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チーママと呼ばれた女性検事は「法廷に呼ばれ、心外」と語った。プレサンス元社長冤罪事件国賠で証人尋問

赤澤竜也作家 編集者
田渕大輔検事、山口智子検事への証人尋問後、会見に臨む山岸忍氏(筆者撮影)

2019年12月16日、不動産会社プレサンスコーポレーションの社長だった山岸忍さんは大阪地検特捜部の取調室にいた。担当の山口智子検事はいつものように彼女が主任と呼ぶ蜂須賀三紀雄検事の指示をあおいでいるようで、席を外していた。

はじめての事情聴取から48日目。ほぼ毎日、幾度となく同じことを聞かれるため、「検事さん、頭わるいんですか? さっきも言いましたやん」と軽口を叩きながら当時の状況を説明する日々だった。

この日は雑談ばかりで、実質的な取調べもないに等しい。「ようやくわかってくれたんだ」。そう思っていた矢先のこと。

上気した顔で戻って来た山口検事が叫んだ。

「社長。こんなん出てしもたやんかぁ。悔しいわぁ。どうする?」

一枚の紙片をピラピラさせる。

「えっ、なんですのん?」

と言いながら差し出された書面をのぞき込むと、〈逮捕状〉の文字が目に飛び込んでくる。

この日から248日にわたって山岸さんは大阪拘置所に勾留された。みずから創業したプレサンスコーポレーションを手放さざるを得ず、巨額の資産も失った。

2021年一審で無罪判決が出ると、検察庁は控訴すらできなかった。完全な冤罪だったのだ。そして6月11日、山岸さんが起こした国に対する損倍賠償請求訴訟の法廷に山口検事は姿を現した。

彼女はなにを語り、なにを語らなかったのか。

山岸さんと山口検事の間で漫才のようなやり取り

山岸さんの著書『負けへんで! 東証一部上場企業社長 vs 地検特捜部』(文藝春秋)のなかで「検察庁のなかでチーママという異名を持つ」と記されている山口検事は入廷してきた際、山岸さんに目を合わせるとマスク越しながらニコッと笑い、ペコリと頭を下げた。その瞬間、山岸さんは大きくのけぞって、満面の笑みを浮かべた。

意外に感じた。

なにしろ彼女は山岸さんにとてつもない苦痛を与えた側の人物なのである。

当事者にしかわからない感情があるようだった。

証人尋問では面白いことがあった。

質問は中村和洋弁護士の方から投げかけられるのだが、山口検事は中村弁護士の横に座る山岸さんの方へも頻繁に視線を送る。

すると山岸さんはみずからに話しかけられたと勘違いするのか、会話のなかに入ってしまうのだ。

中村弁護士が、

「取調べの際、大声上げて怒鳴るとか机を叩くとかなかったですよね?」

と尋ねると、山口検事は、

「私がですか? 一切ないです」

と手を横に振りながら、確認を求めるように目を合わせたため、山岸さんもつい、

「ないです」

と大きな声で発言してしまい、さすがに小田真治裁判長が苦笑しながら、

「おふたりの間で会話なさるのはちょっと」

と注意したため、廷内に笑い声が漏れる場面もあった。

肝心な部分はすべて「記憶がない」で押し通す

山口検事の前に行われた田渕大輔検事への証人尋問と違い、比較的和やかな雰囲気のなかで行われたのだったが、もちろん火花はたびたび散った。

「総括審査検察官は誰だったんですか?」

あるいは、

「高検(大阪高等検察庁)の特捜担当は誰だったんですか?」

と、この事件に関わった上層部の名前を尋ねるたびに、国側の訟務検事が立ち上がり、

「行政庁の内部事情ですので証人はお答えになりません」

「意思形成過程についての質問ですので答えられません」

などと異議を出す。

却下され、裁判長に答えるよう促されると、山口検事はすっとぼけて、いや本当なのかもしれないが、

「当時は覚えていたんですけど覚えてません」

「記憶にないです」

と返答する。

一審無罪判決のあと、なぜ検察は控訴しなかったのか?

最大の山場は中村弁護士の次のような質問だった。

「山岸さんの判決が出たとき、あなたは大阪高検の検事でしたね」

「はい」

「控訴する、しないの審議に関わっていましたか?」

「はい」

「なんで控訴しなかったんですか?」

「その判断に関わっておりますので、証言を拒絶いたします」

「本件の争点と強い関連性がありますので、答えてください」

国側の訟務検事が立ち上がり、

「民事訴訟法上そうなっていないと思います」

と異議を申し立てるも、中村弁護士は、

「職務上の秘密には該当しないと考えます」

と言い返す。

裁判長が手もとの六法を繰りはじめ、しばらく沈黙が続いた。左右の陪席と少し話したあと、被告・国の異議を認めたため、これ以上問いただすことはできなかった。

特捜部が上場企業の現役社長を逮捕起訴し、控訴しないまま無罪判決が確定してしまうというのは前代未聞のことである。そして控訴断念の決定に山口智子検事も関わっていたことまではわかった。しかし、一審無罪判決を受け、内部でどのような協議が行われたのか、明かされることはなかったのである。

弁護人との間の権利を侵害しているわけではない!

