「こんな僕でも出来る」大切な人たちに贈りたい日本一の称号――サウナを熱くする若手熱波師の恩返し
「熱波師」という仕事がある。ただでさえ暑くてたまらないサウナの狭い空間で、かけ声をあげながら縦横にタオルを振り回すパフォーマンスで入浴客に熱波を送る。客を楽しませるだけでなく、体感温度を急上昇させて、温浴効果を高めるのが目的だ。兵庫県川西市の「美健SPA湯櫻」で働く野中雄登さん(25)は、熱波師としてデビューして3年。めざしているのは全国規模の「熱波甲子園」で優勝し、日本一の称号を得ることだ。汗だくになりながら戦う野中さんの思いとは。
●ストレスを吹き飛ばしてあげられるのが僕たち熱波師の仕事。
「熱ッ!」。熱波師のタオルから放たれる蒸気を浴びた入浴客の瞬間体感温度は90度を超える。皮膚が燃えるような感覚に陥りながら、大量の汗を流す。その表情は、心地よさそうだ。
サウナストーン(香花石)に水をかけて蒸気を発生させるのが、フィンランドのサウナ入浴法「ロウリュ」だ。トークや舞などのパフォーマンスとともにタオルを振り、熱い蒸気を熱波として客に送るのが、「ロウリュサービス」イコール熱波師の仕事だ。
熱波師は各温浴施設のスタッフが兼ねているのが一般的だが、中にはプロレスラーといった腕自慢がフリーランスとして務めていることもある。熱波師があおいだ蒸気を浴びた客は全身の新陳代謝が促進され、ストレス解消やスタミナ回復、美容効果やくつろぎまで得られると言われている。
その仕事を、野中さんはこう説明する。「夜遅くにサービスを受けにくるお客さんは、ストレスを吹き飛ばしたいんです。それをかなえられるのが熱波師の仕事です。僕らが元気に熱波を振る事によって、大量の汗とストレスを発散してもらう事ができるんだと思います。正直、身体を酷使するしんどい職業です。でもお客さんから拍手やありがとうと言われると僕たちもストレスが吹き飛ぶんです」
野中さんはサウナ室で1回10分のロウリュサービスを1日6回ほど、年間約1300回行う店の看板熱波師だ。得意なのは、ストレートに熱波をあおぐ「王道スタイル」だ。
ここ数年、テレビドラマなどの影響で空前のサウナブームと言われている。『月刊サウナ』(一般社団法人ニッポンおふろ元気プロジェクト)によると、全国でロウリュサービスを行っているのは105店舗、登録熱波師は315人に上るという。最近では熱波師の公式検定試験も行われている。熱波師の仕事ぶりが、ブームの一因となっているようだ。ロウリュサービスを行うために各地のサウナ施設を巡回すると、追っかけのファンがつくカリスマ熱波師さえ存在する。
●熱波師の日本一を競い合う大会「熱波甲子園」
全国の熱波師が腕を競い合うのが、「熱波甲子園」だ。全国の30店舗が加盟する「日本サウナ熱波アウフグース協会」(横浜市鶴見区)が、ロウリュサービスを広く発信したいと2011年に初めて主催した。現在は春秋の2回と、年末に上位チームのみで競う「チャンピオンカーニバル」を開催している。野中さんらの美健SPA湯櫻は2022年春に技術部門3位、総合4位となり、年末の「チャンピオンカーニバル2022」に初めて出場した。
●キメ手は己の実力「テーブルペットボトル落とし」
熱波甲子園は①テーブルペットボトル落とし ②サウナ風速計 ③おもてなし演舞の3つの競技の総合得点で優勝が決まる。①と②は個人で、③はチームで腕を競う。審査にあたるのは、入浴客たちだ。
野中さんは勝敗のポイントについて、こう語る。「僕たちは1回10分程のロウリュサービスを年間1300回はこなしています。風速計と演舞は、いつもの自分たちを出せれば必ず評価されます。しかし、如実に差が出るのは、ペットボトル落とし です。ここを取らないといけない」
この競技は、ボーリングのピンのようにテーブルに並べられた深さ10センチの水が入った2リットルボトルを風によって落とし、その本数で得点を競う。風力はもちろん、芯を突くコントロールがないと倒すのは難しい。集中力が試される競技だ。野中さんが春の大会で総合4位となったのは、この競技で得点できたことが決定打になったという。
野中さんはチャンピオンカーニバルに向け練習を重ねたが、あえなく1回戦で敗退。日本一を勝ち取ったのは、1回戦で対戦した大阪「美笹のゆ」だった。
「負けました。完全に気持ちで負けた。でもこれからも頑張ります」。こう言って泣き崩れる野中さんに、「野中、泣くな!胸を張れ!」と先輩の熱波師から声がかかった。
●支えてくれる人に勇気を与えたい
野中さんが泣くほど悔しがったのには理由がある。野中さんは専門学校を卒業し、20歳で大阪のスポーツジムにパーソナルトレーナーとして就職。その矢先、社員旅行でスキー事故を起こし、全治半年以上の大ケガを負った。長期間のリハビリの中に心身ともに不調に陥り、仕事を辞めてしまった。そこに救いの手を差し伸べたのが、学生時代のアルバイト先のジムで知り合っていた人物だ。「温浴施設をオープンさせるので、一緒にお店を盛り上げて欲しい」とスカウトされた。「こんな自分を必要としてくれている」と感激した野中さんは、美健SPA湯櫻で熱波師としてのキャリアをスタートさせた。「日本一」になるのは、店への恩返しなのだ。
サウナがブームになるにつれ、熱波師の存在も知られるようになってきた。野中さんは、周りの人たちへの恩義を込めて、入浴客に日々熱波を送り続けている。「支えてくれる人を喜ばせたい。だから勝ちたい」
その熱い気持ちと挑戦の姿勢が「日本一」をつかむのは、いつの日だろうか。
クレジット
取材協力:JSNA 日本サウナ熱波アウフグース協会
音楽:もっぴーさうんど