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オオカミ少年にならないために 「線状降水帯予測情報」は確度を導入できないか

小杉浩史気象予報士 / ウェザーマップ所属
16日(金)の衛星画像とレーダー(提供:ウェザーマップ)

台風7号は非常に強い勢力を保ったまま関東の沖合から北東へと抜けていきました。伊豆諸島から東北太平洋側では強い風が吹き、また活発な雨雲のかかった時間もありましたが、ひとまず大雨に警戒が必要な状態は脱したと言えるでしょう。

そしてこの台風7号に関しては「線状降水帯の発生する可能性」が関東の1都6県と伊豆諸島、山梨県、福島県、宮城県という広範囲に対して気象庁から発表されました。メディアもそれを大々的に報じたところが多く見られましたが、実際はいずれの都県においても線状降水帯は発生しませんでした。「最悪の事態にならなかったからよかった」が一番の感想ではありますが、この線状降水帯の予測情報に関しては「よかった」だけでは済まないとも私は思っています。あまりに予測精度が低いのです。

今夏の東北地方では適中率0%

先月下旬から今回の台風7号まで、東北地方ではたびたび大雨や台風に見舞われました。先月24日~25日には山形県~秋田県で記録的大雨になり大河川の最上川で氾濫が発生しました。また今週初めには台風5号が横断したことで今度は岩手県で大雨に、そして今回の台風7号においては福島県内で雨の量が多くなりました。

先月25日のレーダー 山形県には「顕著な大雨に関する気象情報」が発表されたが予測はされていなかった(提供:ウェザーマップ)
先月25日のレーダー 山形県には「顕著な大雨に関する気象情報」が発表されたが予測はされていなかった(提供:ウェザーマップ)

ただこの一連の雨に関して、気象庁の「線状降水帯の予測」は1つも当たっていないのです。山形県~秋田県の場合には、予測情報がなかったのに実際には発生した「見逃し」、台風5号と7号に関してはそれぞれ予測情報が発表されましたが実際には発生しなかった「空振り」で、残念なことにこの一連の東北の大雨においては適中率は0%となっています。

今月12日(月) 台風5号が岩手県から上陸して東北地方を横断(提供:ウェザーマップ)
今月12日(月) 台風5号が岩手県から上陸して東北地方を横断(提供:ウェザーマップ)

また東北地方に限らなかった場合でも適中率は低く、気象庁長官が「検証を進める」と会見で発言した報道もありました。

線状降水帯予測“的中率7%と低迷”検証進める考え 気象庁長官

通常の天気予報における、翌日の降水の有無に関する適中率が約80%、1週間先の予報であっても60~70%という現代の天気予報技術において、この適中率7%という精度は決して楽観視していいものではないと思います。

※NHKの記事では「的中」と書かれていますが気象庁においては「適中」を使うのが一般的とされています

そもそも予測が難しいのが線状降水帯

線状降水帯というものは、近年急にメディアに取り上げられるようになりましたが現象としては昔からあるもので、例えば1983年7月22日~23日に島根県で発生した例などは私が持っているレベルの気象学の教科書にも載っています。

最も典型的なメカニズムとしては、梅雨期に暖かく湿った空気が流れ込み、なおかつ大気下層で異なる方向からの風がぶつかることで積乱雲が次々と発生して同じような場所に流れ込み続けるため豪雨をもたらす、というものです。ただこの風のぶつかり合いがどこで起こるのか、どの程度その状態が維持されるのかを正確に予測することが難しいために現代のコンピューターでも予測が困難なものの1つとして知られており、気象庁のHPの「予報が難しい現象」にも堂々と入っています。

線状降水帯が発生するメカニズム(気象庁HPより)
線状降水帯が発生するメカニズム(気象庁HPより)

もちろん困難だからと言って手をこまねいているだけでは防災になりません。見逃してしまうと大災害に繋がりかねないためその危険性を察知することは重要です。ただあまりに精度が低い「予測情報」を今の頻度で出し続けることにも私は危機感を抱いています。気象庁長官も発言していたように、いわゆる「オオカミ少年」状態になってしまい、万が一情報が発表されても「あぁ、また出たのね。でも当たらないから大丈夫でしょう。」と受け取られかねませんし、ひいては他の防災情報に対する信用も下がってしまう可能性があります。

もちろん世の中の人がみな「いい方に外れてくれてよかった。でも次も備えよう。」という意識を持っているならばただの杞憂に終わるのですが、現在の精度を鑑みると発表方法には工夫をした方がいいと私は思っています。

