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ティアーズ・フォー・フィアーズ、17年ぶりの新作アルバム『ザ・ティッピング・ポイント』を語る【前編】

山崎智之音楽ライター
Tears For Fears / Curt Smith (右)(写真:ロイター/アフロ)

ティアーズ・フォー・フィアーズがニュー・アルバム『ザ・ティッピング・ポイント』を発表した。

1983年に『ザ・ハーティング』でデビュー、続く『シャウト』(1984)で世界制覇を成し遂げた彼らは約40年のあいだ熱狂的な支持を得てきたが、新作スタジオ・アルバムはこれが17年ぶりとなる。知的でアンニュイなポップ・サウンドが貫かれている一方で、バンドを襲った悲劇などが影を落とす作風は、現在進行形のアーティストとしてのティアーズ・フォー・フィアーズを表現するものだ。

全2回となるインタビュー記事では、ローランド・オーザバルと共にバンドを支えてきたカート・スミスがアルバムや受けてきた影響について話してくれた。まず前編、カートが『ザ・ティッピング・ポイント』を語る。

Tears For Fears『The Tipping Point』ジャケット(ユニバーサルミュージック/現在発売中)
Tears For Fears『The Tipping Point』ジャケット(ユニバーサルミュージック/現在発売中)

<売れたらラッキーだけど、売れなくても自分に誠実な音楽をやればハッピーになれる>

●お帰りなさい!アルバム『ザ・ティッピング・ポイント』、素晴らしいです。「リヴァーズ・オブ・マーシー」のような癒やされる曲から聴いていて痛いほどの「プリーズ・ビー・ハッピー」、オーガニックな曲からエレクトロニックな曲まで、音楽性にとても幅のある作品だと感じました。待っていた世界中のファンに、どんなアルバムだと説明しますか?

どうだろうね(笑)。作った本人だとアルバムを客観視出来ないから、説明するのが難しいんだ。8、9年という長い時間をかけて作ったから、その時々の感情が込められている。悲しい曲もあるし、温かみを感じる曲もある。実は一度アルバムを完成させたけどボツにして、作り直したんだ。どうしてもハッピーになることが出来なかった。それでローランドに「これで君が満足なら、それで構わない。でも俺は抜ける。一切の関わりを持ちたくないよ」と言ったんだ。そうして2人で納得の行くように作り直したのが『ザ・ティッピング・ポイント』だった。我々の内面に深く踏み込むアルバムだし、辛く苦しい感情も込められている。でも、それらにフタをして、心地よいポップ・レコードを作ることは、自分自身に不誠実だと感じた。それに、自分たちの経験を音楽として表現することは、一種のセラピーでもあったんだ。「ザ・ティッピング・ポイント」や「プリーズ・ビー・ハッピー」はとてつもなく悲しい曲だ。ローランドの奥さんが亡くなる前の出来事を歌っているからね。でも温かみが込められている。自分の愛した人への想いがあるんだ。別れや死など、ネガティヴに思える事柄を歌っても、ポジティヴな意思が漲っているよ。

●「ノー・スモール・シング」の歌詞には“40年歳をとって、シワシワで賢くなった”とあります。ファースト・アルバム『ザ・ハーティング』(1983)からもうすぐ40年、まだシワシワにはなっていないようですが、アルバム作りやソングライティングに関して賢くなったでしょうか?

賢くなったというより、許容力が増したと思う。自分自身のこと、自分を取り巻く環境などを受け入れることが出来るようになった。長く生きて、いろんな経験を経てきたんだし、本当は賢くなったと考えたいけどね(笑)。まあ歳を取って偏屈になる老人も多いし、それよりはマシじゃないかな。

●アデルやジェイムズ・ブラントを手がけたサシャ・スカーベックがアルバムの約半数の曲を共同プロデュースしていますが、それはどんな効果をもたらしましたか?

新作アルバムを作るにあたって、“モダン”といわれるソングライターやプロデューサー何人かと共作してみた。約6年をかけて、ほとんどはうまく行かなかったけど、サシャとは意気投合したんだ。ローランドと俺の関係には長い歴史があるし、そこに誰かが入り込むのはきわめて難しい。サシャはプロデューサーとしても一流なのに加えて、それ以上にキーボード奏者、ピアニスト、そしてソングライターとして優れた才能を持っている。我々がやろうとしていることとカッチリはまったのは彼だけだったよ。

●“モダン”なアプローチを取ったとのことですが、結局は自分自身を満足させる作品を作るしかないし、ティアーズ・フォー・フィアーズには長いキャリアと年齢の幅広いファン層があるので、特に若年層のファンを意識する必要はなかったのでは?

新しいアルバムを作ることは我々の判断だった。何年もツアーをしてきたし、機が熟したと感じたんだ。そろそろステージで新曲をプレイしたいってね。それに当時のマネージメントとレコード会社が乗ってきて、“モダン”なソングライターやプロデューサーと一緒にやることを提案してきたんだ。我々はそのアイディアを面白いと思ったし、実際学ぶこともあったけど、今になって振り返ると明らかに間違いだった。ティアーズ・フォー・フィアーズはアルバムを作るグループなんだ。今までリリースしてきたシングルはいずれもアルバム収録曲として書いて、その中からレコード会社が選んだものだった。ヒット・チャートを狙って書いた曲はなかったよ。だからヒット・メイカーとコラボレートしてみても、うまく行くわけがなかったんだ。結局、自分たちにとって意味を持つ音楽を書くしかなかった。売れたらラッキーだけど、売れなくても自分に誠実な音楽をやればハッピーになれる。『ザ・ティッピング・ポイント』はそんなアルバムだよ。

●ボツにしたアルバムは、どんな音楽性だったのですか?

