り上げられていて、とても悲しくなる作品でもあります。2020年に亡くなったピーター・グリーンがフリートウッド・マック時代に弾いた「ニード・ユア・ラヴ・ソー・バッド」、2022年に亡くなったクリスティン・マクヴィーの「ソングバード」をはじめ、ジェフ・ベックの「哀しみの恋人達」、ゲイリー・ムーアの「スティル・ゴット・ザ・ブルース」、ゲイリー・ブルッカーがプロコル・ハルムでやった「青い影」などが収録されていますが、どのようにして曲を選んだのですか?
事前にあまり話し合うことなく、スタジオで思い浮かんだ曲をジャム形式でプレイしたんだ。だからミックの愛する人たちへの想いが込められた曲が多くなった。彼が叩くグルーヴに乗って、全員が自然に曲に入り込んでいったよ。まるで曲が自分から奏でられているようだった。「ソングバード」の演奏を終えて、ミックが目を閉じると、誰も口を開こうとしなかった。まるでクリスティンがその場にいるようだったんだ。日本語でいう“一期一会”のエクスペリエンスだったと思う。だから悲しいばかりではなく、ミックにとっては彼らにさよならを言う機会だったんだ。でも全体的に湿っぽくなることなく、彼らの音楽を楽しみながらプレイする、とても有意義なセッションだった。本当にやって良かったよ。
●ミックの盟友たちを悼むトータル性のあるアルバムだといえるでしょうか?
アルバム全体を貫くテーマやコンセプトはないんだ。強いて言えば、人生と音楽への喜びと感謝だよ。「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」のニール・ヤングは健在だしね。僕にとって素晴らしい経験だった。
<名曲の数々に加えてスタジオの空気と喜び、興奮までを味わって欲しい>
●存命時のピーター・グリーンのギター・プレイについてどう感じましたか?
ピーター・グリーンのギターには1音ごとに信じられないほどの、ありったけの感情が込められている。彼がギターでやっていることをいつかウクレレで出来たら...と思っているよ。残念ながら彼と会う機会は一度もなかったけど、フリートウッド・マックの「ニード・ユア・ラヴ・ソー・バッド」のオープニングのギターの4、5音は雄弁に彼の人間性を物語っているよ。彼のギターとミックのドラムスは特別な化学反応を生み出していた。
●「ニード・ユア・ラヴ・ソー・バッド」のゲイリー・ムーアによるヴァージョンは聴きましたか?
もちろん!「スティル・ゴット・ザ・ブルース」もそうだけど、ゲイリーはロング・トーンとワイルドな速弾きのコントラストが最高で、そのギター・パートをウクレレでトランスレートすることは大きなチャレンジだった。彼のヴォーカルも好きなんだ。トーンと表現が豊かで、ギターの“ヴォイス”とのデュエットをしているようだったよ。そんなエモーションに近い音を出すには、いくつものテイクを切り貼りするのでは出来ないんだ。2、3テイクを録ったけど、最初のテイクがベストだった。本能的な閃きがあったんだ。
●ゲイリー・ムーアのロック時代の作品は聴いていますか?
うん、「パリの散歩道」とかは好きだよ。でもリアルタイムで聴いたのは「スティル・ゴット・ザ・ブルース」の頃だから、特別な思い入れがあるんだ。もっと早く生まれて、アルバムがリリースされたときの“空気感”を味わってみかった気持ちもあるよ。ザ・ビートルズの現役時代やピンク・フロイドの『狂気』、ザ・ビーチ・ボーイズの「神のみぞ知る」が出た頃に居合わせたかったね。
●ジェフ・ベックの「哀しみの恋人達」をレコーディングすることを提案したのは誰ですか?
僕だよ。ジェフ・ベックの曲で一番好きなんだ。以前は『ワイヤード』が好きだったけど、2000年頃に“ソニー・ミュージック・ジャパン”のA&R担当だったカズィーさん(伊藤和彦氏)がジェフも担当していて、『ブロウ・バイ・ブロウ』のリイシュー盤CDをくれた。それでじっくり聴き込んで、すっかり恋に落ちたんだよ!アルバムの中でも一番好きだったのが「哀しみの恋人達」だった。ギターのトーンや感情の込め方もそうだし、キーがCマイナーなのがウクレレ向けにアレンジしやすいと思ったんだ。ジェフが亡くなったのはショックだったけど、彼の音楽と芸術性に僕なりの感謝をしたかった。ウクレレとスライド・ギターの応酬が欲しくて、サニー・ランドレスに声をかけることにした。彼とは昔ジミー・バフェットのバンドで一緒にツアーしたことあって、最高のスライド・ギタリストであることを知っていた。ハワイ公演やニューオリンズ・ジャズ・フェスティバルでライヴ共演して「哀しみの恋人達」をプレイしたことがあったけど、スタジオで録ることが出来て、夢のひとつが叶ったよ。残念ながらマウイ島まで飛んできてもらうことが出来なくて、リモートでレコーディングしたんだ。でもお互いの呼吸が判っているし、ライヴに通じるノリを収めることが出来たと思うね。
●あなたは過去にも「ボヘミアン・ラプソディー」「エリナ・リグビー」などのロック曲をウクレレ・アレンジしてきましたが、今回はそれと較べてアレンジの過程はどのようなものでしたか?
