歌舞伎界期待の女形・中村米吉が結婚を機に噛みしめる先達の言葉
人間国宝・中村歌六さんの長男として生まれ、若手女形として注目を集める歌舞伎役者の中村米吉さん(31)。昨年、梓さんという人生の伴侶を得ましたが、5日放送のABCテレビ・テレビ朝日系列「新婚さんいらっしゃい!」に出演し、新たな一面を見せてもいます。結婚を機に、改めて感じた歌舞伎の世界の意味。そして、偉大な先輩から受け継ぐ志とは。
結婚して噛みしめた「歌舞伎はワンチーム」
今回、お話をいただきまして「新婚さん―」に出演することになりました。家内はもともと京都で舞妓・芸妓をしていて、その時から顔見知りではあったんですけど、連絡先も知らない状態でした。そんな中、たまたま歌舞伎座近くにあるラーメン屋さんで出会ったことがきっかけで交際、結婚へとつながっていったんです。
縁というのは本当に不思議なもので、私の祖母も京都で舞妓さんをしていましたし、彼女の大叔母さんは僕の大叔父にあたる萬屋錦之介、中村嘉葎雄と昔からお付き合いがあった。結婚を機に改めて縁の力や、歌舞伎の世界について考えるようにもなりました。
結婚式でも尾上菊五郎のおじさまが祝辞で「歌舞伎はワンチーム。そこに梓さんというメンバーが入ってくれました」と言ってくださったんですけど、亡くなった(中村)吉右衛門のおじさまをトップにした家としてのつながり。それが可視化されたという感覚があったんです。
今の時代、いろいろな考え方があるとは思います。ただ、歌舞伎の世界はずっと家を基本にした仕組みでやってきましたし、結婚して家族を持って初めて「歌舞伎は大きな家族」という言葉の意味が心底分かった気がしました。
「『この家は大丈夫だ』と思って死なせてくれ」
「大きな家族」の中で日々舞台に立つ。それすなわち、あらゆるものを上の方々から教えていただくということです。もらった言葉は数限りない。どれもありがたいものばかりです。
ただ、晩年の吉右衛門のおじさまからいただいた言葉は特別な重みというか、そういうものがあったと感じています。
晩年は正直な話、体調がかなり辛そうな時もあったんですけど、舞台に出るとみんながハッとするほどの芝居をされる。私なんかが口幅ったいことなんですけど、私のみならず多くの方が驚いていました。
私がしっかりとおじさまとご一緒した最後の舞台が令和元年6月に上演された演目「石切梶原」でした。千秋楽でいただいた言葉が今もハッキリと残っています。
私が演じた役について「今回は一通りのことしかできないてないけれども、本来はこういうものが根底にあって…」と肝の部分をお伝えくださった上で「これをね、今やってもできないことは分かっている。それは仕方がない。ただ次にやる時、その時にオレがいなくてもきちんとできる。そうなっているように頼むよ」と。それがいただいた最後のダメ出しでした。
晩年のアドバイスには全て前提として「オレが死ぬ時に『この家は大丈夫だ』と思って死なせてくれ」という思いがありました。
安心して旅立たれたか。それでいうと安心なんかしていないと思いますし、こちらが生涯をかけて積み重ねをしていくしかないものだと思っています。おじさまがどう思っているか。その答え合わせができるのは私自身が死んだ時なんでしょうけど、あっちの世界に行っても怒られるとは思います。ただ、その度合いを少しでも減らす。そのために、命ある限り稽古をし続けるしかない。そう思っています。
こういったことを、吉右衛門のおじさまもさらに上の方々から言われてきたはずですし、なんとか近づけるよう、追いつけるように人生を費やしていく。ただただ、それをされてきたんだろうなと強く感じます。
「うまくやろうとするな」の意味
お芝居には正解がないですからね。数値化もできない。今いる人間と先輩方、どちらが上手かなんて分からないし、どこまでいったら“追いついた”ことになるのかも分かりません。目には見えないものを追い続ける。なかなか難しいことなんですけど、だからこそ言葉という道しるべを後輩に残してくださった。そんなことを考えれば考えるほど、こちらとしてはやるしかないなと。
昨年11月、明治座で「藤娘」の“藤の精”を初役としてやらせていただきました。ご指導いただいている藤間勘祖先生からは「うまくやろうとしてはいけません」と何回も言っていただきました。
うまくやろうとするな。これをどうとるか。下手でいいというわけではない。ひたむきに、丁寧に、何回もなぞって、なぞって、なぞり続ける。その結果、少しだけそれらしい形ができてくる。それでもまたなぞって、なぞって、なぞり続ける。漢字ドリルみたいに、文字をなぞって、何回も書いて、やっと形が分かってくる。その結果、見えてくるものがある。そういう世界であることを、その場でも教えていただきました。
勘祖先生から六代目の(中村)歌右衛門(2001年逝去)のおじさまのお話もうかがいました。先生からご覧になっても素晴らしい域に達していた時期に、歌右衛門のおじさまが「やっと、最近分かってきた。なのに、体が動かなくなってきた」とおっしゃっていたと。これでもかと積み上げて、やっと見えてきたころには肉体的な衰えが来る。そんな世界なのに、最初から「うまくやろう」なんて思っちゃいけないし、うまくできるわけもない。本当にありがたいことを教えていただいていると痛感します。
今の時代、全てがスマートフォンの中に入ります。歌舞伎もどこまでいけるのか分かりません。本当に。首の皮一枚でなんとかできているようなものだと思います。
だからこそ、歌舞伎の良さを一人でも多くの方に感じてもらう。私たちがやることはそれに尽きますし、そのために稽古を重ねる。結局、それなんです。
そこにプラスがあるとしたら、新たに歌舞伎に興味を持ってくださる方を増やす。今回の「新婚さん―」もそうですし、何か別のきっかけで歌舞伎を知ってもらう。これも大切なことだと思っています。
ありがたいことに今回オファーをいただきましたし、新婚は今だけの期間限定。もう一回しない限り(笑)、人生で一度きりの機会でございますので、今回もしっかりと全うさせていただきました。
こうやってあらゆる積み重ねを続ける。死ぬまで続ける。それがこの世界に生きる者がやるべきことなんだろうとただただ思います。
■中村米吉(なかむら・よねきち)
1993年3月8日、中村歌六の長男として生まれる。本名・小川修平。歌舞伎役者。屋号は播磨屋。2000年に歌六の前名を継ぎ、五代目中村米吉を襲名して初舞台を踏む。24年に結婚。十三夜会奨励賞、松尾芸能賞新人賞、国立劇場賞優秀賞などを受賞。1月5日午後12時55分から放送されるABCテレビ「新婚さんいらっしゃい!」に夫婦で出演する。松竹創業百三十周年「壽 初春大歌舞伎」(東京・歌舞伎座、1月26日まで)にも出演している。