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ノルウェー王室報道、「報道の自由度ランキング」1位常連の国の倫理とジレンマ

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
シャーマンの男性と結婚したノルウェー王女(写真:ロイター/アフロ)

現在、ノルウェーではかつてないほど王室に厳しい視線が注がれている。王室にとっては「タイミングが悪すぎる」としか言いようがないが、ふたつの異なる問題が同時に起きているからだ。

王女と霊媒師の結婚

  • アメリカ出身の霊媒師デュレク・ヴェレットと王位継承順位第4位のマッタ・ルイーセ王女が8月31日に結婚
  • 2人とも「霊や死人と交信できる」と発言している、似た者同士カップル
  • 共にスピリチュアル事業で「プリンセスの称号を商用利用している」と批判されている
  • 王女は「家族とのつながり」だからと、称号を手放さない
  • マッタとしての「個人・私人」、プリンセスとしての「公人・恵まれた特権の持ち主」の役割の分別を本人ができていない
  • 「称号を商用利用しない」という王室との約束を立て続けに破っている
  • どのような批判を受けても、カップルは「黒人差別」だと反論し、ノルウェーメディアと敵対している
  • 王女が自らの特権を自覚せずに、称号を「商品」として売り続ける限り、称号剥奪の議論は再燃する

起訴された皇太子妃の連れ子マリウスの暴力・薬物問題

メッテ=マリット皇太子妃(後列、右から二人目)の息子マリウス・ボルグ・ホイビー(右側後列)
メッテ=マリット皇太子妃(後列、右から二人目)の息子マリウス・ボルグ・ホイビー(右側後列)写真:ロイター/アフロ

  • 王位継承権はないが、メッテ=マリット皇太子妃が皇太子と結婚する前に別の男性との間に産んだマリウス・ボルグ・ホイビー
  • 8月4日、当時の交際相手に対する身体的暴力や破壊行為の容疑で拘束された
  • マリウスは薬物と酒の影響下で暴力に及んだことを公に認めている
  • その直後、かつての二人の交際相手も「暴力は前からあった」と顔と名前を出して告発
  • オスロ警察はこれらの事件を、「性犯罪と親密な関係における暴力」として捜査中
  • マリウスは暴行、犯罪被害、脅迫の罪に問われている
  • 3人の女性は被害当事者として、捜査の取り調べに応じている

家族内のコントロールができていない、問われる王様のリーダーシップ

8月25日の公共局NRK発表の世論調査では、「36%が王室に対して否定的な見方をしている」と、否定的な見方をする市民が2倍に増加した。

ノルウェー独特の王室報道

この二つの問題が同時進行中の今、ノルウェーの王室と社会を理解するために、ノルウェー王室報道の在り方を知っておくと、全体像がより見えてくる。

メディア倫理規定

まず、ノルウェーの王室報道は、英国とは大きく違う。そもそも日本や英国のようにタブロイド紙や週刊誌のようなメディアがノルウェーには少ない。

人口が少ない小さな国で、国からの補助金でメディア運営が成り立っていることもあり、ノルウェーの報道陣というのは真面目な人の集まりだ。

多くの編集者や記者は、メディアやジャーナリズムの学位を持っているのが当然でもある。つまり、学生の時に、「メディア倫理規定」(Vær Varsom-plakaten)を叩き込まれている。

このメディア倫理はノルウェー語でノルウェー市民向けに報道する報道機関のほぼ全てが従っている「共通の約束事」だ。

これがあるから、取材された側は掲載前の記事の引用確認を主張することも可能だったりする(たまに記事を大幅に修正しようと編集者になろうとする人もいるので、取材する側とされる側は、掲載前に実はかなりの議論を交わしている)。

「市民を傷つけていないか」「権力の監視ができているか」「公正な報道をしたか」という倫理が問われ、もし破られた場合は、倫理委員会にかけられ、規定を破ったと見なされば、反省文を自社メディアで掲載しなければいけない(ちなみに反省文の掲載はよくあることだ)。

共通のメディア倫理が守られているから、ノルウェーは「報道の自由度ランキング」で1位常連だともいえる。

このように、「倫理的に正しいか」を常に問われているので、日本や英国のような「行き過ぎた報道」というのがあまりされない傾向にある。つまり、ノルウェーの王室報道は英国に比べたら、とても優しいし、たくさんのことが「報道されないまま」になっている。

※日本のメディア向けに書いている筆者や、ロイターなどの国際メディアは、ノルウェー語でノルウェー市民のために報道しているわけでも、現地の報道機関の労働組合などに加盟しているわけでもないので、この倫理を守ることは強制されずに、両国のルールを行き来するグレーゾーンにいることになる。

王室報道では常に問われ、内省される倫理

王女とデュレク・ヴェレットの報道でも、「ヴェレットの病気のことがどれだけ公に報道されていいものか」「報道の仕方に人種差別が潜んでいないか」「王女に対する批判報道はあまりにも暴力的・破壊的ではないか」、これまで倫理的な問題は何度も問われてきた。

