淡路島で奮闘する動物の耳科専門医 内視鏡も使って耳の不調を治療
兵庫県・淡路島には、国内で数少ない動物の耳の診療に特化したクリニックがあります。院長の杉村肇さん(59)は、もともと動物の総合診療クリニックを経営していましたが、2014年から、耳の診療を専門に行うことにしました。その理由や日々の診療のやりがいなどについて聞きました。
兵庫県洲本市で「どうぶつ耳科専門クリニック主(しゅ)の枝(えだ)」を営む杉村さん。クリニックは予約制で、近隣だけでなく、北陸や東海、九州など遠方からも「患者」が訪れます。公益社団法人日本動物病院協会によると、2017年11月現在、協会の会員で耳に特化している病院は、全国で主の枝を含め2件です。
犬も、人間と同じように外耳炎や中耳炎などにかかります。ペット保険大手の「アニコム損害保険」(東京)がまとめた調査「アニコム家庭どうぶつ白書2017」によると、15年4月から16年3月までの間に飼い主が同社と保険契約した犬48万2187頭のうち、耳の病気で保険請求があった割合は全体の17.1%。最も多い皮膚の病気(23.7%)に次いで高くなっています。犬の耳の不調に悩む飼い主は多いのです。
杉村さんは神戸市出身。1981年に獣医師免許を取得し、ドイツやオランダの大学付属動物病院などで学んだ後、88年、父親のふるさとである洲本市で動物の総合診療クリニックを開院しました。開院後もレベルの高い医療を提供しようと、月1回、東京や大阪で開かれる動物医療の国際セミナーに通うなどして知見を深めていきました。
多くの犬の症状が改善「おとなしかった老犬がボール遊びをするように」
そうして日々の診療に取り組むうちに、ペットの耳の病気の罹患率が高いことに気付きました。犬や猫の耳の形は入口が垂直、その先が水平の「L字型」をしているため、診察や治療が難しいです。杉村さんは、ペットの耳科診療では一般的でない全身麻酔や、人間に使う内視鏡も駆使して診療しました。
1992年には、重い中耳炎の犬に対し、当時の日本では、ほとんど前例がなかった「鼓膜切開」という方法で治療。アメリカから情報を得て行ったそうです。
杉村さんの診療で、多くの犬の症状が改善。治療を終えて見違えるようにきげんが良くなり、飼い主から「おとなしかった老犬が若いころのように階段を上がり、ボール遊びをしようと言ってきた」といった喜びの声を聞くうちに、杉村さんは「動物は耳の痛みやめまい、耳鳴りを表現しないが、耳の病気はかなりつらいことなのではないか」と思うようになりました。
「耳の病気が治りにくいワンちゃんは少なくない。耳に特化して診療すれば、より高いレベルの医療が提供できるのではないか」。そう考えた杉村さんは、2014年12月、クリニックを耳科専門に切り替えました。これまで診ていた耳の病気以外の「患者」は、他のクリニックに引き継ぎました。
クリニックには、何カ月、何年も地元の病院で診てもらっても症状がよくならず、紹介されてくる犬も多く訪れます。杉村さんは、安全に全身麻酔をかけるために、血液検査や胸のレントゲン、心電図検査などの検査を徹底的に行い、治療に臨みます。
耳の病気には、食物アレルギーやアトピー性皮膚炎など他の病気が隠されている可能性もあります。「耳の病気だけだと考えて対症療法を繰り返し、悪化して慢性化するケースもあります。診療では汚れがたまっている耳の中をしっかりと洗浄し、根本的な原因を探ります」(杉村さん)
1件の診療に多くの時間がかかるため、1日に多くの「患者」を診られないのが悩みですが、杉村さんは「自分の技術を提供することで、なかなか治らなかったワンちゃんが元気になっていく様子を見ているとやりがいを感じます」と話します。
クリニックでは、電話での相談も受け付けています。耳をかゆがる、耳だれが出る、耳がはれるなどが、病気のサインだそうです。気付いたら、早めに対処したいですね。
杉村さんは、動物だけでなく、人の耳科の症例も診療の参考にしています。次回は、その内容をお伝えします。
撮影=筆者(一部提供)