明白な「LGBT法案」賛否の構図。国内外から成立求める声、反発する宗教右派と保守派議員
荒井元首相秘書官の「LGBT差別発言」から3ヶ月が経とうとしている。
この間、法案をめぐる議論は一向に進まなかった。統一地方選後の4月末からようやく開かれた自民党内の会合では、「差別は許されないとの認識の下」といった文言に対して反対が起きており、法案成立は見通せないという。
多くの当事者団体や、経済界、労働界、G6やEUの駐日大使、公明党や野党が一刻も早い法整備を求めており、世論調査を見ても多くが「成立させるべき」としている。
なぜここまで議論が進まず、強硬な反発が根強いのか。
その背景に、神道政治連盟や旧統一教会など「宗教右派組織と自民党保守派の繋がり」という実態があることが明らかになっている。
政治が一体「どこ」を向いているのか、以下の図を見ると一目瞭然だ。
元首相秘書官の差別発言後、この間の動きを改めて振り返りたい。
国内外から法整備を求める声
全国100以上の性的マイノリティ関連団体からなる「LGBT法連合会」は、元首相秘書官の差別発言を受けて、2月4日の声明で「G7サミットに向けて、岸田首相は、2022エルマウ・サミットの首脳コミュニケで国際的に確約したことを実現するため、差別禁止法をこの国会で制定すべき」と指摘している。
昨年ドイツで開催されたG7エルマウ・サミットの首脳宣言では、性的マイノリティも含めた「誰もが差別や暴力から保護されること」への「完全なコミットメントの再確認」が示されている。これは岸田首相も参加し、策定したものだ。
「岸田政権にLGBTQの人権を守る法整備を求める有志」は、「LGBT差別禁止法」や「婚姻の平等(同性婚)」「法的な性別変更に関する非人道的な要件の撤廃」を求める署名約5万6千筆を、4月中旬に超党派LGBT議員連盟や森まさこLGBT理解増進担当首相補佐官に提出した。
3月16日、日本をのぞくG7各国とEUの駐日大使は連名で、岸田首相に対し、性的マイノリティの人権を守る法整備を促す書簡を取りまとめていたことが報じられている。
経済界も、経団連の十倉会長は3月20日、世界では「理解増進ではなくて差別を禁じ、同性婚を認める流れにある」にもかかわらず、LGBT理解増進法案のレベルで意見が割れる現状に「恥ずかしい」と語った。
4月27日、経済同友会の新浪代表幹事は、性的マイノリティについて「人間の尊厳に関わるテーマ」とし、「LGBT理解増進法案」の議論を急ぐよう声をあげる考えを明らかにしている。
労働界では、連合も元首相秘書官の差別発言後すぐの2月6日に事務局長談話を発表。さらに3月8日の「緊急アピール」でも「性的指向・性自認に関する差別を禁止する法律の早期制定」を求めた。
世論の過半数が法案「成立させるべき」
LGBT理解増進法案の早期成立を求める公明党の山口代表は「G7各国のなかで日本だけが制度的な対応をしていない国でありますから、自民党が後ろ向きな姿勢で、議長国をつとめるというのも恥ずかしいこと」と語っている。
かねてから、理解増進ではなく「差別解消」が必要だとしてきた、立憲民主党の泉健太代表は「G7各国の中で、日本の法整備が遅れているのは恥ずべきことだ。G7広島サミットまでの成立は当たり前で、できなければ、岸田総理大臣は、世界から意識が大きく遅れていると言わざるをえない」と語った。
さらに、時事通信の世論調査では、LGBT理解増進法案について今国会で「成立させるべきだ」が50.8%と過半数を超え、「成立させるべきだと思わない」の16.9%を大幅に上回っている。朝日新聞の世論調査では、そもそも「差別禁止法をつくるべきだ」という割合が過半数を超えている。
ここまで見ても、多くの当事者団体や、各業界団体、G7各国、そして世論とあらゆる面から早急な法整備が求められていることは明らかだ。
しかし、未だ自民党内では一部議員の反発が根強く、法案成立の見通しが立たない。
