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アース製薬を訴えた金鳥の特許権について

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
出典:特許第7026270号公報

「蚊防除スプレーの特許侵害 大日本除虫菊、アース提訴」というニュースがありました。

金鳥ブランドで知られる大日本除虫菊(大阪市)が、スプレーで噴霧する「蚊類防除用エアゾール」の発明に関する特許権を侵害されたとして、アース製薬に対し、同種製品の製造・販売の差し止めを求める訴訟を東京地裁に起こしたと発表した。

とのことです。いずれも一般消費者になじみの深い企業かつ商品ですので気になっている方も多いかと思います。問題の特許番号ですが、調べるまでもなく、大日本除虫菊(以下、「金鳥」)のリリースに明記されていました。第7026270号です。発明の名称は「蚊類防除用エアゾール、及び蚊類防除方法」、出願日2015年2月24日の原出願の分割出願であり、2022年2月16日に登録されています。

発明のポイントは、殺虫成分を噴霧したときに、空中に残存する粒子と壁や床に付着する粒子の両方を生じさせることにあります。タイトル画像の図を見るとわかりやすいです。

図(a)が従来の考え方による噴霧方式の一つであり、殺虫成分の粒子(M)ができるだけ空中に長く留まるように工夫されています。しかし、これでは、風で殺虫成分が散逸してしまいますし、人間やペットへの影響も懸念されます。

これに対して、この発明では、図(b)に示すように壁床に付着する粒子(X)と空中に留まる粒子(Y)をバランス良く噴霧できることがポイントです。これにより、風の影響および人間やペットへの影響を軽減できます。さらに、上記記事にも書かれているように、蚊は飛んでいる時間よりも、壁に留まって吸血の機会をうかがっている時間が長いという実験結果があるので、その点でも効果的です。

権利範囲ですが、請求項1の内容は以下のとおりです。

【請求項1】
害虫防除成分と有機溶剤とを含有するエアゾール原液、及び噴射剤を封入してなる定量噴射バルブが設けられた耐圧容器と、
前記定量噴射バルブに接続される噴射口が設けられた噴射ボタンと、
を備えた蚊類防除用エアゾールであって、
前記害虫防除成分は、メトフルトリン及び/又はトランスフルトリンであり、
前記エアゾール原液は、前記害虫防除成分を14.3重量%以上含有し、
前記噴射ボタンを1回押下したときの噴射容量が0.1~0.4mLとなり、
前記噴射距離20cmにおける噴射力が摂氏25度において0.3~10.0g・fとなるように調整され、
前記エアゾール原液は、前記噴射口から、少なくとも一部が処理空間内における蚊類が止まる露出部に付着する付着性粒子として噴射され、
前記エアゾール原液を処理空間に1回噴射した場合、前記害虫防除成分の噴射量が4.5~8畳あたり5.0から30mgに調整される蚊類防除用エアゾール(但し、自動噴霧装置本体に装着されてなる蚊類防除用エアゾールを除く)。

上記の基本的なアイデア(空中浮遊粒子と床壁付着粒子を両方噴霧する)だけでは新規性・進歩性の主張が困難なので、具体的な数値で限定した数値限定発明となっています。なお、原出願の段階からこのような構成です。数値範囲や成分のバリエーションで様々な分割出願を権利化しています。

この特許には、一度異議申立が請求されていますが、無事クリアーしているので、新規性・進歩性については問題がない可能性が高まりました。なお異議申立人は個人の方ですが、異議申立は誰でもできるので競合他社(もちろん、アース製薬かもしれません)のダミーの可能性が高いです。

あとは、アース製薬の製品がこの特許の技術的範囲に属するかですが、数値限定発明なので、非専門家がぱっと見て判断できる話ではなく、実際の製品を使った実験調査が必要になります。ただ、金鳥が実際に訴訟を提起し、かつ、プレスリリースも出したということは、しかるべき実験調査結果に基づいて特許権侵害と判断したと考えてよいでしょう。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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