『ザ・ティッピング・ポイント』の半分は当時の曲だけど、サウンドが異なっている。若いアーティスト達からの借り物で、これが自分たちだ!と満足出来るサウンドではなかったね。決定打になったのは、娘に言われた一言だった。「良いけど、もっとうまく出来る若手アーティストがいるよ」これがグサッと突き刺さった。私自身が思っていたことを言われてしまったんだ。それですべての権利を前のレコード会社“ワーナー・ミュージック”から買い取って、作り直すことにした。

●2013年にアーケイド・ファイアの「レディ・トゥ・スタート」をカヴァーしたのも、若年層の音楽リスナーにアピールする試みだったのですか?

それは違う。“レコード・ストア・デイ”向けの企画だったんだ。その時点で新曲は書いていなかったし、本格的なキャリアではなく、1回限りだと思って、楽しみながらやった。いろんな若いアーティストがティアーズ・フォー・フィアーズの曲をカヴァーしているし、その逆をやったら面白いと思ったんだ。アーケイド・ファイアは才能あふれるバンドで、とても気に入っているよ。

●ベスト盤『Rule the World: The Greatest Hits』(2017)で初登場したバスティルのダン・スミス、プロデューサーのマー・クルーとの共作曲「アイ・ラヴ・ユー・バット・アイム・ロスト」は?

うん、若手と共作したらどうなるかの実験だった。バスティルは素晴らしいと思うけど、俺はこの曲は好きではない。ローランドは気に入っているらしいけどね。歌詞は良くても、サウンドが作為的に“モダン”になろうとしているように聞こえる。

Tears For Fears / photo by Frank Ockenfels
Tears For Fears / photo by Frank Ockenfels

<1980年代の模倣はしていないけど、共通する要素がある>

●ボツにしたアルバムから5曲を書き直して『ザ・ティッピング・ポイント』に収録しているそうですが、どの曲でしょうか?どのように変化しましたか?

「ザ・ティッピング・ポイント」、「マイ・ディーモンズ」、「エンド・オブ・ナイト」、「ステイ」...「ロング、ロング、ロング・タイム」もそうだったかな?「プリーズ・ビー・ハッピー」はその時期に書いた曲だったけど、レコーディングはしていなかった。“ワーナー”からアルバムの権利を買い戻したとき、30曲ぐらいが含まれていたんだ。どの曲も必要以上に音数が詰まっていたし、よりシンプルなアレンジにした。新しいヴァージョンの方がはるかに曲の風通しが良くなって、根幹がより明確だよ。

●女性の権利を高らかに主張する「ブレイク・ザ・マン」は、虐げられた女性を歌った「ウーマン・イン・チェインズ」と真反対のベクトルを向いているといえるでしょうか?

「ブレイク・ザ・マン」は家父長制の構図を崩し、女性の権利を謳歌する曲だ。俺は女性が強い家庭で育ってきたし、男性上位の社会を見ると違和感をおぼえるんだよ。「ウーマン・イン・チェインズ」は女性への虐待を批判する歌だった。どちらも女性の正当な権利を主張するという点では、同じベクトルを向いているといえる。サウンド面でいえば、「ブレイク・ザ・マン」は「ルール・ザ・ワールド」に通じるアップテンポな明るさがあるよね。「ウーマン・イン・チェインズ」は「リヴァーズ・オブ・マーシー」と流れていくようなムードが似ているかも知れない。決して1980年代の自分たちを模倣しようとはしていないけど、同じ2人のミュージシャンが書いた曲だし、共通する要素があるんだ。

●「ステイ」はベスト盤『Rule the World: The Greatest Hits』で初登場した曲ですが、栄光のヒット曲の数々を収録したアルバムなのに、バンドを脱退することをほのめかす新曲を入れるというのが興味深いですね。

ハハハ、君の言う通りだ(笑)。本当は「ステイ」はベスト盤に入れたくなかったんだ。自分たちにとって重要な位置を占める曲だし、ベスト盤の“オマケ”みたいな扱いにはしたくなかった。でもレコード会社が新曲を入れるべきだと強く主張してきたし、他に在庫がなかったんだよ。この曲を『ザ・ティッピング・ポイント』に収録したのは、アルバム全体の物語の一部だったからだ。当初、制作の作業を楽しむことを出来なかったし、途中で離脱することも考えていた。ローランドに「この作業を続けたいなら、止めることはしない。でも俺は抜けるよ」と言ったんだ。辛くて悲しい話し合いだった。決して口論にはならなくて、穏やかな口調だったけどね。「ステイ」にはそのときの俺の感情が描かれているんだ。

後編記事では『ザ・ティッピング・ポイント』をさらに掘り下げると同時に、アルバムの根底にあるバンドの原点についてカートに解き明かしてもらおう。

【最新アルバム】

ティアーズ・フォー・フィアーズ

『ザ・ティッピング・ポイント』

ユニバーサル ミュージック合同会社

発売日: 2022年2月25日(金) リリース(世界同時発売)

https://found.ee/8SQpi7

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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