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LGBT理解増進法成立後の課題 トイレのあり方を変える必要はあるのか?

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:イメージマート)

LGBT理解増進法が成立した。超党派「LGBTに関する課題を考える議員連盟」は7月25日に開いた総会において、性同一性障害の経済産業省職員に対するトイレの使用制限を巡る訴訟で、最高裁が使用制限を違法とした判決を出したことを受けて、「公共トイレのあり方も議論すべきだ」といった意見が出たという(LGBT議連「公共トイレも議論を」法成立で総会)。

1.理念法はこれまでの女性スペースの利用をまったく変えない、はずでは?

正直に言えば驚いている。まず、国会では何度も女風呂、女性トイレ等の女性スペースの使用について確認された。それは、共産党の田村智子議員が、「私は衆議院での会議録も読みましたけれども、……女性トイレの問題ばっかりでしたよ。女性スペースの問題ばっかりでしたよ」と本来のLGBT(Q+)についての議論がなされないことを憤るほどだった。

参議院の内閣委員会でも、自民党の有村治子議員に質問に答えるかたちで、

この法案は理念法であります。何か個別具体的なものを取り決めたり、定義をしたりということではございません。

 そして、お尋ねの、この女性用の施設等の利用の在り方を変えるようなものではない、そういったことは想定をしておりません。

 そして、社会生活の上では、そもそもこの法案におきましても、憲法十四条の下で差別は禁止されている一方で、合理的な区別として、戸籍上の性別ないしは身体的な特徴によって判断されるこの男女の性別に基づき御指摘のような施設が区分される、この秩序が設けられているわけであります。本法案は、こうした合理的な男女という性別に基づく施設の利用の在り方を変えようというものではございませんし、マジョリティーの女性の権利や女性スペースの侵害は許されないことは当然だと、このように考えております。

ということは改めて確認されている。

つまり、第一に、風呂やトイレといった女性スペースは「(戸籍上の性別ないし)身体的な特徴によって判断される性別」によって区分されること、第二に、この法律の成立によって従来の施設の利用はまったく変わらないというのである。

しかし確かにLGBT理解増進法は「理念法」であり、その法律は女性スペースのあり方を変更するものではないが、そこに盛り込まれている基本計画や指針の策定において、これまでの議論をひっくり返すことは可能であるとしたら、まさに詭弁以外のなんであろうか

ぜひこのような発言をした議員の名前を知りたいと思う。そうでなくても、女性スペースの利用が変わるということは「デマ」「偏見」「差別扇動」と批判されてきたのに、そのデマを実現させようというのであるのだから。

2.経産省のトイレの裁判は、一般のトイレの利用には関係ないことである。

その根拠として、経産省のトイレの利用にかんしての判決が持ち出されたのも、驚くべきことだ。経産省の裁判は、性同一性障害という診断を受け、性別適合手術を受けて戸籍の性別も変更する予定だった性同一性障害の「女性」が、原告である。長い間経産省において「女性」として勤務してきており、実際に女性トイレを利用してきた原告が、特定のトイレの利用を禁じられたことの是非をめぐってのものである。

不幸にして、原告が希望していた性別適合手術が健康上の理由でできなくなり、戸籍変更はかなわなかった。しかしこれは基本的に、「性同一性障害」の方の特定の女性トイレの利用をめぐる裁判であった。

裁判長も、「トイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない」と補足意見で改めて念を押している。それを根拠として、「公共トイレのあり方」を変えようとするならば、事実誤認もいいところである。

この法案の成立過程では、当事者を含むほとんどすべてのひとがこの法案に反対し、大きな亀裂を生んだ。ほとんど議論の時間すら、取られなかった。そのなかで確認されたことぐらいは、最低限守る必要があるのではないか。当事者を置き去りにし、これ以上の亀裂が広がることを懸念している。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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