中露合同艦隊初の津軽海峡通過。なぜ国際法上認められるのか。
中露合同艦隊による津軽海峡の通過
10月18日、中国海軍のミサイル駆逐艦など5隻とロシア海軍の駆逐艦など5隻のあわせて10隻からなる中露合同艦隊が津軽海峡を通過したことが報道されました。
津軽海峡は、国際的な航行に利用されており、軍艦の通過は認められていますが、中露の艦艇が一体となって日本の周辺海域を通過するのは異例で、津軽海峡を同時に通過するのも今回が初めてということです。
この件について、津軽海峡においては、本来12海里の範囲で認められるはずの領海を、日本の領海法に基づいて3海里に狭めて特定海域としていることが報道されたため、関係で、ネット上では「特定海域を撤廃せよ」という意見が散見されました。
なぜ津軽海峡では、領海を3海里に限定した特定海域を設定しているのか、またそのメリット、デメリットはどういったものがあるのか解説したいと思います。
国連海洋法条約に基づく「国際海峡」とは
海の憲法ともいわれる国連海洋法条約(UNCLOS)は1992年に制定されました。それまでは領海の幅は一律に決まっておらず(慣習的に3海里とされるケースも多かったのですが)、条約制定により12海里の範囲で設定できるということが決まると、それまで公海部分を自由通行すればよかった116ヶ所もの国際海峡が沿岸国の領海となることがわかりました。
領海となってしまうと外国船舶の無害通航しか認められないため、航空機の上空飛行は認められず、海峡通過国の権益が大きく損なわれてしまうこととなります。
そこで、アメリカやソ連(当時)のような海軍大国は海洋における軍事戦略と海上交通の自由が大きく損なわれてしまうため、国際海峡における航行を広く認めるよう主張しました。これに対し、それでは海峡沿岸国としての主権が大きく制限されるとしてマラッカ海峡やジブラルタル海峡、バブ・エル・マンデブ海峡などの沿岸国であるインドネシアやマレーシア、スペイン、モロッコ、そして多島海域を抱えるギリシャ、フィリピン、キプロスなどの国々は反対しました。
そうした各国の思惑が交錯する中で妥協点として設けられたのが「通過通航権」です。通過通航権を定めた国連海洋法条約38条1項は次のように定めています。
すべての船舶及び航空機は、前条に規定する海峡において、通過通航権を有するものとし、この通過通航権は、害されない。ただし、海峡が海峡沿岸国の島及び本土から構成されている場合において、その島の海側に航行上及び水路上の特性において同様に便利な公海又は排他的経済水域の航路が存在するときは、通過通航は、認められない。
このように、公海と公海(経済水域を含む)とを結ぶ国際海峡においては、すべての船舶・航空機に通過通航権(right of transit passage)が認められることとなったわけです。
もっとも、そもそも国連海洋法条約が制定されるより以前から、一般の領海とは異なり、国際海峡においては軍艦の無害通航が認められていました。それが、国連海洋法条約の制定にともない、より強化された通過通航権へと進化するかたちになったのです。
たとえ領海であっても外国船舶の無害通航権が認められていますが(国連海洋法条約17条)、通過通航権では無害性が要件となっていないため、例えば潜水艦であれば潜没航行することが可能となります。また、航空機も当該海域の上空を飛行することができるということになるため、無害通航よりもより広い権限が認められるわけです。
津軽海峡における「特定海域」とは
ここまで国連海洋法条約に基づく国際海峡と通過通航権について説明してきましたが、実は日本の領海においては厳密な意味での国際海峡は存在しません。
1977年(昭和52年)に制定された「領海法」により、国際航行に使用されるいわゆる国際海峡である「宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡西・東水道、大隅海峡」の5海峡は「特定海域」として、同海域に係る領海は基線からその外側3海里の線及びこれと接続して引かれる線までの海域とされているため3海里の外側については公海となり、国際航行に使用することが可能であるため国際海峡とはならないためです(国連海洋法条約36条)。
領海及び接続水域に関する法律 附則2項(特定海域に係る領海の範囲)
当分の間、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡(これらの海域にそれぞれ隣接し、かつ、船舶が通常航行する経路からみてこれらの海域とそれぞれ一体をなすと認められる海域を含む。以下「特定海域」という。)については、第1条の規定は適用せず、特定海域に係る領海は、それぞれ、基線からその外側3海里の線及びこれと接続して引かれる線までの海域とする。
こうした制度の背景には、「海洋国家として、海洋の自由な通航をできるだけ保障することが日本の国益となる」という考え方があるためです。
この特定海域となっているがために、上記5海峡内には公海があるため、中国ロシア合同艦隊のような外国の軍艦であっても自由に航行することが認められていることになります。
仮に特定海域を廃止して津軽海峡などの海域をすべて12海里まで領海としてしまうと、今度は国連海洋法条約に基づき国際海峡となってしまい、海峡内の海域全体にわたって外国船舶の通過通航権が認められることとなってしまいます。
あえて領海を3海里に限定することで、海峡内のうち自由航行可能なエリア(無害通航しなくてよいエリア)を限定できるというメリットがあります。
さらに、国際海峡としないことで、3海里の領海の外の海域についても、接続水域や排他的経済水域の規定を適用することで、通関、財政、出入国及び衛星に関する国内法の適用や、生物資源の探査、開発、保存や漁業に関する規制を及ぼすことができることなどもメリットであるといえます。
もっとも、領海法の制定時点では、いまだ国連海洋法条約は存在せず、領海の範囲がどう定まるかが見えない中での規制であったということがあり、さらに、そもそも日本政府が特定海域を設定していることの背景には、近年では報道により米軍の原子力潜水艦が航行してもあくまで日本の領海に入っていないというかたちをとることができることにより、非核三原則を形式上堅持するためであったということが指摘されています。いずれにせよ、特定海域の設定は当面の措置であったことは確かです。
核通過見込み5海峡で領海3カイリ 「密約」で政府判断(共同通信配信、2009年6月22日朝刊掲載)
他方で、公海における自由航行ではなく国際海峡における通過通航権としたほうがいいということも考えられます。海峡沿岸国は、通過通行を妨害・停止することはできませんが(国連海洋法条約44条)、あくまで領海である以上沿岸国は主権を保持していますから、一定の手続きに従って、航路帯・分離通行方式を設定することができ(同41条)、航行安全・交通規制、汚染防止、漁業防止、通関・財政・出入国管理・衛生について、通過通行に関する法令を制定することができ、通過通行中の外国船舶はこれを遵守させることができます(同42条)。
こうした主権国家としての権限を保持することが一定認められる以上、みずからそれを放棄して公海とすることが本当に正しいのかどうかは検証を要するでしょう。
とくに近年において、中国が南シナ海そして尖閣諸島海域においても非常に海上での活動を活発化させていることを考えますと、これまでのように日本が「通る側」として航行の自由を主張していくだけではなく、中国の艦船によって「通られる側」となっていくという現状を踏まえ、安全保障の観点もあわせてメリット・デメリットを精緻に分析し、今後の方針について定めていくことが必要となるでしょう。