マリウスのことも、メンタルヘルスや薬物問題、ギャングとの人脈など、前から噂にはなっていたけれど、ノルウェーのメディアは報道せずにいた。今回の暴力事件が明るみに出るまでは。

「倫理的にどうなのか」ということが常に監視・議論・内省される国なのだが、今、このふたつの王室スキャンダルが同時発生しているために、「倫理的な報道」もセットになって注目されている。

例えば、今マリウスに関する記事では、公共局NRKはすべての関連記事にこのような文章を添えている。

「これが、NRKがマリウス・ボルグ・ホイビーの容疑について報道する理由です」
報道機関は、特に事件の初期段階において、刑事事件に関与する人物の名前や画像を使用することに慎重でなければなりません。これは報道の倫理規定に記載されています。
私たちはマリウス・ボルグ・ホイビーが暴行と犯罪被害で起訴されたことに言及することにしました。
彼は皇太子妃メッテ=マリットの息子です。
王室の一員であるが、王室における公的な役割はありません。
彼には私生活を保護される権利があります。
王室の一員である皇太子妃は、ノルウェー社会で非常に特別な役割と立場を担っており、私たちは、皇太子妃の息子が暴行と犯罪被害で起訴されたことを国民に知らせる正当な必要性があると考えています。
この事件は、皇太子妃の公務遂行にも影響を及ぼしています。暴力で起訴されることは深刻な問題です。マリウス・ボルグ・ホイビーが起訴されただけであり、彼が起訴に対してどのように対応するかは不明であることも、私たちとしては協調することが重要だと考えています

「なぜ、報道するのか、しないのか」メディアの説明責任

例えば、マリウスが女性のアパートで暴力をふるった際、マリウスが壁に突き刺した刃物の写真が漏洩した。ノルウェーで唯一の週刊誌だけはこの写真を掲載したが、他メディアは報道しなかった。

だが、マリウスが女性に対して暴言を吐いている音声の記録は、多くのメディアが報道した。この刃物写真や脅迫音声も公にしていいものだったのかは、メディア内でも倫理が問われている。

特にマリウスに関しては、本人がこれまで「報道されたくない」意思を表してきたこともあり、「なぜ報道するのか」を多くのメディアが何度も説明している。それほどまでに、両案件には倫理問題が絡んでくるのだ。

ノルウェー報道を非難する王室メンバー

デュレク・ヴェレットとマッタ・ルイーセ王女、そしてマリウス・ボルグ・ホイビーとメッテ=マリット皇太子妃も、長い間、ノルウェーのメディア報道を批判し続けていた。「行き過ぎた報道であり、私たちをひとりの人間として見ていない」と。

しかし、メディア側は「英国よりも大分ましで、報道を抑えている・知っていても配慮して報道しないこともよくあるのに、それでも文句を言うのか。特権を持つ権力者としての自覚がなさすぎる」という見解だ。

権力者としての代償と報道の在り方に対して、王室メンバーの一部と現地メディアで意見がすれ違っているのは、まぎれもない事実だ。

「公人か私人か」問題

両者の見解に大きな溝ができている背景のひとつが「公人か私人か」問題だ。

特にマリウスとルイーセ王女は、自分たちは「ひとりの人間」であり「私人」なのだから、「現地メディアにこれほど厳しく報道される筋合いはない」という考えを持っている。メッテ=マリット皇太子妃も息子を守ろうと、メディアを批判してきた。

だが、現地メディアの言い分は、顔も名前も出して活動し、SNSには多くのフォロワーを持っている時点で、一定の影響力を持っており、「あなたたちは公人だ」という理解だ。

特に王女に関しては、「王様の愛娘としての影響力と人脈を、商売に利用している」と「私人だ」と主張する王女に対して、「何を言っているんだ」という構えだ。

この「私もあなたたちのようにひとりの人間だし、私人だから、そんなに批判しないで」と感情で訴える主張は、ノルウェー王室関係者にある独特の文化ともいえる。

「公人か私人」問題は、今のノルウェー王室報道とは切っても切り離せない観点なのだ。

これから加熱するノルウェー王室スキャンダル

このノルウェー王室報道と倫理の問題は、今後さらにエスカレートすることは間違いない。

なぜなら、マリウスに関する捜査もこれから本格的になり、結婚した王女と霊媒師のスピリチュアル事業は続き、しかもカップルを主役にしたネットフリックスのドキュメンタリー番組がいずれ放送されるからだ。

今後もノルウェーの王室ニュースは日本にも届くだろうが、「ノルウェー社会ではどうしてこのような受け止め方になるのだ?」と理解しにくい時に、現地メディアと王室との関係性を少しでも知っていると、多角的に分析できるかもしれない。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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