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「日系人にできて、日本人にはできないのか」。NHLに最も近い日本人、平野裕志朗選手に聞く

谷口輝世子スポーツライター
ネイラーズの一員としてプレーする平野(2018年12月28日 筆者撮影)

 日本人選手で最もNHL(北米プロアイスホッケー)に近い男、平野裕志朗が4月14日に、NHLペンギンズ傘下のAHLウィルクスバリ・スクラントン・ペンギンズの試合に出場した。AHLはNHLの「二軍」に相当する。平野は4月14日のAHLのデビュー戦で1アシストを記録した。

 平野は、2018-19年シーズンは「三軍」に相当するECHLのウィーリング・ネイラーズでスタートした。前半戦の活躍が認められ、今年1月にはAHLのペンギンズと契約。すぐにAHLの試合にすぐに出場できたわけではないが、平野を他チームに奪われたくないという組織の意向が契約につながったと思われる。

 私は、昨年12月末と今年1月初め、ECHLネイラーズでプレーしていた平野を取材する機会を得た。

 北米でプレーする日本人アイスホッケー選手の記事を書くとき、編集者から、フィジカルの差について問い合わせを受けることが多い。

 ECHLは上のリーグを目指す選手の集まりで、選手たちはひとつひとつのプレーに勝負をかけている。それゆえに激しくぶつかりあうプレーも多いが、平野はチェッキングされても、崩されることなく、パックを保持していた。

 12月28日の試合後、平野はこんな話をしてくれた。

 「フィジカルはこのリーグでは勝っている。アジア人なので、相手から結構、狙われるというか、言われたりもする。でも、そこで負けていたら世界で通用しない。何があっても日の丸の意地というか、アジア人でも出来るんだぞ、というのをワンプレー、ワンプレー、見せていけば、味方からも相手からもリスペクトがある。そういうのも自分の意志としてあらわしていかないとだめだと思う」

 アイスホッケーは人気のある地域が限定されていることもあり、北米やヨーロッパの白人選手が圧倒的に多い。人種の多様さに欠ける。北米のアイスホッケーには、日本人にできるのか、アジア人にできるのか、というステレオタイプがある。平野は偏見をモチベーションに変え、自らのパフォーマンスでバイアスを覆そうとしていた。

 ありがたくないステレオタイプに立ち向かっているのは、平野だけではない。アジア系選手、日系選手も、それぞれにバイアスと戦っている。

 NHLで最も有名な日系人選手といえば、カナダ出身のポール・カリヤだろう。1993年にNHLダックスからドラフト指名され、2010年までプレー。2017年には殿堂入りも果たしている。

 2017年のNHLドラフトでは、NHLのドラフト史上、最もアジア系選手が多く指名された。

 1巡目全体13位で、カナダの日系選手、ニック・スズキが、ベガス・ゴールデンナイツから指名。

 1巡目全体22位で、米国の日系選手、カイラー・ヤマモトが、エドモントン・オイラーズから指名。

 2巡目全体39位で、フィリピン系米国人選手、ジェイソン・ロバートソンが、ダラス・スターズから指名。

 5巡目全体133位で 米国の日系選手、タイラー・イナモトが、フロリダ・パンサーズから指名

 5巡目全体144位で 中国系カナダ人のパーカー・フーがシカゴ・ブラックホークスから指名。

 

 今年3月にはミシガン州立大の日系カナダ人選手、タロウ・ヒロセがデトロイト・レッドウイングスと契約。NHLデビュー戦で1アシストを決め、3月31日にはゴールを決めた。

 日系選手は、三世や四世であり、アジア人以外の遺伝子も引き継いでいる選手が多い。他のNHL選手と体格差のない選手もいれば、カイラー・ヤマモトのように5フィート8インチ(172センチメートル)、153ポンド(69キロ)という小柄な選手もいる。

 日系、アジア系の選手が多くドラフトされていることについてどう思うか。平野に聞いてみた。

 「ここ数年、そういうプレーヤーを見てきた。世界選手権や、エドモントンのヤマモトだったり、カナダにはスズキという選手がいる。ユニホームのうしろに日本の名前がついている選手が活躍しているのはいい刺激になる。日系人にはできて、ナチュラルな日本人にはできないのか。結果を出して証明しないといけない。それが、まだできていないのが悔しいところ。自分もそこに対して、積極的に、貪欲に目指していかないといけない」

 上に挙げたアジア系選手は、23歳の平野よりも少し若く20歳前後だ。平野もAHLでのプレーを弾みにして、一気にNHLまで駆け上がりたいところ。時間的な猶予はそれほどない。平野自身もそれはよくわかっており「この数年でポンと上がらないと」とも話した。

 NHLでドラフトされたアジア系選手は北米のアジア系の人々に自信を与えていこうとしている。

 平野は、彼らとはまた違う大きな責任を背負っている。それは、長野大会以来、五輪出場から遠ざかっている日本の男子アイスホッケー界の将来だ。

 「日本のアイスホッケー界を本気で変えたいという気持ちがある。自分がNHLに行けることがあれば第一歩になると思う。日本の代表として、日の丸を背負わせてきてもらっているので、代表の責任感と強い意識を世界にぶつけていかなくてはいけないというのもある。今年1年、いいものを学んで、いいものを日本のチームに伝えていければいいなと思っている」

自分がNHLでプレーできれば、日本男子アイスホッケーのよりよい方向への第一歩になる。平野は日本代表として、28日から開幕する世界選手権ディビジョン1Bに出場する。

 

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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