山口検事は取調べのなかで、

「事実を認めて被害弁償をし、しゃっしゃと裁判を終えれば執行猶予の可能性もある」

と山岸さんに言っていた。

この点について中村弁護士より、

「21億円もの横領事件で、しかも重要な役割を果たしていたというのなら、被害弁償したところで実刑はまぬがれないのではないか?」

と問いかけられるも、

「それは事件への関与の度合いとか認識によっても変わってくるはず」

と述べ、問題のある発言とは認めなかった。

また取調べにおいて、

「どうしようとか言ってないの、弁護士さんと。全然そういう話してないの?」

「(弁護人が)アドバイスしてくれていないのかと思って。どういう風に、この今の状況下をどうしようとか。そんなのあんまない?」

など話していたことについて、弁護人との秘密交通権を侵害しているという原告の主張については、そういう意図ではなかったと明確に否定。

被告・国の補充尋問で、再度取調べについて問われた際、

「山岸さんに対しても、誠実に話を聞いていたので、今回の尋問に呼ばれたことは心外という気持ちがある」

とも述べた。

裁判長は「御用聞きじゃないんだから」と言った

原告の秋田真志弁護士は山口検事に対し、山岸さんの無罪判決のうえでの決定的な証拠となった「3月17日付けスキーム図」について、上司である蜂須賀検事からどのような指示を受けたうえで、事情聴取に臨んだのかについて尋ねたのだが、

「確認して欲しいと言われたから確認してそれを伝えたのだと思います」

としか言わない。

「蜂須賀主任検事よりこの書類についてどのような説明を受け、取調官としてどのような認識を持ったのか?」

「はじめて見たとき、どう思ったのか?」

と重ねて聞かれても、

「いっぱい、そんな書類があったから、覚えていない」

と答えるにとどまる。

小田裁判長も同様の疑問を持ったようで、

「蜂須賀検事は(この書類について)どんな評価をしているのかとか、どういう方向性なのかということを言わなかったのか?」

と尋ねたのだが、

「確認してもらいたいと言われたので、山岸さんに確認したところ、知らないとのことだったので、蜂須賀検事にそのまま伝えた」

と返答する。裁判長は重ねて、

「御用聞きではないので、いろいろな角度からいろいろな仮説を持って検証するというのはなかったのか?」

と問いただすのだが、山口検事は、

「山岸さんは頭のいい方で、知らないと言うから本当に知らないんだと思った」

と答えるにとどまった。

冤罪事件を作ったひとりであるという自覚があるのか

「3月17日付けスキーム図」については議論がすれ違っているように感じた。

秋田弁護士も、小田裁判長も、取調官として受け取った証拠物の持つ意味を自分の頭でしっかりと考えたうえで、被疑者に対してあてなかったのかと聞いているのだが、山口検事は「聞けと言われて聞いたら知らないと言われたので、そのまま上司に伝えた」としか言わない。

2011年9月に公表された『検察の理念』には「積極・消極を問わず十分な証拠の収集・把握に努め、冷静かつ多角的にその評価を行う」とあるのだが、まったく活かされていない。まさに裁判長の言うように「御用聞き」である。

証人尋問終了後、山岸さんに尋ねてみた。

「山口検事とは、取調べが終わって(2019年12月)以来、はじめて会ったということなんですか?」

「そうです。いや、アイツは本当に頭がいいヤツですよ。ひさしぶりに会って、やっぱりそう感じました」

確かにどんな質問にもそつなく答え、デリケートな部分は「覚えていない」で押し通すことに成功した。

しかし、大きな疑問がいくつも残されたこともまた事実である。

山口検事は逮捕後で33時間、任意のときのものを含めると、その倍以上の長きにわたって山岸さんの取調べを行った。胸襟を開いて聴取に応じた山岸さんの供述は一度も揺らぐことはなく、終始一貫していた。この点については山口検事もこの日の尋問で認めている。

密室にて1対1で長時間接していて、「この人、やっていない」と感じることはなかったのか? 上司である蜂須賀検事に対し、「シロじゃないのか?」という心証を伝えなかったのか? 

この日、山口検事が言ったことを要約すると、「自分は兵隊。応援検事として上司から言われたことをやっただけ。同僚や上司がどう動き、なにを考えていたかはまったく知らない」ということに尽きる。

証人尋問を聞く限りにおいては、冤罪事件を生み出した当事者の一員であることに、忸怩たる思いを抱くような感覚は一切持ち合わせていないようだった。

なお、山岸さんに逮捕状を示す際、

「社長。こんなん出てしもたやんかぁ。悔しいわぁ。どうする?」

と叫んだことは覚えていないという。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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