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BBCには「小さくなれ!」という風が吹く (1)その過去と現在

小林恭子ジャーナリスト
BBCのウェブサイト画面より

英公共放送BBCが大揺れ状態となっている。先月明るみに出た、元人気司会者(故人)の性犯罪疑惑、この疑惑を追っていた調査報道番組「ニューズナイト」の制作中止、そして今月2日にはこのニューズナイトで大誤報が発生し、10日、経営陣トップとなるBBC会長が引責辞任となった。今度は、この会長の退職金が多すぎると批判の的になっている。

BBC関係者によると、今回の一連の失態は「起きるべくして起きた」。ここ数年の大幅経費及び人員削減が響いているという。

BBCの内情を過去と現在、そして未来の視点で追ってみたい。(筆者ブログ「英国メディア・ウオッチ」、新聞通信調査会発行の「メディア展望」9月号に掲載された拙稿に補足した。)

―予算縮小の大波にもまれる

BBCは現在、急激な予算縮小の渦中にある。

国内の放送活動をまかなう「テレビ・ライセンス料」(日本のNHKの受信料に相当する、以下「受信料」)が2016年―17年度まで凍結状態となっており、政府の緊縮財政策の下、BBCを含む公的サービスの予算は2ケタ台の削減を余儀なくされている。

BBCが縮小化に向かったのは数年前だ。

BBCの運営は、存立・目的・企業統治を定める「特許状」(ロイヤル・チャーター、「BBC憲章」と訳されることもある)と、これに沿った業務の具体的な内容を規定する「協定書」(BBCと所管の大臣との間で交わされる)が基になる。国内の放送活動の原資となる受信料の値上げ率は、所管大臣(現在は文化・メディア・スポーツ相)との交渉で決まる。

10年毎に更新される特許状と協定書を交わす前の数年間は、BBCにとって、自分たちが望む方向に進むための、いわば自己PRの時期となる。

現在のBBCを語る時に欠かせないのが、マーク・トンプソン前会長(現在、米ニューヨーク・タイムズのCEO兼社長)の存在だ。

トンプソン氏のBBC会長就任も、今回に勝るとも劣らない「大揺れ」事件が発生した後だった。

2003年5月、BBCは、英政府がイラク戦争(同年3月開戦)の直前に発表した、イラクの大量破壊兵器の脅威に関する文書の誇張性に関して政府と衝突状態となった。04年2月、当時のBBC経営委員会(現BBCトラスト)委員長と会長(=ディレクター・ジェネラル。企業で言うと最高経営責任者)とが同時に辞任するという前代未聞の事態が発生した。

これを引き取る形で新会長となったのが、民放チャンネル4の元トップ、トンプソン氏であった。

同氏が2004年の就任後にすぐ取り組んだのは、次の特許状(2007年から16年まで)更新のための準備であった。

この時、BBCには強い逆風が吹いていた。先の大量破壊兵器をめぐる報道でトップらが辞任することになったため、BBCのジャーナリズムへの批判が沸騰していた。国内放送業界に占める突出した大きさや、テレビ受像機がある家庭から強制的に徴収する受信料制度への疑問が大きく表面化していた。

トンプソン氏は、英国のデジタル化を先導し、公的価値を基に番組を制作する将来図を描いた計画書「公的価値を築く」を、特許状策定中の政府に提出した(04年6月末)。

デジタル化の中には、好きなときに番組を再視聴したりダウンロードができるサービス(現在の「BBCアイプレイヤー」)が含まれ、「ロンドン中心の番組が多すぎる」という批判をかわすために、今後制作の半分をロンドンの外で行う方向で進める、とした。現在、イングランド北西部グレート・マンチェスター地域にある都市サルフォードに、段階的に拠点を移動させている。

「際限なくサービスを拡大させている」という競合メディアからの批判には、新規サービスの開始には「公的価値があるか、民業を圧迫しないか」のテストを行う、と書いた。

「人員を1割削減する」という箇所もあったものの、それまで毎年値上がりしていた受信料が今後も同様に継続することを想定し、大風呂敷を広げた計画書であった。

―誤算 

2007年1月、テッサ・ジョウェル文化・メディア・スポーツ相(当時)は、同年4月以降の受信料の値上げ体制を発表した。

多チャンネル化時代、BBCの番組を見るために強制的に徴収するテレビ受信料という体制そのものが合法性をなくしつつあった。果たして受信料制度が消えるかどうかに注目が集まった。

結果は、BBCにとって衝撃的なものとなった。

1つには、受信料体制は維持されたもののインフレ率との連動が停止された。それまではインフレ率に上乗せした値上げ率が設定されたため、景気の動向に左右されにくい経営ができた。代わりに、次の2年間はそれぞれ3%の値上げ率とし、その後は次第に値上げ率を縮小させる形となった。

もう1つ衝撃となったのは、将来のテレビ界の先行きが不透明であるという理由で、政府が今後6年間(最後は2012-13年度まで)の受信料体制のみを決定した点だ。10年間という長期に渡るスパンでの経営が困難になった。

当初、インフレ率に2・3%の上乗せ(他局からの批判を受けて、後に1・8%に変更)を希望していたBBC経営陣にとって、「失望」(トンプソン氏)と評される結果となった。

BBC経営陣は人員や番組製作本数の1割削減、1960年代にテレビ番組制作のために建築された「BBCテレビジョン・センター」の売却など、節約策をまとめざるを得なくなった。

これと前後して、BBCに起用された人気タレントが不用意な発言をしたり、番組制作に「やらせ」があったなどのスキャンダルが次々と発生し、一部の出演者に対する高額報酬の支払いや経営幹部らの経費使いに批判の声が高まった。(つづく)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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