亡き娘は「重心医ケア児」_親の負担を減らすためデイサービス施設を立ち上げた夫婦の思い#病とともに
少子化対策の一環として保育所不足への対策が進められる一方、圧倒的に数が足りていない子育て施設がある。重度の肢体不自由と知的障害が重複した「重症心身障害児(重心児)」や医療的ケアが必要な「重症心身障害医療的ケア児(重心医ケア児)」を預かる保育施設だ。2024年5月、育児・介護と仕事の両立を支援するため、子どもの成長後も柔軟な働き方を選択できるようにすることを企業に義務付けた改正育児介護休業法などが成立。親の働き方の幅が広がることが期待されるが、日々のケアに追われる重心医ケア児の親の負担をどれだけ軽減できるかは未知数だ。兵庫県西宮市の児童発達支援・放課後等デイサービス施設「あーも」は、そうした中で数少ない重心医ケア児の専門施設だ。2020年の設立以来、看護師による医療的ケア、公認心理師や音楽療法士など専門家による治療的教育(療育)を行いながら子どもを預かっている。運営しているのは内藤康志さん(45)、まゆ美さん(43)夫妻。開業のきっかけになったのは9年前、次女・旭美ちゃんを2歳3カ月で失ったことだ。亡き娘に導かれるように、社会的課題に挑戦する2人に迫った。
「重症心身障害医療的ケア児」とその家族
重度の心身障害が進行し、生まれつきの遺伝子疾患や出生後の合併症や事故で障害を負うなど、重心医ケア児になる要因はさまざまだ。厚生労働省によると、その数は約6万人に上る。そのうち、重度の障害を伴わない医療的ケア児は、10年前に比べて約2倍に増えているという。
その背景にあるのが、小児医療の発達だ。救われる命が増えることは、重心児や医療的ケア児を育てる親の数もその分増えることを意味する。こうした親のほとんどは子どもたちを自宅で介護しており、特に母親の負担が大きくなる傾向が強い。
内藤夫妻の次女の旭美ちゃんは、「第1染色体長腕部分トリソミーモザイク」というまれな疾患を持って生まれた重心医ケア児だった。出産とともに、まゆ美さんが旭美ちゃんの医療的ケアに追われる日々が始まった。
まゆ美さんは、当時をこう振り返る。
「通常の子育てももちろん大変ですが、重心医ケア児を育てるのはもっと大変です。私の場合、日々のケアに追われ、毎日の睡眠時間は2時間ほど。いつも疲労困憊(こんぱい)の状態でした。子供を預けたくても、近くに医療的ケアを受けられる保育園はなく、大好きだった仕事も退職せざるを得ませんでした」
「私たち親は、病院で必要な医療的ケアの技術を習います。しかし、本来であれば子育てを助けてくれるような祖父母や親戚はそのような技術を身につけているわけではないので、頼ることができません。その結果、特に母親は毎日毎日、子どものケアに追われ、周囲から孤立していくのです」
こうした孤立の末、思いあまって子や親の命に手をかけてしまう悲劇はなくならない。背景には、障害者や高齢者のケアを家族だけに負わせがちな社会の構造がある。これは家庭の問題ではなく、大きな社会的課題なのだ。
「あーも」を立ち上げた理由は、2015年に2歳3カ月で亡くなった次女・内藤旭美さん
2013年に旭美さんを出産したまゆ美さんは、長女を産んだ時と同じように、勤めていた製薬会社にすぐに復帰するつもりで保育園に申し込みをしていた。しかし、当時は医療的ケアを行う体制が整った保育園は西宮市にはなく、預けることができなかった。
育休を延長し、毎日の医療的ケアに追われながらも、当初は「何とかミルクが飲めるようになれば、保育園に入れるかも」との希望を持っていた。しかし、何度も体調を崩して入退院を繰り返す旭美ちゃんを見ているうちに、保育園で集団生活をする体力はつかないのではないかと考えるようになる。やがて「出産前に思い描いていた生活はもう送れないんだ」と自分を納得させ、離職を決意した。
仕事を辞め、孤立状態になったまゆ美さんの救いになったのが、重心児専門で医療的ケアにも対応する児童発達支援・デイサービスだった。保健師として働いていた夫の康志さんらの勧めにより、2歳になった頃から通わせ始めた。
その矢先のことだった。
旭美ちゃんの体調が自宅で急変し、そのまま帰らぬ人となってしまったのだ。合併症による病死だった。つきっきりでケアをしてきたまゆ美さんだが、その時のことはあまり覚えていない。ただ、しばらくして、ある思いが芽生え始めた。
「旭美にはもっと生きていてほしかった。私と同じように困っている人の力になりたい」
そこから内藤さん夫妻は、重心医ケア児の療育の道を志す。必要な国家資格を次々と取得しながら、現場で経験を積んだ。康志さんが勤めていたクリニックから場所を提供され、2020年に夫婦で「あーも」を開業した。施設名の「あ」は旭美ちゃんの「あ」、「も」は子どもたちがよく口にする言葉だという。
医療的ケアにも対応できる「重症心身障害医療的ケア児専用の児童発達支援・放課後等デイサービス」
