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新型コロナから妊婦さんを護れ!さらなる感染対策・補償の実現を!

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)
働く妊婦さんのイメージ(写真:アフロ)

 新型コロナ関連の労働相談で、妊婦さんからの相談が増えていますがきわめて深刻です。

 一般的に妊娠中に肺炎を起こした場合は妊娠していない時に比べて重症化する可能性が指摘されていますし、感染に対して強い不安を感じる精神的な負担も妊婦さんにとって有害です。

 野党の要請に応じて政府も動いてはいますが、その現状の対策はきわめて不十分で、動きもあまりに遅すぎます。

 この問題について最初に国会で取り上げられたのは、2020年3月26日の参議院予算委員会一般質疑( 国民民主党の矢田稚子参院議員)でしょう。いち早く妊婦さんたちの悲痛な声を取り上げ、政府に対して感染対策・補償などを求める声を届けてくれています。

また4月8日には、以下の通り政府に対して、直接妊婦さんたちの切実な声を届けています。

「妊婦の出勤停止と所得補償を」 厚労省に対応訴え 

 新型コロナウイルス感染への不安を抱え、働く環境の改善を求める妊娠中の女性約400人の要望が7日、厚生労働省に提出された。在宅勤務を希望すると「休職を」と迫られたり、PCR検査の立ち会いを求められる看護師がいたり。雇い主任せではない踏み込んだ対応を求めている。

 妊婦への感染防止の取り組み強化を国会で訴えた国民民主党の矢田稚子参院議員が同日、自身に寄せられた431人分の妊婦の声をまとめ、厚労省の自見英子政務官に手渡した。勤務を希望する妊婦が時差通勤やフレックス勤務をできるよう企業に義務づけることや、休業した妊婦に手当が支払われるよう国が積極的に取り組むことなどを申し入れた。

出典:朝日新聞デジタル2020年4月8日 8時00分

政府の取り組み

 政府も対策をとってはいます。

 厚労省は、令和2年4月1日、経済団体及び労働団体へ、「職場における新型コロナウイルス感染症の拡大防止に向けた妊娠中の女性労働者等への配慮について要請」を行っています。

 これは、職場における新型コロナウイルス感染症の拡大防止に向けて、妊娠中の女性労働者等に配慮した、休みやすい環境整備、テレワークや時差通勤の活用促進等について、各企業における取組が促進されるよう、協力を求めることを目的としたものです。

 政府がとった要請のポイントは以下の通りです。

【要請内容のポイント】

○ 現時点での医学的知見では、妊娠後期に新型コロナウイルス感染症に感染したとしても、経過や重症度は非妊婦と変わらないとされているが、新型コロナウイルスに限らず一般的に、妊娠中に肺炎を起こした場合、妊娠していない時に比べて重症化する可能性があること。また、新型コロナウイルス感染症に係る現状のなかで不安を感じている場合もあること。

○ パートタイム労働者、派遣労働者、有期契約労働者など、多様な働き方で働く人も含めて、妊娠中の女性労働者への配慮がなされるよう、次の取組の促進に向けて協力いただくこと。

◇ 妊娠中の女性労働者が休みやすい環境の整備

◇ 感染リスクを減らす観点からのテレワークや時差通勤の積極的な活用の促進

◇ 妊娠中の女性労働者も含めた従業員の集団感染の予防のための取組実施 など

※ 高齢者や基礎疾患がある方についても、これらの取組の促進に向けた協力を要請。

 こういった要請内容が全ての職場で実現できればいいのですが....

現状で取り得る対処法

 妊婦さんからの労働相談で多いのは、通勤や職場で感染するのではないかという感染リスクに関連する相談です。

 「経営者が感染対策を軽視しておりマスクもつけてくれないし、職場で感染するのではないか不安」「出勤するため満員電車での通勤を強いられており不安」「休みたいが、給与がないと生活が不安でどうすれば良いか」といった切実な声が、労働弁護団などの労働相談にも寄せられています。

法制度上は・・・

 使用者には、労働者の就労環境に配慮する義務があります(労働契約法5条)。そのため、使用者には、妊娠中の労働者の要望に応じて、休暇を取得させたりすることを容認することが求められていることを自覚させることが重要です。

 また、制度上も、妊娠している女性労働者に対しては一層の配慮が求められます。

 厚生労働省は、一般的に妊娠中に肺炎を起こした場合、妊娠していない時に比べて重症化する可能性が指摘されていること、新型コロナ感染に対して不安を感じる場合もあることを踏まえて、上記の通り、経済団体に向けて、妊娠中の女性労働者が休みやすい環境の整備、感染リスクを減らす観点からのテレワークや時差出勤の積極的な活用促進を要請しています(上記の要請:令和2年4月1日付 厚生労働省健康局長等「職場にける新型コロナウイルス感染症の拡大防止に向けた妊娠中の女性労働者等への配慮について」)。

 こういった要請をふまえ、使用者には、妊婦さんへの十分な感染対策をとることが求められます。

 なお、使用者がこういった配慮をすべき義務は、正規・非正規問わずあらゆる雇用形態の方が対象となります。「非正規だから」「派遣だから」といって、法律上の保護に違いはありません。

 雇用形態を理由にして安全対策に違いをもうけることは違法です(パート有期法8条(旧労契法20条、旧パート労働法8条)、派遣法30条の3第1項)。詳しくは、日本労働弁護団が公開しているQ&Aもご覧ください。 

