「特別警報」新設へ 頻発する甚大な災害に対応できるか(後編)
5月24日(金)、参議院で「気象業務法及び国土交通省設置法の一部を改正する法律案」が可決・成立しました。これにより、気象庁が発表する防災気象情報のうち、これまでの注意報・警報の上にさらに「特別警報」が新設され、この8月末までにも実際の運用が始まることになります。
前回の記事では、この特別警報の概要について解説しました。今回は、特別警報の運用開始に当たって懸念される課題や問題点について考察します。
特別警報が出ていなければ大丈夫?
特別警報は、それぞれの地域において「数十年に一度」クラスの大雨・暴風などが予想される場合に発表されます。一言で言えば、その地域では滅多にないほどの災害につながるおそれがある、極めて危険な状態が予想される場合に発表される「非常事態」を伝える情報です。
しかし、特別警報の運用開始に伴い、通常の「警報」が軽んじられないか、という懸念も出ています。
特別警報の新設は、警報の危険度レベルを下げるものではありません。警報は引き続き「重大な災害の起こるおそれがある」場合に発表されるもので、従来からの変更点は全くありません。引き続き、住民の命に関わるような災害が懸念される場合に発表されるものですので、警報発表時には適切な避難行動・防災行動を住民や自治体がそれぞれ行う必要があります。
「特別警報が出ていないから、まだ大丈夫だ」ではなくて、「警報が出たから、危険が迫っている」「万一、今後、特別警報が出されるようであれば、その場合はこれ以上ないほどの非常事態が迫っていることを意味する」と、警報・特別警報の示す意味を正しく理解し、行動することが重要です。こうした特別警報の示す意味についての事前周知は、これまでの気象庁の広報活動以上に、広く深く、繰り返し様々な場で行っていくことが非常に大切だと思われます。
また、特別警報は、過去の事例から、全国的には年に概ね1回程度の頻度でどこかの地域に発表されることが推定されています。報道などで特別警報の発表を目にする機会もあると考えられますが、その際には「自分の住む地域に出ているのか」という点に留意してほしいところです。どこかの地域に発表される様子が毎年のように報じられていると、いざ自分の住む地域に出された場合に、うっかり「またか」と勘違いしてしまいがちです。
特別警報は、「それぞれの地域において」数十年に一度レベルの事態が迫っている、という意味ですから、自分の住む地域に出された場合には「命を守るために最善を尽くす」というのが大変重要な行動になります。報道する側も言葉足らずにならないように、誤解を招かないように正確に伝える必要がありますし、情報を受け取る側も予めその意味することを正しく知っておくべきでしょう。
防災気象情報の種類がまた増える
気象庁が発表する防災気象情報は、すでに、種類が非常に多いという問題点が指摘されています。台風や集中豪雨など、雨に関連する事例に限ったとしても、今でも、注意報・警報のほか、気象情報(この名称もややこしいですが、「大雨に関する○○県気象情報」などという名前で、総合的な気象予測・防災事項を伝える固有の情報種類名です)、土砂災害警戒情報(都道府県と共同発表)、指定河川洪水予報(国・都道府県と共同発表)、記録的短時間大雨情報、竜巻注意情報があり、「どの情報がどのような意味を持ち、どれがより上位の情報なのか」が分かりにくい、との声が少なくありません。ここで、さらに新しく特別警報を加えると、利用者がさらに混乱するのではないか、という懸念があります。
複雑化してしまっている防災気象情報の体系整理は、気象庁の「防災気象情報の改善に関する検討会」で昨年度から検討されています。今年の夏までには提言をまとめ、情報の整理・見直しの方向性が決まってくるとのことですが、今回、特別警報の新設だけを先行して実施する必要があったかについては、意見が分かれるところだと感じます。
災害は待ってはくれませんから、少しでも早く効果的な防災気象情報の運用を開始すべきだったとも言えます。しかしその一方で、この検討会の示す結論を待ったうえで、情報体系全体の見直しの一環として導入したほうが分かりやすかったとも言えなくもありません。
いずれにせよ、市町村など防災の現場が無用の混乱を起こさないように、特別警報の運用開始までに、これまで以上に十分な周知・広報が必要なことは間違いないでしょう。
「特別警報モード」
特別警報の実際の運用では、発表業務を行う各気象台・測候所に「特別警報モード」と呼ばれる運用が想定されています(予定)。特別警報は従来の警報同様、各市町村ごとに出されるものですが、同一県内(厳密には各気象台・測候所が警報発表を受け持つ予報区)で一つでも特別警報基準に該当する市町村が予想された場合には、通常の警報発表レベルの市町村についても、「道連れ」で特別警報が発表される、という運用が想定されています(同一種類の警報・特別警報について)。
もう少し簡単に言うと、特別警報基準に達していなくても、通常の警報基準に達している(達した)市町村は、同じ県内に特別警報の地域があれば、自動的に特別警報になる、ということです(別の見方としては、同じ種類の警報と特別警報が同じ県内で同時に発表されることはない、ということでもあります)。こうした運用が「特別警報モード」と呼ばれています。
なぜこのような運用をするのか。特別警報が発表されるほどの非常事態は「ある程度の地域的な広さを持ったものであると考えられるから」とされます。同じ県内で特別警報が出されるほど深刻で非常な災害が懸念されている際に「まだあなたの街は警報レベルですよ」と受け止められかねない通常の警報発表をすることは不必要な安心感につながってしまう懸念があることや、近隣ですでに極めて深刻な事態になりつつある場合にはその周辺も今後は同様の事態が起こり得るため、早めの万全の警戒を呼びかけておく必要がある、などと言う理由からこうした措置が執られるようです。しかし、この運用方法が本当に適切なのかは、判断が難しいところです。
