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ノーベル平和賞で核戦争を防げるか 北朝鮮が東京とソウルを核攻撃したら死者210万人、負傷者770万人

木村正人在英国際ジャーナリスト
2017年ノーベル平和賞「核兵器廃絶国際キャンペーン」に授賞(写真:ロイター/アフロ)

被爆国の日本は核兵器禁止条約に不参加

ノルウェーのノーベル賞委員会は6日、2017年のノーベル平和賞を国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)に授与すると発表しました。授賞理由についてノーベル賞委員会は次のように説明しています。

「ICANは核兵器の使用がもたらす破滅的な結果に注意を喚起し、条約に基づく核兵器禁止に向け努力を重ねてきました」

「私たちは核兵器使用のリスクがこれまでにないほど大きくなっている世界で暮らしています。ある国は核兵器を近代化し、北朝鮮のように核兵器を獲得しようとする国がもっと増える真の危険があります」

今年7月、核兵器の開発や使用、核兵器を使用すると威嚇することを禁止する核兵器禁止条約は122カ国によって採択され、50カ国が批准すると発効する運びです。

しかし核兵器保有国やその同盟国は参加していません。不参加国の中にはアメリカの「核の傘」に頼る日本も含まれています。

東京、ソウル同時核攻撃シナリオ

米ジョンズ・ホプキンズ大の北朝鮮分析サイト「38ノース」のマイケル・ザギュレク氏はアメリカと北朝鮮の緊張が不測の事態にエスカレートし、北朝鮮が保有するすべての核ミサイルを東京とソウルに撃ち込んだ場合どうなるか、人的被害を推計しています。

ザギュレク氏によると、11年以来、北朝鮮が実施した弾道ミサイル実験の回数は98回。今年7月にはアメリカ本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を行っています。「水爆」とみられる9月3日の6度目核実験の核出力は108~250キロトン(TNT火薬換算)と推定されています。

ロンドンにあるシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)は「アメリカの情報機関は140キロトン、他の2つのモデルでは300キロトンと推定しているが、合理的には最大500キロトンとみることができる」と指摘しています。

ちなみにアメリカが広島に投下した原爆は16キロトン、長崎は21キロトンでした。

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北朝鮮の核弾頭は20~25発

ザギュレク氏によると、北朝鮮は核出力が15~25キロトンの核弾頭を20~25発持っているとみられています。

アメリカと北朝鮮の緊張が軍事的な衝突に発展した場合、北朝鮮の朝鮮労働党委員長、金正恩が「死なばもろとも」と核ミサイルを東京とソウルに撃ち込む「不測の事態シナリオ」を検討しました。北朝鮮が使える核弾頭を25発と想定。

韓国に配備されたアメリカ軍の最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」や日本が導入する陸上配備型の迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」のミサイル防衛網をかいくぐって北朝鮮の核ミサイルが東京とソウルに到達する確率を20%、50%、80%で推計しています。

最大死者383万人

核出力を25キロトンとすると人的被害は次のグラフのようになります。ザギュレク氏は25キロトンで到達率80%が最もありうるシナリオとして東京とソウルの被害は死者約210万人、負傷者約770万人と推計しています。

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250キロトンの水爆なら次のようになります。到達率80%なら死者383万人、負傷者1360万人にのぼります。

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北朝鮮危機だけではありません。アメリカのドナルド・トランプ大統領は2015年のイラン核合意を巡り、「イランは合意を順守しておらず、国益にかなっていない」と表明する見通しだとアメリカのメディアが一斉に伝えました。

IISSのマーク・フィッツパトリック・アメリカ本部長は「トランプ政権になってから順守していると認めた前の2回と状況は何一つ変わっていない。事実に基づくというより純粋に政治的な判断だ」と指摘しています。

情報機関の忠告に耳を貸さず、突然、何をツイートするか予測がつかないトランプ大統領の登場で、核戦争のリスクはノーベル賞委員会が指摘するように冷戦終結後、最高レベルまで高まっています。

「核の時代」に再突入

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、今年1月時点で世界の核弾頭数はアメリカ6800発、ロシア7000発、北朝鮮は10~20発で計14935発と推計しています。前年より460発減っています。

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アメリカが200発、ロシアが290発減らしたものの、中国、インド、パキスタン、北朝鮮が保有数を増やしたとみられています。アメリカやロシアも核弾頭数を減らす代わりに、近代化に余念がありません。

イギリスのメイ政権は先の保守党大会で核ミサイル原潜4隻を更新し、核抑止力の再保証に努める方針を表明しました。アメリカ本土や欧州を射程にとらえる北朝鮮の核・ミサイル開発は核兵器禁止条約では止めることができません。

確証破壊という「恐怖の均衡」を維持した上で、朝鮮半島への軍事圧力、北朝鮮を長年支援してきた中国をも含めた経済制裁を増し、金正恩に核・ミサイル開発の凍結を迫っていくしか手立てがありません。

中国やロシアの協力がない限り、北朝鮮の核・ミサイル開発は止まりません。ICANへのノーベル平和賞授与は、世界が再び「核の時代」に突入した悲しい現実を物語っています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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