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全米で話題の「MVPマシーン」を「マネーボール」らと読み比べる 何が画期的だったのか?

豊浦彰太郎Baseball Writer
トレバー・バウアーは実質的なこの本の主人公だ(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

全米の野球ファンの間で話題になった「The MVP Machine」を読んだ。「マネーボール」などの過去のベストセラーとの対比し、野球界の進化を考察してみたい。

MLBのトレンドを象徴する「MVPマシーン」

「The MVP Machine」(以下、MVPマシーン)を読んだ。トラビス・ソーチックとベン・リンドバーグの共作である本書は、昨年6月アメリカで発売されると、野球モノとしては「マネーボール」以降最大の反響を呼んだ。

MVPマシーンは通勤時間をメインにスマホで読んだ
MVPマシーンは通勤時間をメインにスマホで読んだ

内容は、物理・科学オタクの努力型投手トレバー・バウアーや、データ分析や最先端技術の採用で球界をリードするアストロズ(その後それは行き過ぎ、デジタル機器を駆使したサイン盗みに手を染め、処罰と総スカンを食ったが)を題材に、トレーニングや育成、編成における革命が球界で進みつつある様子を紹介している。

この本は、昨年12月にオフの読書アイテムとしてkindle版をアマゾンで購入した。電子書籍にしたのは、通勤の満員電車(当時、新型コロナ禍は夢想だにしていなかった)の中でも読み易いようにという思いもあったのだけれど、最大の理由はこれなら辞書機能付きなので、ぼく程度の英語読解力でも何とか読みこなすことができるからだ。

オフの読書なので、本来はスプリングトレーニングが始まる2月中旬までに読み終えるつもりだったが、結果的には4月上旬まで掛かってしまった。それでも、新型コロナウィルス感染症の蔓延で、大幅に遅れた開幕は未だに目処が立っていない状況なので、結果的にオフに読み終えてしまったことになる。

MVPマシーンで述べられている野球理論の変化や進化は、数十年ほど時代を遡り当時からの似通ったテーマの本と読み比べてみるとよく理解できる。

セイバー浸透までの行程

セイバーメトリクスの父、ビル・ジェームズが初版を1977年に出版した「Baseball Abstracts」(邦訳は残念ながら出版されていない)は、80年代に入るとようやく一部の熱心なファンに注目されるようになった。彼はもともと野球好きの警備員で、統計学を専門的に学んだわけではないが、歴史や選手を徹底的に数字で評価しようとした。その中でも、最も後年に大きな影響を及ぼしたもののひとつが出塁率の重視だ。しかし、球界関係者からはこの時点でもソッポを向かれたままだった。

「セイバーの父」ジェームズの普及の名作だ
「セイバーの父」ジェームズの普及の名作だ

1990年には、ジョージ・F・ウィルの佳作「Men at Work」(邦訳:野球術)が発売された。著者による多くのトッププレーヤーらへのインタビューで構成されているこの本は、ピッチング、バッティング、フィールディング、そして監督のマネジメントを論じているのだけれど、そこに科学はほぼない。心理的な勝負のあやだったり、名人のみが知覚し得る匠の感覚などの定性的な情報が延々と述べられている。時代はまだ、客間的な数値よりも主観的な感覚や経験を支持していたのだ。

全てが定性的に語られている野球術、古き良き時代の作品だ
全てが定性的に語られている野球術、古き良き時代の作品だ

「マネーボール」とは何だったのか

ジェームズが提起した思想を取り入れチーム編成・強化を図ったのが、1997年にオークランド・アスレチックスのGMに就任したビリー・ビーンだ。彼とその右腕であるGM補佐ポール・デポデスタの活躍をマイケル・ルイスが描いた「Moneyball」(邦訳はなぜかマネー・ボールとナカグロが入るが、ここではマネーボールと表記したい)は、2003年に発売されベストセラーになり、その後映画化もされた。

この本は年度も読み直す過程でカバーを失くしてしまった
この本は年度も読み直す過程でカバーを失くしてしまった

マネーボールはその後データ重視の編成・戦術の代名詞的となったが、作品としてのマネーボールにはいくつかのポイントがあった。まずは、四球重視、盗塁や犠打の回避、ドラフト指名では高校生投手は避けるなどの徹底的な効率重視だ。

そして総合的に優れていなくても、出塁率の高さのような、隠れた一芸に秀でた選手を安く集めることにより、ビーンは低予算球団でありながら、ヤンキースのような金満球団に伍して戦えるチームを作り上げたのだけれど、その考え方の根底には「選手は成長しない」「現状を是として受け入れる」という発想がある。

また、データ重視は、逆に言えば数字に表すことができない「スカウトの直感」の排除でもあった。この本においては、ドラフト会議で、まともに野球をやったことがないハーバード大卒の数字オタクであるデポデスタの理論が現場で長年活躍してきたオールドスクール派のスカウト達を戦略面ではある意味駆逐する場面も印象的だった。