具体的な使用者への要求の仕方

 具体的に是正を求める際に、可能であれば主治医にお願いして「母性健康管理指導事項連絡カード」を活用しましょう。

 この連絡カードに、感染リスクやそれに対する不安を避けるための対処(時差出勤など)を医師の指導として記入してもらい、これを使用者に見せて医師の指導に基づく措置を講じるよう伝えましょう(男女雇用機会均等法13条2項、「妊娠中及び出産後の女性労働者が保健指導又は健康診査に基づく指導事項を守ることができるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針」)。

母性健康管理指導事項連絡カードの活用方法については、こちらをご覧ください。

 概要は、以下の通りです。 

【母健連絡カードの使い方】

(1) 妊娠中及び出産後の健康診査等の結果、通勤緩和や休憩に関する措置などが必要であると主治医等に指導を受けたとき、母健連絡カードに必要な事項を記入して発行してもらいます。

(2) 女性労働者は、事業主に母健連絡カードを提出して措置を申し出ます。

(3) 事業主は母健連絡カードの記入事項にしたがって時差通勤や休憩時間の延長などの措置を講じます。

先に示した令和2年4月1日付厚労省の要請でも、「事業主は、男女雇用機会均等法に基づき、その女性労働者が受けた 指導事項を守ることができるようにするため、勤務時間の変更や勤務の軽減等の措置(通勤緩和、休憩に関する措置、妊娠中の症状等に対応する措置)を講じる必要があります。こうした措置についても、引き続き、適切に講じていただきますよう、よろしくお願い申し上げます」と記載があります。

 感染対策を求め、感染対策をとり就労すること(テレワークなど)が不可能な場合には、仕事を休める体制をとるように求めましょう。

 自分で伝えるのが難しい場合もあるでしょう。そんな場合、職場に労働組合があれば、労働組合を通じて要求しましょう。

 職場に労働組合がない方も多いと思いますが、職場に労働組合がなくても、労働組合には一人でも加入できるし、全国に一人でも加入できる労働組合は多数存在します

【2020/04/27 9:35追記】Twitter上で、医師から上記指導が書けないと言われた・・・という声があがっています。

指導が必要であるのに記載してもらえない、指導の必要性に対する医師の認識が不十分なのであれば、厚生労働省は、医師向けの啓発も行って欲しいです。

欠勤する場合

 感染対策がとられない、感染リスクをなくす通勤方法がとれない、しかもテレワーク(自宅研修含む)も不可能な場合や、感染リスクなどのストレスでメンタル不調が生じているなどの場合、しっかりと手順を踏んで、これを避ける等のため欠勤することも選択肢です(有給休暇を使い切ったなど休暇制度が使えない場合)。

 職場の同僚に迷惑をかけるとか、社会的な責任ある仕事である(例:医療・介護など)など、妊婦さんもそれぞれ休みにくい事情はあるはずです。が、声を大にして言いたいのは、まずはご自身の健康を第一に考えて行動して欲しいということ。一番大事なのは、妊婦さんと産まれてくる赤ちゃんの健康であり、これを犠牲にする価値ある仕事などこの世に存在しません

 ですから、自信をもって、職場の問題点を指摘し感染リスクを避けるためにやむなく欠勤することを上司などに伝えましょう。その際には、メールなどで形を残しておくことが重要です。

 さらに、先ほどの「母性健康管理指導事項連絡カード」に感染リスクやそれに対する不安を避けるために出勤を避けるべきという医師の指導を記入してもらえると良いでしょう。

 こういった手順を踏んで労働者が欠勤したことを理由にして、使用者が妊婦さんを解雇するとか、懲戒処分をするといった対応をとることは許されませんので、安心して下さい。

新たに必要な政策は?

 まずは、妊婦さんへの感染予防対策のさらなる徹底です。現在、厚労省のスタンスは、まだまだ職場に徹底されていません。

 配慮をもとめても従わない、使用者に意見など言えない労働者が苦しんでいるのです。「省をあげて妊婦の方々の安心・安全の確保に全力を尽くす」(厚労省リーフレット)のであれば、さらなる周知・徹底をお願いしたいです。

 そのうえで、経済的な補償を迅速に整備すべきです。

 使用者としても、収入が途絶えてしまうのが心配で補償無しで休めない妊婦さん配慮の必要性は理解しつつも経営上の心配から就労を求めている使用者(補償があれば休ませたいと考えている使用者)も多数存在します。妊婦さんの場合、出産後の収入減少などが想定されるケースが多く、収入面の不安が休業を躊躇わせる動悸になっている方も多いのです。

 国会審議でも言及されていますが、妊婦さんへの配慮は少子化対策の側面もあります。休業時の経済的な補償を行うべき対象として、妊婦さんは母体保護・少子化対策の両面から、政策としての優先順位が高いはずです。

 例えば、新たな補償制度として、医師の指導により妊婦さんを休業させた使用者が労働者に全額賃金を支払った場合に、国がその全額を使用者に補償(雇用調整助成金等のような上限設定はしない)する制度などであれば、既存の制度枠組みで素早く対応できるはずです(労働者への直接給付の制度設計に反対する趣旨ではありません)。

 一刻も早く、日本で出産を控える全ての妊婦さんや、妊婦さんを見守るご家族が、安心して出産できるように、政府・厚労省の本気度が問われています

【追記:2020/04/27 8:47】

妊婦さん達が結束し  #お腹の赤ちゃんを守りたい  タグと下記のPOで悲痛な思いをツイートしていらっしゃいます。

ぜひ、拡げてください。

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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