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続報 豪DJによるいたずら電話と看護師死亡事件 -DJの生の声、オーストラリアの放送規定とは

小林恭子ジャーナリスト
豪メディアで心境を語る2人のDJ (豪ABCのウェブサイトより)

英キャサリン妃がつわりで入院していたロンドンの病院に、オーストラリア・シドニーのラジオ局のDJらがいたずら電話をかけ、その数日後に、電話を取り次いだ看護師が亡くなった事件の続報である。

なぜ看護師が亡くなったのかは、正式に発表されているわけではないが、警察がその死に「不審な点は見られなかった」ということなので、他殺ではないということだろう。もし事故死でもないとしたら、「自殺」という説が今のところ有力だ。電話取次ぎを苦にしたのかどうかは、分からない。

4日、ラジオ局「2DAY FM」の2人のDJメル・グレイグとマイケル・クリスチャンは、それぞれ英エリザベス女王、チャールズ皇太子であるふりをして、キング・エドワード7世病院に電話をかけ、キャサリン妃の容態を聞きだした。看護師は最初に電話を取り、これを同妃の病棟にいる別の看護師に転送した。自分自身がキャサリン妃の容態をDJらに語ったのではなく、単に電話を取り次いだだけだ。しかし、容態を外に漏らす過程に、はからずも加担してしまった格好となった。

7日、最初に電話を取った看護師ジャシンサ・サルダナさん(46歳)が、ロンドンの病院近くで亡くなった。

9日と10日のオーストラリアでの報道や英BBCの報道によると、「2DAY FM」の親会社サザン・クロス・オーステレオ(SCA)は、いたずら電話の会話を放送した番組「HOT 30」を中止することにしたという。

これ以前に、電話をかけた2人はラジオ局への出演を無期限で停止されている。

SCA側は、いたずら電話の放送は「法律違反ではなかった」としながらも、「放送方針、過程を抜本的に見直す」(SCA社の声明文)としている。

放送前に、ラジオ局の制作チームがキング・エドワード7世病院に「数回」連絡を取ったそうだが、病院側の返答はなかったという。

―涙ながらに語るDJたち

2人のDJは10日、オーストラリアの複数の放送メディアに登場し、「ひどいショックを受けた」、「悲しくて仕方ない」などと述べた。

豪テレビ「チャンネル・ナイン」に出演したクリスチャンは、「電話をかけようと思ったとき、30秒ほどで、電話を切られてしまうだろうなと思っていた。本当に無邪気なものだった」。

グレイグは、「これまでにも何百人もの人たちが(同じことを)やっているんだろうなと考えたわ。(王室のメンバーのふりをして電話をかけるなんて)とても馬鹿げたアイデアだし、私たちの発音はめちゃくちゃだから、ケイト(キャサリン妃)と話せるところまでいくなんて、ちっとも思っていなかった。ましてや、病院の人と話せるなんて。すぐに電話を切られるだろうと思っていた」。

2人が看護師の死を聞いたのは、8日の朝だった。

「これまでの人生で最悪の電話だった」(グレイグ)

「ひどいショックだった、胸が張り裂けそうだった」、亡くなった看護師の「家族や友人たちに心からお悔やみを述べたい」(クリスチャン)。

また、「いたずら電話は毎日のように、どこの国のラジオ局でも行われている」、「誰もこんなことが起きるとは予測できなかったと思う」(クリスチャン)。

豪チャンネル・セブンの「トゥデー・トゥナイト」に出演したグレイグは、「電話がかかってきたときのことをよく覚えている」、「最初に頭に浮かんだのは、『子供を持つ母親なのだろうか?』だった」。(実際に、亡くなったサルダナさんには2人の子供がいる。)

グレイグはまた、同番組の中で、今回のいたずら電話の企画を思いついたのは自分だったと認めた。

収録の後、放送までの間にラジオ局で異論を挟んだ人はいなかったという。「議論はなく、いつも通りの作業だった」。制作チームがいて、DJたちは「録音をした後は、ほかの担当者に渡すだけ」(グレイグ、チャンネル・ナインの番組で)。