どの曲も納得が行くトーンをウクレレで得るのが難しかった。元々アコースティック楽器のウクレレにピックアップを取り付けてアンプに繋いでいるから、あまりに音を大きくするとノイズやフィードバックが酷いんだ。それにギターのフレーズを拾えても、それだけではフィーリングが正しくない。そういう意味でミックと共演できたことが大きかったね。彼のドラムスに乗っていくことで、グルーヴがピッタリはまったんだ。それに今回はミックのスタジオにあったフェンダーのプリンストン・アンプをウクレレに繋いで弾いたのが功を奏した。普段はフェンダー・リヴァーブやマーシャル、メサ・ブギーなどを使ってきたけど、このアルバムにフィットした音を得ることが出来た。こういう実験がうまく行くと、すごく満足感が高いんだ。次のアルバムではぜひフェンダー・ベースマンを使ってみたいね。自分のサウンドにどのように作用するか、やってみたいんだ。
●唯一のオリジナル曲としてインストゥルメンタル「コラ・ブルース」が収録されていますが、どのような所からインスピレーションを得たのですか?
「コラ・ブルース」は12小節シャッフルのジャムから生まれたんだ。アルバムに1曲はシャッフルが必要だと思ってね(笑)。それと直前に「哀しみの恋人達」のサニー・ランドレスのトラックが送られてきたことで、多大なインスピレーションを得たよ。何よりも、自分たちが楽しみたかったんだ。ミックのリズムに身を任せて流されていく経験は、今まで経験したことがないものだった。
●ブルースはいつ頃から聴いていたのですか?
子供の頃からブルース・テイストのあるロックを耳にしてきたんだ。でも中学から高校を卒業するぐらいまで、トラディショナルなハワイ音楽やロックンロールを主に聴いていて、あまりブルースを聴くことはなかった。大学に入って、ジミ・ヘンドリックスが好きになった。「ファイアー」や「リトル・ウィング」「パープル・ヘイズ」が好きだったけど、「レッド・ハウス」に衝撃を受けたんだ。レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画を初めて見たらこんな感覚かも知れない。吹っ飛ばされたよ。それからクリームの頃のエリック・クラプトンを聴いたりしたけど、ケヴ・モの「アム・アイ・ロング」から触発されて、ロバート・ジョンソンまで遡っていった。チャーリー・クリスチャンも聴いたりして、ブルースやジャズなど、自分のスタイルの幅が広がっていったんだ。純粋なブルースではないだろうけど、ジェフ・バックリーの『グレイス』からは多大な影響を受けたね。
●先ほど『ブルース・エクスペリエンス』の曲はどれもアレンジするのが難しかったとおっしゃっていましたが、候補に挙がっていながら難しすぎてレコーディングしなかった曲はありましたか?
初めてミックとスタジオに入ったときはすごく緊張したけど、演奏自体は悪くなかった。それで、プレイした曲はすべてアルバムに収録したんだ。2、3テイク録って一番出来の良いものを収録したけど、ボツにした曲はなかった。本当にスペシャルな瞬間を捉えることが出来たと思うね。アルバムの曲を聴き返すと、その瞬間のスタジオの空気やミックの表情までを思い出すよ。『ブルース・エクスペリエンス』を聴く人には素晴らしい名曲の数々に加えて、そんな空気と喜び、そして興奮までを味わって欲しいんだ。
●きっと多くの人が楽しんで、続編へのリクエストも多いと思います。もし『ブルース・エクスペリエンスVol.2』を作るとしたら、どんな曲をカヴァーしたいですか?
僕は全然考えてなかったけど、こないだアメリカのメディア向けのインタビューを2人でやったとき、ミックが突然「2枚目を作ることを話し合っているんだ」と言い出して「エエッ?」と驚いた(笑)。もちろん大歓迎だけどね。彼と共演することで学ぶことが多いし、何よりも楽しい。これからプレイしたい曲のリストを作るよ。世界にはたくさんの名曲があるし、それらにミックがどんな生命を吹き込むか、楽しみなんだ。
●アルバムに伴うコラボレーション・ライヴも行いますか?
既にマウイ島の山火事の被災者救済のためにホノルルでベネフィット・コンサートが開催されて、ステージで一緒にプレイしたんだ(2023年8月、“WE ARE FRIENDS”)。そのときまだ発売になっていないアルバムの曲をプレイした。有名な曲も多いし、お客さんはすごく盛り上がってくれたよ。実はそのライヴもレコーディングしているんだ。『ブルース・エクスペリエンス』がみんなに気に入ってもらえたら、ライヴ・アルバムも出したいね。
●あなたは2019年以来日本とご無沙汰で、ミックがフリートウッド・マックで最後に来日公演を行ったのは1995年のことでした。ぜひ一緒に日本でプレイして下さい!
うん、『ブルース・エクスペリエンス』のバンドでジャパン・ツアーを出来たら最高だね。あとはスケジュールをどう調整するかなんだ。ミックは忙しいし、僕も自分のツアーに出て、ソロ・アルバムも作る。でも、このコラボレーションは最高の経験だったし、これからも続けていきたい。ぜひ日本に行けるよう頑張ってみるよ。
【最新アルバム】
Jake Shimabukuro & Mick Fleetwood
『Blues Experience』
BSMF Records / 2024年10月18日発売