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直近8試合の観衆41万人。国立競技場はサッカーなしでは稼働しない。世界陸上終了後、球技場に改修すべし

杉山茂樹スポーツライター
写真:Shigeki SUGIYAMA

 こけら落としは2020年1月1日に行われた天皇杯決勝。ヴィッセル神戸対鹿島アントラーズだった。それから3年と8ヶ月が経過したいま、新国立競技場と頭に「新」を付ける人は少数派だ。首都圏在住のサッカーファンならば1度ぐらい足を運んだことはあるのではと言いたくなるほど、この夏これまで国立競技場は以下のように多くのサッカー観戦者を集めてきた。

・神戸対バルセロナ(6/6・国際親善試合)=47335人

・町田対東京V(7/9・J2リーグ)=38402人

・清水対千葉(7/14・J2リーグ)=47628人

・横浜FM対マンチェスター・シティ(7/23・国際親善試合)=61618人

・バイエルン対マンチェスターシティ(7/26・国際親善試合)=65049人

・川崎対バイエルン(7/29・国際親善試合)=45289人

・パリ・サンジェルマン対インテル(8/1・国際親善試合)=50139人

・名古屋対新潟(8/5・J1リーグ)=57058人

 ちなみに清水対千葉戦の入場者数47628人はJ2リーグの新記録。バイエルン対マンチェスター・シティ戦の65049人は、ラグビーの日本対ニュジーランド戦(2022年10月)の65188人にわずか139人及ばない、国立競技場で行われたスポーツイベントとしては2番目の記録となる入りだった。

 全8試合の合計入場者は412518人を数える。1試合平均51565人。Jリーグの試合には1試合につき1万枚程度、招待券が配られたとのことなので、若干割り引いて考える必要があるが、J2の試合でもそれなりに埋まるという事実に、国立競技場とサッカーの親和性を見ることができる。

写真:Shigeki SUGIYAMA
写真:Shigeki SUGIYAMA

 ちなみに横浜FMはマンチェスター・シティ戦の4日前(7月19日)、横浜国際日産スタジアムでセルティックと対戦している。元横浜FMの前田大然、岩田智輝にとっては凱旋試合となるので、スタンドはそれなりに膨れあがるものと思われた。ところが入場者は20263人に留まった。

 セルティックはスコットランドのチャンピオンチームではあるが、マンチェスター・シティ、バイエルン、PSG、インテルらに比べると実力的に1枚も2枚も劣る。2万人というその数は妥当に見える。だが、舞台が国立競技場だったらどうだったか。話は違っていたと思う。倍の4万人に十分届いていたと筆者は見る。

 セルティックはこの横浜FMと戦った3日後、パナソニックスタジアム吹田に移動。ガンバ大阪と対戦した。観客は12482人。定員4万のスタンドの3分の2以上が空席で占められたことになる。

 吹田と横浜国際日産を国立競技場と比較したとき、最大の違いはロケーションにある。吹田、横浜が町外れのアクセスの悪い場所にあるのに対し、国立競技場は首都東京のド真ん中にある。最寄り駅の数も片手では収まらない。代々木はもちろん新宿、原宿も徒歩圏内。渋谷も歩けない距離ではない。観戦の前後に予定を効率よく組み込むことができる。スポーツツーリズムにこれほど適したスタジアムも珍しい。

 世界に誇れる点であることも忘れてはならない。国立競技場を立地条件で上回るスタジアムは、世界広しと言えどザラにない。断トツの世界一とはスタジアム評論家を自負する筆者の見解である。 

写真:Shigeki SUGIYAMA
写真:Shigeki SUGIYAMA

 かといって繁華街にあるわけでもない。背後に明治神宮外苑の杜が控える閑静な一角だ。その悠揚迫らざるムードも国立競技場の魅力に拍車を掛けている。現在、周辺地区の再開発を血眼になって推し進めようとしている人がいるが、世界的に見ても希な空間だという、その本質的な魅力に彼らは気付けていないのだろう。

 それはともかく、国立競技場はトラック付きの陸上競技場だ。サッカー専用の吹田には眺望で劣る。座席の前後の間隔が著しく狭いとか、とりわけ女子トイレの数が不足しているとか、スタンドを覆う屋根が重たそうに見えるとか、記者会見場など内部施設に問題が目立つとか、観客席のカラーリングがいささか辛気くさいとか、注文をつけたくなる箇所は山ほどある。しかしサッカー観戦者にとって最大の憂鬱は、ピッチとスタンドを隔てる陸上トラックになる。

 当初、国立競技場は五輪終了後、8万人収容の球技場に改修される予定だった。ところが計画は頓挫。2025年に陸上の世界選手権を開催することになったことも一因だと聞く。だがその期間は僅か9日間だ。

 陸上競技が日常的に国立競技場を満足に活用できているなら問題ない。スタンドを多くの観衆が埋める競技会などがコンスタントに行われているならいざ知らず、実際は集客が見込めない無観客同然の状態で行われるイベントが大半を占める。68000人収容のスタンドは無用の長物と化している。昨年開催されたセイコーゴールデングランプリ、日本陸上競技選手権10000mにしても、観客席はガラガラだった。

 サッカー7割、ラグビー2割、その他1割。これがスタンドを埋める観客の実際の割合だ。国立競技場が集客力の高いサッカーなしにやっていけないことはハッキリしている。球技場への改修には十分な必然性がある。

写真:Shigeki SUGIYAMA
写真:Shigeki SUGIYAMA

 設計者である隈研吾氏の著書「なぜぼくが新国立競技場をつくるのか」(日経BP社)によれば、8万人収容の球技場に変更する場合、32段ある1階席の現状を8段伸ばし40段にすると記されていた。1階席の傾斜角は現在20度なので、この設計に従えば10度台に低下することは確実だ。

 それは前述の横浜国際日産スタジアムに匹敵する数字である。1階席の傾斜角は17度。そこに位置する記者席からの眺めは最悪だ。世界的な大規模スタジアムで、横浜国際日産ほど観戦環境が悪いスタジアムは存在しない。

 横浜と同程度の傾斜角なら、ピッチが近くなっても視角はよくならない。サッカー観戦にとって重要な俯瞰の目が利かないことになる。となれば、わざわざ球技場に改修する必要はなくなる。改修するならばピッチを掘り下げ、観戦に相応しい眺望を維持しなければならない。

 それぐらいのことをする価値はある。国立競技場にとって一番のドル箱がサッカーであることは、412518人という直近8試合の合計入場者数が端的に物語っている。2025年の世界陸上終了後、直ちに方向転換を図って欲しいものである。 

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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