なぜここまで強硬な反対が起きているのか。その背景には、神道政治連盟や旧統一教会といった、「宗教右派組織と政治の強固な繋がり」があるという点が、この間明らかになってきた。
反発する宗教右派組織と保守派議員
昨年7月、埼玉県で「性的指向や性自認に関する差別禁止」を明記したLGBT条例が成立した。
その議論の際、神社本庁の政治団体「神道政治連盟」埼玉県本部が、下部組織に「LGBTQは何れも、精神疾患であることが明らかになりつつある」「行動療法や宗教などで『治癒』する」などと記載した文書を送り、反対意見を投稿するよう呼びかけていたことが報道されている。この文書を作成したのは「神政連中央本部の幹部」だという。
自民党埼玉県議の中には、条例をめぐって「差別禁止にされると、神社に同性カップルが来た時に断れないじゃないか」という苦情が寄せられた議員もいるという。
また、統一地方選挙直前の今年3月下旬には、神道政治連盟から反LGBTの項目を含む「公約書」が送られてきたという点も報道されている。
さらに昨年6月には、自民党議員の大多数が参加する「神道政治連盟国会議員懇談会」で、「LGBT差別冊子」が配布された。そこには、「同性愛は心の中の問題であり、先天的なものではなく後天的な精神の障害、または依存症です」「(同性愛などは)回復治療や宗教的信仰によって変化する」などの差別的な内容が多数掲載されていた。
その冊子の後半には、「資料」として、旧統一教会のメディアである「世界日報」の記事が18ページにわたって掲載されていた。その内容は、アメリカにおける男女別施設利用やスポーツ等に関するもので、現在自民党内の反対派が主張している主な内容と一致している。
昨年2月、実質的に神社本庁主催で実施されたイベントに、旧統一教会関連団体が「賛同団体」として名を連ねていた点も報じられており、神道政治連盟(神社本庁)と旧統一教会との繋がりも見えてくる。
旧統一教会創設者の文鮮明氏の発言録には「同性愛は罪だ。罰を受けなければならない」といった内容が掲載されている。報道によると、2002年に発言録が日本語訳され、この頃から教団の反LGBTの動きが日本国内で活発化していったという。
昨年7月、自民党LGBT特命委員会は、旧統一教会系の媒体などで「同性愛の多くは治癒可能」などと発信している八木秀次氏を講師として招いている。そして、自民党LGBT特命委員会事務局長の城内実議員は、神道政治連盟国会議員懇談会の事務局長もつとめている。
ここまであげた内容だけでも、神道政治連盟(神社本庁)や旧統一教会などの宗教右派組織と自民党保守派が密接に繋がり、性的マイノリティの権利保障を阻害し続けているだけでなく、差別を広げてきた実態がわかる。
一つひとつの言説をつぶさに見るまでもなく、差別であることは明白だが、特に性的マイノリティを「治療する」といった「転向療法(コンバージョンセラピー)」は、国連においても「拷問」に相当するものだと指摘されている点を強調しておきたい。
反対派の主張の問題
4月末から自民党LGBT特命委員会で法案をめぐる議論がはじまったが、特に反発が起きているのは「差別は許されないとの認識の下」という文言だという。
これはあくまで、法律の基本理念や目的に書かれた一文であり、施策を進めるための「前提認識」や「精神」を示しているにすぎない。これ自体は差別禁止規定にはならないため、訴訟の根拠として用いることも難しい。「訴訟が乱発される」などの主張もあるが、あまりに非現実的だ。
そのレベルの文言であっても、「不当な差別は許されない」や「不当な差別はあってはならない」といった文言に修正すべきだという声が上がっているのだという。ただでさえ効果の薄い法案を、さらに弱いものへと修正したいというのは、「どうにか差別をし続けたい」ということでしか説明ができない。