予測情報に確度の導入を

気象庁の発表する天気予報は、例えば翌日の予報に関しては「曇り時々雨」のように単一の予報(決定論的予報)となっていますが、1か月予報は「気温の高い確率○%、平年並みの確率○%、低い確率○%」と確率表示になっています。これは1か月間もの予報を単一の答えとして出すことが技術的に難しいためでアンサンブル予報という手法を用いています。コンピューターに複数の初期値を与えて計算をさせ、その計算結果からそれぞれの現象が起こる確率を計算するものです。

15日(木)気象庁発表の1か月予報 降水量が平年と比較して多いか少ないかを確率で予測し発表している(提供:ウェザーマップ)
15日(木)気象庁発表の1か月予報 降水量が平年と比較して多いか少ないかを確率で予測し発表している(提供:ウェザーマップ)

もっと身近なところで言えば、普段よく目にする週間予報においてもこのアンサンブル予報は導入されています。気象庁HPで週間予報を見ると「信頼度」というものがあります。これはその予報がどの程度信頼できるか、予報が変わりやすいか否かをA~Cの3段階で表しているもので、Cの場合には予報が変わる可能性が高いということを意味しています。

17日11時気象庁発表の週間予報 3日先以降の予報に対しては信頼度が付されている(気象庁HPのものを筆者加工)
17日11時気象庁発表の週間予報 3日先以降の予報に対しては信頼度が付されている(気象庁HPのものを筆者加工)

私はこうした確度を線状降水帯の予測情報に対しても付随して発表すればいいのではないかと思っています。現状の「線状降水帯予測情報」も、上述したアンサンブル予報を用いて予測・発表されています。であるならば今のような「0か100か」ではなく、例えば「確度Cだけど平時よりは可能性がある」や「確度Aの高い確率で線状降水帯の発生する可能性がある」といった具合です。確度を導入することによって、情報を受け取る側も「最悪の事態を想定して大雨に備える」から「今すぐに安全な場所に避難する」まで、より柔軟な対応ができるようになるのではないでしょうか。

ただし、ただでさえ複雑難解な気象庁の情報がさらに複雑になるというデメリットもあり、また他の注意報や警報などが形骸化するという懸念もあるため、他の情報とのバランスを取る必要はあるでしょう。

情報を扱うメディアも正しい知識と倫理観を

またこの線状降水帯に関しては、それを報じるメディアの側にも責任はあると私は思っています。なぜ気象庁が線状降水帯に関する情報を発表しているかと言えば、それはメディアが大々的に取り上げるからというのも一因ではないかと思っています。

2020年に発生した令和2年7月豪雨では夜間に東シナ海で線状降水帯が発生。熊本県が記録的大雨に見舞われ球磨川が氾濫するという大災害になりました。それ以来メディアは「線状降水帯」という言葉に注目をするようになり、そしてそれに応えようとして気象庁も発生情報(顕著な大雨に関する気象情報)や予測情報の運用を始めたと私は感じています。

球磨川が氾濫した翌年の令和3年6月から「顕著な大雨に関する気象情報」の運用を開始し、その翌年からは「線状降水帯予測情報」の運用開始。そして今年からは予測範囲を都道府県単位に絞る、と一挙にその情報発表体制を拡大させてきました。

ただ予測精度に関しては上述した通りですし、またメディア側の人間が線状降水帯のメカニズムやその予測の難しさをどれだけ理解しているのかは疑問です。

また大雨をもたらすシステムは線状降水帯以外にも無数にあります。例えば昨年7月に秋田県が大雨になった際は線状降水帯は発生していませんし記録的短時間大雨情報が発表されるようなこともありませんでした。そうした中でも秋田市内で大規模な冠水が発生するなどの被害は発生しています。

2023年7月15日のレーダー 秋田県では、記録的短時間大雨情報も顕著な大雨に関する気象情報も発表されなかったが仁別では一日に300ミリを超える記録的大雨になった(提供:ウェザーマップ)
2023年7月15日のレーダー 秋田県では、記録的短時間大雨情報も顕著な大雨に関する気象情報も発表されなかったが仁別では一日に300ミリを超える記録的大雨になった(提供:ウェザーマップ)

本来であれば線状降水帯「だけ」に執着して大々的に報じることにはあまり意味はないはずです。少なくとも「最悪の可能性を考慮して報じる」のと「最悪の可能性しか伝えない」のでは全く異なります。

情報を伝える側も「いい方に外れたからよかった」と思うのではなく、現状の予測精度に沿った報道の仕方をしていくべきではないでしょうか。

気象予報士 / ウェザーマップ所属

東京都出身。大学卒業後、会社員やフリーターなどを経て、2012年に気象予報士を取得。2015年からミヤギテレビにて気象キャスターとして出演中。趣味はバイクに乗ること、目標は「宮城の天気と言えばこの人!」と言われること。南東北の北東から、天気の怖さと面白さをお伝えします。

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