家族の介護負担軽減を目的とした重心医ケア児専用の児童発達支援・放課後等デイサービスの数は、全国的には限られている。また、そのような事業所があったとしても、そうした施設がある事自体を知らない親たちも少なくない。「孤立した状態で日々のケアに追われていると、施設に子どもを預けられるという発想自体が出てこないんです」(康志さん)。
実際、保護者が事業所を選ぶ際は、友人からの口コミ、かかりつけ医やリハビリ先などからの紹介がほとんどだ。施設が子どもたちを安心して預けられる場所かどうか、少ない情報から判断しなければならない。
一方、内藤さん夫婦のように、施設を開業しようとするにも、いくつものハードルがある。
「医療的ケア、重症心身障害児への支援実績がそろわなければ、銀行から融資がおりません。また、基準人員として、児童発達支援管理責任者、看護師、保育士もしくは児童指導員、心理担当職員が必要となります。実際にはこの人数だけでは質の高い療育ができませんし、安全の確保も難しい。5人を受け入れるために、うちでは少なくとも7人の専門スタッフが必要と考えています。しかし、そうした人材を確保するのは簡単ではない」
2021年9月に医療的ケア児支援法が施行され、こうした施設は少しずつ増える傾向にある。ただ、増え続ける需要には追いついていないのが現状だ。「あーも」でも定員オーバーで利用を断らざるを得ないことがあるという。
次女にしてあげられなかった事を未来へ生きる重心児たちに育みたい
「あーも」では、子どもたちに高度な医療的ケアを行うとともに、社会生活に適応できるようにする「療育」にも力を入れている。常勤、非常勤を合わせ18人以上の専門スタッフが在籍。1日6時間、14人の未就学児や就学児童を受け入れて、通常の保育と療育を併せて行っている。康志さんは「生きていれば旭美の未来のためにしてあげたかったこと。それを『あーも』に来ている子に提供しているんです」と語る。
これまで60人以上の重心児たちを見てきた中で、まゆ美さんは「未来に向けての療育」を意識するようになったという。きっかけは「この子は、最後は地域に託す子。先に亡くなるのは親なのだから」というある親の言葉だった。
「この子たちが大人になった時、『自分も好きだし、周りで支えてくれる人も好き』という自己肯定感と安心感を持って過ごせるように育てたいんです」とまゆ美さん。
内藤夫妻は自分たちの思いを地域の人に伝えるため、春と秋には近くの保育園児との交流会も行っている。
「障害がある子もない子も、子どもたち同士に差別の意識はありません。純粋にいろいろな子どもとの遊びが楽しいんです。医療機器を体に取り付けていようが、車いすに乗っていようが、『今日はこんな子たちと遊んだよ』って体験を家に持って帰ることで親に伝わります。その地道な活動が将来、介助する側、される側とお互いに支え合える人材が育ってくれると信じているんです」
今春の交流会には、地元の中学生たちが職業体験として参加した。ここで初めて重心医ケア児と触れ合ったひとりの女子中学生が、「私がこれまで当たり前と思っていたことが当たり前ではないことがわかりました。いろいろな人たちが社会で生きていることを知りました」という感想を寄せてくれた。
この言葉に、康志さんはこう応える。
「自分のまわりにもこういう子たちが生きているんだということを知ってくれてうれしいです。当たり前って、定義が難しいですよね。人は病気や事故、また年齢を重ねることなどによって、身体の機能に障害が出て、当たり前と言われていることが当たり前にできなくなります。そうなると介護が必要になりますよね。それも当たり前です」
「でも、家族だけがその介護を担い続けるのはかなりしんどい。だから、みんなで仕事として介護を担う。私たちは介護をやってあげると思ったことはありません。この子どもたちから、やらせてもらっていると思っています。家族から見たら、私たちは子どもたちを支えていると思うかもしれませんが、一方で私たちは子どもたちに支えられている。そうやって支え合うことが当たり前と思える社会にしたいのです」
施設の立ち上げから5年目。内藤夫妻の挑戦は続く。
DIRECTION:T.K戎
PRODUCTION:細村舞衣
MUSIC:Audiostock
本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。
「#病とともに」はYahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。人生100年時代となり、病気とともに人生を歩んでいくことが、より身近になりつつあります。また、これまで知られていなかったつらさへの理解が広がるなど、病を巡る環境や価値観は日々変化しています。体験談や解説などを発信することで、前向きに日々を過ごしていくためのヒントを、ユーザーとともに考えます。
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