さらに、法案反対派からは、「性自認」という言葉を「性同一性」に修正すべきだという声があがっている。「性自認」は"自称"であり、これを認めると男性が女性トイレや公衆浴場に入れるようになってしまうのだという。
約2年前、この法案が議論されていた際にも同じ反発が起きていたが、これは繰り返されているデマに基づくトランスジェンダーへの排除言説だ。
性自認も性同一性も「Gender Identity」の訳語であり、意味は同じだ。適切な訳語がどちらかという議論はもちろんあり得るが、法案反対派の論理は、意図的に性自認のみを「自称」などと矮小化している。
すでに性自認という用語は自治体の条例、医学や助産師の教科書 、公認心理師の試験出題基準 、社会学の事典などでも用いられている。Gender Identityという概念自体は、昨年のG7エルマウ・サミットの首脳宣言はもちろん、国内だけでなく国際社会でも幅広く使われているものだ。反対派の主張は、こうした概念そのものを貶めようとするものだろう。
反対派が性自認という言葉の修正に強くこだわる背景には、対象を「性同一性障害」という枠に留めておきたいという強い意図があると考えられる。
しかし、性同一性障害の診断を受けている人は当事者の中でも限定的だ。経済面や体質、診断を受けられる病院へのアクセス等、さまざまな理由で受けられない人もいる。さらに言えば、診断を受けた人だけが差別から守られるという論理は非常に問題がある。
また、WHOが昨年改訂した国際疾病分類「ICD-11」からは、「性同一性障害」という概念は精神疾患から削除され、「性と健康に関する状態」というカテゴリに「性別不合」という項目が新設されている点も指摘しておきたい。
法案反対派は、「心は女とさえ言えば、女性トイレやお風呂に入れるようになってしまい、これを拒むと差別になってしまう」と主張するが、これも誤りだ。
公衆浴場の利用に関しては、厚生労働省も「身体的特徴によって男女に分けられる」と国会で答弁しており、こうした区別には合理性があるとされ、差別には当たらない。トイレに関しても、現実として"自称"さえすれば使えるわけではなく、当事者の状況や施設の環境に応じて個別に調整されるものだ。
繰り返しになるが、LGBT理解増進法の「差別は許されないとの認識の下」という文言は、あくまで基本理念や目的であり、個別のケースを差別として禁止するものではない。「理解を広げましょう」と言っている法案に過ぎず、既存の男女分けされた施設を変更させるものでもない。
国際社会に「嘘」をつき、差別を続けるのか
元首相秘書官の差別発言以降、「G7サミットまでの法整備を」と言いながら、この間約3ヶ月も議論が進まなかった。その背景には、自民党内の対立を避けるために、4月の統一地方選挙前の議論を避けたい狙いがあったと言われている。
ようやく4月末から議論がはじまったかと思うと、約2年前に国会提出見送りとなった際と同様の強硬な反発が起きた。中には「G7サミットには間に合わない」「国会に提出さえすれば、国際社会に示しがつく」などの発言もあったという。
政権中枢から差別発言を出しておきながら、自らの都合で議論を止め、提出さえすれば成立しなくても良いというのは到底許されない。
すでにG7外務大臣が4月18日に発表した共同宣言で、性的マイノリティの権利の保護に関して「世界を主導」するといった内容が記載されている。このまま何も法律ができないとなると、昨年のG7首脳宣言と矛盾するだけでなく、今年の外相共同宣言も含めて、「二枚舌」さらに言えば「嘘」をついていることになるだろう。
約2年前の状況と明らかに異なるのは、多くの当事者団体や、経済界、労働界、G7各国、そして世論も法整備を求めている一方、主な反対層は、宗教右派などの組織とそこに連なる一部保守派議員という構造が明確になったことだ。
G7広島サミットまで残り約2週間。このまま日本はG7のみならず、世界から取り残され続けていくのか。宗教右派との繋がりを背景に、少数者を差別する国であり続けるのかが問われている。