例えば、大雨について考えてみます。同じ県内でも市町村ごとに、まだ注意報の地域と、すでに警報が発表になっている地域がある状況を考えてみましょう。ここで、警報発表地域のうち、1つの市町村だけが特別警報基準を突破したため、県内の警報発表地域はすべて「特別警報」発表となるわけです(この状況では、この県内は「特別警報」の地域と「注意報」の地域が混在)。そしてその後、現在注意報が出されていた地域が、通常の警報基準に達する事態となった場合、すでに県内は「特別警報モード」に入っているため、注意報から、警報を飛ばして一気に特別警報の発表となるわけなのです。
注意報→警報→特別警報、と段階的にグレードアップしていくのはあくまで「理想」で、実際に気象状況が急変した場合などについては仕方ないと思いますが、上記のような理由でいきなり特別警報が出されるのは、市町村の防災担当者や一般住民はどう感じるでしょうか。
土砂災害警戒情報と大雨特別警報
現在、大雨警報発表下で、土砂災害の危険性が非常に高まった場合に発表されるのが「土砂災害警戒情報」です(都道府県と共同発表)。すなわち、土砂災害の危険度としては、大雨注意報→大雨警報→土砂災害警戒情報、という順序でレベルが高まっていく、という運用がなされています。
では、大雨警報の上位に位置する「大雨特別警報」と、この「土砂災害警戒情報」とでは、どちらが上位なのでしょうか。
実は、これはどちらが上位という話ではなく別物の情報だ、とのことなのです。土砂災害警戒情報は、地中にしみ込んでいる水分量を指数化した「土壌雨量指数」を基準として、簡単に言えば「地盤の緩み具合」の指標をもとにして発表されます。一方で、「大雨特別警報」は、各地域の降水量を推定した「解析雨量」の48時間積算値を主な指標として、それが予め設定した「数十年に一度レベル」となった場合に発表されることが予定されています。
つまり、同じ土砂災害など大雨による災害をターゲットにした情報であっても、基準の要素が異なる別の情報であるために、どちらが上位に位置するという類の話ではない、ということなのです。しかし、利用する住民や市町村にとっては、これは必ずしも親切な情報体系ではないと感じます。
これまで「注意報→警報→土砂災害警戒情報」とグレードアップしていくものを理解していた利用者にとっては、混乱を生じかねません。また、降雨の状況によっては、情報の出される順序が、「大雨警報→土砂災害警戒情報→大雨特別警報」となる地域も、「大雨警報→大雨特別警報→土砂災害警戒情報」となる地域も、どちらもあり得るということになります。
各市町村では、警報などの防災気象情報を参考にしつつ、状況を総合的に判断して避難勧告・避難指示などを出しています。「避難」について気象庁がどこまで踏み込むかについては議論がありますが、警報・土砂災害警戒情報・特別警報と各自治体の防災対応のリンクを考えると、出来るだけ混乱を招かないような運用とし、全体的に「利用しやすい」情報体系とすべきではないかと思われてなりません。
各市町村の現場は対応できるのか?
前回の記事に書いた通り、特別警報は「都道府県から市町村への伝達が義務化」されるのがポイントです。避難勧告・指示など住民の避難行動に第一義的な役割のある市町村では、情報の見落とし・見逃しが許されない、ということになります。
しかし、それを効果的に利用することができるかは、最終的には「各市町村の防災力」にかかっていると思います。いくら義務化されるとはいえ、「県から確かに受領しました」という連絡だけでおしまい、というのでは意味がありません。住民への周知措置も義務化されていますが、これにしても「防災無線で報知を試みました」というだけでは、これまでとたいして変わらないような気がします。
繰り返しになりますが、特別警報は「その地域で、数十年に一度レベルの危険な状態が差し迫っている」という緊急情報です。気象台からバトンリレーされてきた「危機感」をいかにして、一人でも多くの住民に伝えられるか。また、そもそも、災害時に大量に流れてくる情報や鳴りやまないであろう通報の電話をさばきながらも、特別警報を効果的に利用・伝達できる体制を市町村がとれるのか。これまでも様々な災害の際に露呈した防災体制の問題が、結局のところ、今回も浮かび上がってくるような印象を受けます。
各市町村においても特別警報の意味を正しく理解し、地域防災計画など防災対応にどのように効果的・実践的に盛り込んでいくか、運用開始まで時間は短いですが、真剣な検討が必要と考えられます。
「備えあれば憂いなし」
使いやすい情報とはどのようなものか、非常に重要なことです。情報の受け手側にはそれぞれ個々の事情があり、個々が欲しい情報の種類・量は異なってきます。また、情報を発する側に求められるのは、適切なタイミングで適切な内容の情報を発信することでしょう。住民、市町村、都道府県、報道機関など、それぞれが「特別警報」の意味を予め正しく理解し、それぞれの立場でどう最善を尽くすのか、予め考え、またいざという時には臨機応変に対応できるように、日頃から防災力を高めておくことが重要だと考えます。
災害時の気象解説に際して私が常に意識するのが、「伝えたとしても、心に響かなければ意味がない」ということ。最終的に、住民一人ひとりの防災行動を促すサポート的役割を持つのが防災気象情報ですから、個々人の実際の「行動」や「気付き」「意識」に結び付かなければ意味がないのです。解説者の立場からは、「特別警報が出された際に、どのように伝えるのが最も効果的か」ということが極めて重要な点になります。
必ずやってくるであろう「その時」に備えて、それぞれの立場から「特別警報をどう活かすか」をしっかり考えておきたいものです。
(掲載画像は、気象庁HP掲載資料より引用・トリミング加工して作成)
(なお、上記の内容は、本記事の執筆時点で予定されているものです。運用の状況については今後変更される可能性があります。)