「歩み寄り」を描いた「ビッグデータ・ベースボール」

マネーボール出版から12年後の2015年、トラビス・ソーチックの「ビッグデータ・ベースボール」(邦訳あり)が出る。プレーオフから長年遠ざかっているパイレーツが、他球団からは見過ごされている「守備」に着目し、極端なシフトや捕手のフレーミングにより総失点を減少させ、20年ぶりにポストシーズンに返り咲く様を描いている。マネーボールでの四球重視が守備シフトやフレーミングに置き換わったとも言える。

この本もスマホで読んだ
この本もスマホで読んだ

しかし、この本は、マネーボールには欠落していた重要なテーマを取り上げていた。

それは、セイバー派対現場派という対立構造ではなく、相互理解、歩み寄りだ。経験重視の現場派の代表格であるクリント・ハードル監督が、球団が新たに雇用したデータ分析担当者や彼らの提案に対し、最初は拒否反応を示しながらもチームの勝利のため徐々に心を開いていく。また、セイバー派も現場主義者の知識や理論の欠如をあげつらうのではなく、積極的に彼らの中に入り込もうと努力する様が描かれている。この本はいわば、チームワークの物語でもあった。

そして本書だ。

「MVPマシーン」が画期的な理由

MVPマシーンでは、「育成」が重要なテーマだ。マネーボールでの「メジャーリーガーは完成品であり、成長はしない」という思想に異を唱えているのである。そして、その育成には最先端の電子デバイスが使用され、肉眼では到底確認できなかった打球の初速や角度、投球の回転率がしっかり計測され、それが分析なり指導の重要なツールとして活用されるのである。したがって、肉体的には本来老化を示し始める年齢に達した選手であっても、化けるケースが紹介されている。

その「化ける」にも説明が必要だ。それを実現するのは、特打に明け暮れたとか、血へどを吐くまで体を苛め抜いた、などの空虚な特訓ではない。理論的で合理的なトレーニングであり、そのために最先端の計測機器や全く新しい発想の理論が必要なのだ。

この本の実質的な主人公であるトレバー・バウアーは、従来投手に厳禁とされていた遠投などの一風変わった練習方法を取り入れていることでも有名だが、彼の言葉を借りるなら、「理論に裏打ちされていない手法は採用しない」のだ。意味不明な千本ノックでは技術は向上しないのだ。しかし、MVPマシーンがユニークなのは、「電子、物理、解析」だけではなく、精神論を科学的に支持している点にある。いや、心理学と言ったほうが良いかもしれない。生まれ持った資質、科学的で理論的な分析とトレーニングなどと同様に、本人の成功への飽くなき執念や前向きな姿勢がいかに大切かを、情緒的にではなく科学的に学術的に解説し支持しているのだ。

そして、この本が紹介している重要な球界の動きがある。それは、フロントと現場のギャップを埋める役割の人材の登用だ。前述の通り、マネーボールではフロントの分析担当者と現場は対立関係にあった。ビッグデータ・ベースボールで描き出した世界では、両派が歩み寄ろうとする努力を見せた。そして、MVPマシーンは、両者の橋渡しを務めるポストを各球団が設定する流れを紹介している。

それは、例えば元ロイヤルズのローテーション投手で、若くして引退した後はレッドソックスのデータ分析ダイレクターに転身したブライアン・バニスター(2011年に読売ジャイアンツと契約も、その後の3.11震災と福島原発危機で帰国した)であり、スタンフォード大出身のインテリで、外野手としてのメジャーキャリアを終えた後にはフィリーズでインフォメーション・コーディネーターに就任したサム・ファルドなどのインテリ系元選手だったりする。この動きは、球界の進歩、進化とともに、フロントと現場の相互理解がいかに難しいのかも示していると言えるだろう。このことがMVPマシーンで取り上げられたことは偶然ではない。すでにお気づきだろうが、2人の著者のうちの1人、ソーチックはビッグデータ・ベースボールの著者でもあるのだ。

学び続けねばならない

球界の最先端を描き出しているMVPマシーンはとても画期的なのだけれど、これもいわばその前段であるビッグデータ・ベースボールがあってこそだし、それもマネーボールがあればこそだ。その亜流であり、アンチテーゼであり、発展型なのだ。その意味では、マネーボール的ムーブメントとその本が、いかに画期的であったかを改めて認識させてくれたのが本書だと言えよう。

MVPマシーンだけでなく、その源流のマネーボール、さらにその前世代である野球術まで遡って読み直してみることで改めて感じるのは、野球は進化しているということだ。選手の体格、体力、技術、そして戦術、それらを包括する理論も少しずつ確実に進化している。

先日、旧知のジャーナリストと食事を共にした(3月上旬で、外出自粛が求められる前のことだ、念のため)。彼が言うには、今年渡米したある日本人選手は「フォーシーム・ファストボールが多いことに驚いた」という。その選手は「メジャーの主流は動くツーシーム」というイメージを持っていたということなのだが、それはせいぜい5年前までのことだ。そして、現在再評価されている高めへのフォーシームの多用も、そう遠くない将来に衰退するだろう。新しい投球理論に裏打ちされた投球パターンにとって変わられるのだ。

指導者も、メディアも、そしておそらくファンも、日々学んでいかなけれなならない。

今回紹介した著者所有の野球本
今回紹介した著者所有の野球本
Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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