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金正恩「お気に入り」女性軍人の"悲しい運命"に国民が動揺

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

 2020年1月のコロナ鎖国以降、経済状況の悪化で犯罪が多発していると伝えられる北朝鮮。今度は、長期間の軍勤務を終えて実家に帰る途中だった女性が、無残に殺害される衝撃的な事件が起きた。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

 咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、事件が起きたのは今月13日のこと。鏡城(キョンソン)郡出身の女性パクさんは、10年前に朝鮮人民軍(北朝鮮軍)に入隊し、平壌防御司令部傘下の高射銃部隊で10年間勤務した。

 女性兵士で編成された高射銃部隊は、金正恩総書記が何度も視察した「お気に入り」だ。その中で彼女は「模範軍人」として認められ、朝鮮労働党への入党へも果たした。

 10年を勤め上げた彼女は、実家に戻ることになり、ロシア国境の豆満江駅行きの列車に平壌から乗車したが、台風6号(カーヌン)による大雨で線路が流出し、列車は吉州(キルチュ)で立ち往生してしまった。

 そこで、駅前から清津(チョンジン)市市外バス事業所が運行するバスに乗り換えた。ところが、そのバスも鏡城郡に入り、仲坪里(チュンピョンリ)という郡の中心地まであと数キロのところで故障して動けなくなってしまった。

 日が暮れて街灯もない中、歩いて移動するわけにも行かず、乗客たちは、ドライバーが暗闇の中でバスの修理をするのを見守るしかなかった。ちょうど空が白み始めたころ、しびれを切らしたのかパクさんは歩いていくと言い出した。ドライバーは「もうすぐ修理が終わる」とパクさんを引き留めようとしたが、彼女は耳を貸さずに行ってしまった。2人の若い男性が彼女に続いた。

 やがて修理が終わりバスは出発。しばらく走ったところで、さっきバスから降りて歩いていった若い男性に追いつき、ドライバーは2人を乗せた。しかし、パクさんの姿はなく、どういうわけか2人は、彼女のトランクを持っていた。ピンと来たドライバーは機転を利かせ、仲坪里の分駐所(交番)を通りかかったときに急停車。そして、安全員(警察官)を呼んで2人の身柄を引き渡した。

 ドライバーの不吉な予想は見事に的中してしまった。

 別の情報筋によると、パクさんは道の途中で2人の男性に襲われ、激しく抵抗したため、結局殺害されてしまった。その残忍な手法が口コミで広がり、人々は激しく動揺しているという。

 容疑者は、パクさんの持っていた妙香山(ミョヒャンサン)ブランドの高級トランクを見て、犯行に及んだとのことだが、中に入っていたのは、除隊証と軍で撮った記念写真、2020年3月の全国扇動員大会に参加して、金正恩総書記と共に撮った記念写真、そのときに受け取った服の生地が入っていたという。

 この記念写真は、彼女が「1号接見者」――つまり金正恩氏に直接会った人物であることを証明するものだ。思想や成分(身分、家庭環境)が厳しく問われるが、その審査にパスしたことで、社会的に尊敬を受け、様々な優遇を受ける。彼女にとってはとても大切な写真だが、犯人にとっては単なる紙くずに過ぎない。

 だが、中央はこの事案を重く見たのか、2人の身柄は平壌に移された。金品目的の強盗殺人だけでも重罪が相応だが、政治犯扱いにされるとなると、もはや生きて帰ってこれないかもしれない。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 パクさんは、幼くして父親に先立たれ、母親が女手一つで育て上げた。地域住民は、そんな自慢の娘を残虐な犯罪で奪われた母親のことを心配しつつ、経済状況の悪化で凶悪犯罪が増えていることを嘆いた。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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