Appleはファブレス半導体企業になるのか
Apple社は半導体メーカーになるかもしれない。市場調査会社IC Insightsの調べでは(参考資料1)、キオクシアよりも半導体売上額の多いファブレス半導体メーカーにすでになっている。今年の半導体売上額は前年比17%増の134.3億ドルと見込まれている。最近のニュースでは、さらにワイヤレス通信チップまで設計するようだ(参考資料2)。
Appleはこのほど、南カリフォルニアのアーバイン(Irvine)にオフィスを設置、大々的に半導体設計者を募集している。狙いはワイヤレスチップの開発だ。今の所Wi-FiやBluetoothのチップをBroadcomとSkyworksなどのメーカーから調達してきたが、これらのワイヤレスチップを自前でやろうという狙いのようだ。メキシコとの国境の街、サンディエゴに本社を置くQualcommも実は最近急遽、アーバインにオフィスで半導体設計者を採用しようとしている。4Gや5GのセルラーネットワークのモデムチップもAppleがQualcommから奪い取ろうとしていることへの対応策だ。
米国では、優秀な技術者を見つけても彼/彼女が別の土地に移動したくないと希望すると、優秀な技術者のいる街をデザインセンターなどのオフィスにする企業が増えている。無理に本社に来る必要がないことを企業側がアピールしているのである。
Appleは、iPadを設計する時に、モバイルプロセッサの設計を自前にすることを考えた。当初は元DECの技術リーダーのいた企業P.A.Semiを買収したが、失敗に終わった(参考資料3)。このため優秀なエンジニアのいる企業にあたりを付け、スタートアップのIntrisity社を買収、ライセンス供与を受けたArmプロセッサの基本回路に手を加え、より高速のプロセッサ回路をIntrinsityの技術で設計してきたという経緯がある。
その後Appleは、それまでライセンスを購入してきたImagination TechnolgiesのGPUコアを打ち切り、グラフィックス回路を自前で設計した。しかし、回路設計やグラフィックスのアルゴリズムのノウハウが追い付かず、結局Imaginationのエンジニアも一緒に買収した。そしてAppleは電源を供給するパワーマネジメントIC(PMIC)も自前で作るため、それまで電源回路ICを設計していたDialog社(現ルネサスエレクトロニクス)のPMIC部門を買収した。ここでもエンジニアも一緒に買収した。
Appleは少しずつ半導体ICを自前で設計するようになり、かつその売上額もキオクシアを超えるまでに成長した。そして、今回はワイヤレス通信回路のICを自社開発するため、エンジニアを大々的に募集し始めた。しかも場所は、BroadcomやSkyworksなどが集積している南カリフォルニアのアーバイン市だ。ここはロサンゼルスとサンディエゴの中間に位置する街で、気候が1年中温暖な土地柄である。カリフォルニア大学アーバイン校があり、エンジニアのリクルーティングもやりやすい。
Appleの狙いは明らかで、その街にオフィスのあるBroadcomやSkyworksから通信回路設計技術者やRTL設計者などを雇うためである。Wi-Fi設計を知っていると5Gのようなセルラー通信の設計も比較的容易になる。
Appleは残念ながら5G向けICの設計はそう容易にはできないことを知っているため、Qualcommの3Gライセンス料に不満を表していたものの、結局Qualcommのチップを泣く泣く継続させることになった。しかし、いつかは5Gチップも自前で開発しようとの思いは断ち切れない。このことに焦ったのはQualcommであり、Qualcommもアーバインに設計者募集の案内をLinked-inで急遽始めたという訳だ。優秀なエンジニアを他社にリクルートされないようにするためである。
AppleはまずWi-Fiチップからワイヤレス通信ICの設計を始める。ここでOFDM(直交周波数多重)などのデジタル変調技術を磨き、いずれ5Gのモデムにやってくる。ただし5Gはその頃はミリ波技術に中心が移り、QualcommはRF回路とアンテナ技術でもさらに強くなっているはずだ。RF回路の習得もそれほど簡単ではない。AppleはおそらくQualcommからのエンジニアをリクルーティングすることになるだろう。無線通信回路技術はアナログとデジタルの両方の回路知識と電磁界解析の知識が必要なため、デジタルしか知らないエンジニアでは設計できない。このためQualcommからエンジニアを引き抜くことは十分考えられるシナリオとなる。
参考資料
3.津田建二、「iPadのアプリケーションプロセッサA4を巡るさまざまな憶測から真実を探る」、セミコンポータル、(2010/04/06)