2人は「2DAY FM」への出演の道を閉ざされ、担当していた「HOT30」も中止になった。

グレイグは、自分もクリスチャンも「自分のキャリアの行方については、今考えていない。もっと大きくて、逼迫した問題がある。それは看護師の家族がこのつらいときを乗り切られるようにすることだ」と述べた。

オーストラリアの公共放送ABCのコラムニスト、ジョナサン・ホームズは、2人のDJは今回の悲劇について責められるべきではないと書いた。責められるべきは、親会社の規制体制だ。

ホームズは、最初にこの放送のことを知ったとき、「害のない、かなり笑える」内容だ、と思ったそうだ。英メディアはプライバシーの侵害として書いているが、すでにキャサリン妃がつわりで苦しんでいることは正式発表されていたし、それ以上の情報はなかった。

どこが「笑える」ジョークだったのか?

ホームズによれば、まずその「悪意のなさ」だ。「あれほど誰にも嘘と分かる電話を病院側がまじめに受け取ったこと」。電話を取った看護師は、「女王が電話したと信じたがためにびっくりしてしまい、通常の判断能力がどこかに行ってしまった」、DJたちが言及した、女王がかわいがる犬のジョークも「畏怖のベールを突き抜けることができなかった」。

ホームズは、亡くなった看護師が電話取次ぎを苦にして自殺したかどうかはまだ証明されていないとした上で、実際にキャサリン妃の容態を電話で伝えたのは、この看護師ではなく、別の看護師であったと指摘する。「驚くような治安侵害」とする英メディアの報道は行き過ぎではないか、と。

しかし、これを機にいたずら電話の対応に関する法律、規制を見直すのは一理ある、という。

英放送監督機関オフコムの規則によれば、「いたずら電話は」、「娯楽を与えるという目的に欠かせないものであり、重大なプライバシー侵害にならないもの」であれば許されるが(若干、言葉を省略)、「関係者の同意が必要」としている。今回は、キャサリン妃側の同意を取っていないケースだ。

オーストラリアの商業ラジオ規定によれば、「識別できる人物」の声を録音し、その人物の許可なく放送する場合、「放送前に、当人が許可を与える」時にのみ放送できる、とあるそうだ。

ホームズは「2DAY FM」が、放送前に病院側に数回電話をかけたというが、「もし電話していたら、放送は不可になっていただろう」という。病院側が放送を了承するはずがないからだ。

SCAが「どんな法律も破っていない」と主張するのは、ホームズが推測するところでは、看護師たちが「識別できる人物」にはならないという考えたからだ。番組内では看護師たちの名前は出なかった。そして、シドニーでの放送においては、識別できる人物とは見なされなかったー。

しかし、英国メディアで報道後、英国の病院関係者にとっては、人物が特定されてしまった。

プライバシー保護については、先のオーストラリアの放送規定によれば、放送業者は「公益がある」という場合にのみ、個人のプライバシーを侵害するような情報を放送できる、とある。

今回のケースはこれに相当するというには難しいだろう、とホームズは言う。というのも、この規制は報道番組を対象にしており、純粋な娯楽番組「HOT 30」は、実は対象外となるからだ。

しかし、シドニーを州都とするニューサウス・ウェールズ州では、電話を含め、私的な空間での会話を録音し、これを無断で放送することは違法だ(監視装置法)。オーストラリアからすると外国である英国での電話の会話を録音し、オーストラリアで放送するのは合法なのかどうか、ホームズは疑問を投げかける。

ホームズは、今回の放送は、オーストラリアの放送業者の規定を無視した可能性があると指摘している。

―「自殺の理由は複雑」

一方、困難を抱えて自殺を考えている人の相談を受ける、英慈善団体「サマリタンズ」のキャサリン・ジョンストンによると、「自殺は複雑なものだ」(BBCウェブサイト)。

「自殺を引き起こす要因は明白のように見えるかもしれないが、自殺はたった一つの要素や出来事では決して発生しない。複数の原因がある」。

「人は、もう自分では処理できない状態にまで陥ることがある」、「一人でいる場合は状況が悪化する。心にひっかかっていることについて、誰かに話すことができないからだ」という。

サマリタンズは24時間、年中無休で電話や電子メールで相談を受け付けている。

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ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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