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井岡一翔を下した2冠チャンピオンの底力

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
Photo 山口裕朗

 井岡一翔を下してWBA/IBF統一スーパーフライ級チャンピオンとなったフェルナンド マルティネスは、アルゼンチン、ブエノスアイレス州アベジャネーダで育った。12人きょうだいの7番目。

 父親、アベルの奨めで、マルティネスは6歳の時にボクシングジムの門を潜る。その後11歳でアマチュア選手としてのキャリアをスタートした。

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 マルティネスは朝食後に、まず90分間のトレーニング、そしてランチを摂って、昼寝。午後は2時間のトレーニング。次におやつ、そして寝る前に夕食というルーティーンを週に6度こなした。

 2冠王者は振り返る。

 「父をはじめ、家族全員がボクシングファンでした。私たちはいつもボクシング観戦をしていたんです。マイク・タイソンを目にして、彼のようになりたいと思いました」

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 しかし、マルティネスが2016年のリオデジャネイロ五輪に出場する数カ月前、父のアベルは天に召される。父の死により、後の世界チャンプは鬱病を患い、アルコール依存という負のスパイラルに陥る。が、立ち直り、AIBAのワールド・ボクシング・シリーズに出場するアルゼンチン代表となった。

 マルティネスは言う。

「試合後のポーズは、両腕に入れた父と母のタトゥーを強調したいからです。世界中の人々に私を育ててくれた両親を見てもらいたい。私の行為は、すべて彼らのためなのです」

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 マルティネスの祖国、アルゼンチンは、言わずと知れたサッカー王国だ。あのディエゴ・マラドーナや、バロンドールを8度受賞中で、コパアメリカ連覇に向かっているリオネル・メッシを輩出した国だ。

 現在、そのメッシは米国MLS(メジャー・リーグ・サッカー)で活躍しているが、マルティネスは計量時に、メッシのユニフォームを着て会場に現れた。また、陣営はマラドーナが在籍し、心から愛したボカ・ジュニアーズのユニフォーム姿でIBFチャンプに声援を送った。

  アルゼンチンのサッカー界は、ボカ・ジュニアーズとリバー・プレートが2大クラブである。共にブエノスアイレスをフランチャイズとするが、歴史を鑑みれば中級より上の階層がリーベルを、貧困層がボカのファンとなる傾向がある。

 ボカの旗を振りながら、マルティネスの勝利を望むアルゼンチンファンや、側近たちに「なぜ、チャンピオンはリーベルじゃなく、ボカを支持するの?」と訊くと、「ボカのエリアで育ったからさ。だからハングリーなんだよ」という答えが返ってきた。

Photo 山口裕朗
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 マルティネスは大振りのフックを繰り返しながらも、休まずに手を出し、井岡のバランスを崩すことでポイントを稼いだ。その様は、多くのアルゼンチン人トップ選手と同様に、貧しさから這い上がって来た闘志を感じさせた。

 さて、2冠王者となったマルティネスは、明日のコパアメリカ決勝を、どんな気持ちで見詰めるのだろうか。

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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