ゼレンスキー大統領が国会演説で訴えた「平和へのリーダーシップ」
ウクライナのゼレンスキー大統領が3月23日、日本の国会で演説した。最大の見どころは、日本に「平和のためにリーダーシップを発揮してほしい」と訴えたことだろう。ロシアによるウクライナ侵攻の恐怖を淡々と語り、そして戦後復興も含めた平和構築への支援を抑制的かつストレートに呼びかけた。
それは、煮え切らない姿勢を非難したとも取れるドイツに向けられたような強いメッセージではなく、イスラエルに強力なミサイル防空システム「アイアンドーム」を求めたり、イタリアにロシア富豪が立ち寄れないようにしてほしいといったような具体的な要求ではなく、機能不全に陥っている国連の改革や、平和へのリーダーシップを期待するものだった。
生放送の日本語通訳では躍動感を持つことは難しかったかもしれないが、語られるメッセージや意味は、十分に深いものだと感じた。
ウクライナ大統領がライブで語る意味
まず演説を読み解くための前提条件を確認しておかねばならない。
- 軍事力10倍ともいう相手が数日で首都を陥落させられると報じられていたが1か月持ちこたえている
- 戦争には中立を基本スタンスとする国際社会のほとんどを味方につけた
- 命を狙われている状態にもかかわらず、毎日のように力強い動画メッセージを発信し続けている
そんなウクライナのリーダーがゼレンスキー大統領だ。
国際社会のほとんどを味方につけたといっても、直接的な軍事行動という支援が得られない中で、ウクライナは少なくとも表面的には孤軍奮闘している。そこで注目したのが情報戦だった。
いや、「自由のために戦う」と語るゼレンスキー大統領が、ロシアに立ち向かうには、情報戦しかなかったと考える方が妥当かもしれない。
国のリーダーとして、自らのメッセージを効果的に伝えるのは現代の民主主義国家では必須の取り組みだ。たとえば米国の大統領は、SNSがなかった時代から、とにかく毎日テレビニュースで元気な様子が放送されるように腐心していたと言われる。それによって国民は「今日も国のために働いてくれている」と安心するという考え方だ。
その点で、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアのプーチン大統領と比べてもはるかに強力に、そして効果的に、国際社会に向けて情報発信している。
(こちらに詳しく書いた⇒ 世界を揺さぶるウクライナ・ゼレンスキー大統領の言葉 )
ただ、平時ならそれは単純にスピーチの巧さやゼレンスキー大統領自身のスキルや積極性に注目すれば良いのかもしれない。しかし現在は苛烈なサイバー攻撃の最中でもある。そこでウクライナは30万人を超えるIT軍を組織して戦っている。
▼下のウクライナのデジタル担当副大臣インタビューが参考になる。
https://www.youtube.com/watch?v=e9QVtkbiIws
つまり、通信インフラを守り抜き、途中で障害を起こすことなく大統領のメッセージをリアルタイムに届けるために、とてつもなく大きなチームが支えている、そんな「情報戦」ということでもあるのだ。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、ゼレンスキー大統領はこれまでEU、英、カナダ、米、独、スイス、イスラエル、イタリアなどの議会や人々に向けてオンラインで演説してきた。他国の首脳がオンライン演説した例はないという国も多い。
しかし、プーチン大統領の演説中に放送の障害が出たり、国営放送がハッキングされたりしているロシアに対して、ゼレンスキー大統領の演説が中断されたという報道は見られない。
ロシアからすれば、「最も語らせたくない男」が各国に向けて直接リアルタイムで語りかけるのを食い止められないでいるということでもある。その意味でも、明日の命がないかもしれないゼレンスキー大統領の生の言葉には、それだけで十分な価値がある。
演説内容から窺える各国への期待
ゼレンスキー大統領の演説には特徴がある。「つかみ」と「要求」がはっきりしていることだ。「つかみ」は、聴衆の共感を得て支援したいと思わせる部分。「要求」はその聴衆に対するお願いである。
たとえば、英国議会(3/8)に向けては、シェイクスピアやチャーチルの言葉を引用してつかみ、ロシア制裁の強化・ロシアのテロ国家指定・ウクライナ上空に飛行禁止区域の設定を求めた。
カナダ議会(3/15)に向けては、20日間の侵攻を振り返って「午前4時に爆発音が聞こえ、子供たちがそれを聞くことを想像してほしい。ロシアによって破壊されたことを子供たちに説明する言葉を探していると想像してほしい」と日常が激変した様子を描写してつかみ、ウクライナ上空に飛行禁止区域を設定すること、そしてロシアに対する制裁の強化を求めた。
米国議会(3/16)に向けては、真珠湾攻撃や9・11の同時多発テロを引き合いに出し、またマーティン・ルーサー・キング牧師の有名な演説を引用するなどしてつかみ、ロシア制裁の強化とともに、平和のための同盟作りを呼びかけた。
ドイツ議会(3/16)には、1987年に当時のレーガン米大統領が西ベルリンでソ連のゴルバチョフ書記長に向け「壁を壊しなさい」と訴えたのを引き合いに「親愛なるショルツ(独)首相に言いたい。この壁を壊しなさい」と、さらなる支援を訴えた。
イタリア議会(3/22)には、破滅的な状況になっている港湾都市マリウポリがイタリアのジェノバと同じくらいの大きさの街だとし「ジェノバが完全に破壊され廃墟だけが残ったと想像してみてください」といってつかんだ。
ゼレンスキー演説のこうした「要求」部分で、ロシアの攻撃を止めるために各国に対してどんな期待があるのかが見えてくる。軍事支援か、経済支援か、ロシアへの制裁か、もちろんその組み合わせの場合もある。この「要求」部分に注目することで、これまで各国が国際社会に向けてどんなメッセージを発信し受け止められてきたかが分かる。
それはつまり役割期待ということだ。
原発への攻撃を語り、復興への支援を呼びかけた
日本に向けては、どう語ったか。
ウクライナと日本はともに原発事故を経験している国同士ということもあって、チェルノブイリ原発やその他の原発がロシアの攻撃を受けていることを想像してほしいというメッセージでつかみ、軍事支援が難しい日本の状況を理解し(しかも過激な物言いを警戒する政界にも配慮する形で)、これまで他国に向けてではあまり聞かれなかった戦後復興での支援を求めた。ここにもまた、第二次大戦後に焼野原から復興した日本への理解がにじんでいると言えるだろう。
ゼレンスキー大統領は、日本は8193kmも離れ、飛行機で15時間もかかる「遠い国」でありながら、共通する価値観や経験のある国だと捉えていることを語った。アジアでいち早くロシア制裁に踏み切り、ウクライナに多くの支援をしてくれたことへの感謝もあった。
そんな中、繰り返して出てきた言葉がある。それが「平和」という言葉だった。
たとえば米国には、民主主義、独立、自由といった言葉が強く出ているのに対して、日本には「平和」を繰り返し訴えているのだ。
そして、自分たちが動ける道、侵略を止める道、住み慣れた故郷にもどるための道を切り開いてほしいとい語った。
日本への呼びかけ、つまり役割期待としては「平和な世界に向けた道づくり」と捉えることができそうだ。
いずれにしても、23日の国会演説でのゼレンスキー大統領のメッセージからは、これからがより大きな役割を果たすことを日本に期待していることが伝わってきた。