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もはや修復不可能な領域に入った分裂国家アメリカの現実:バイデン政権誕生で亀裂はさらに拡大へ

中岡望ジャーナリスト
大統領令に署名するバイデン大統領(写真:ロイター/アフロ)

アメリカの現実を示す2つの文章

 最初に2つの文章を紹介する。ひとつはバイデン大統領の就任演説である。もうひとつは2月3日付けのCNNの「ニュースレター」の文章である。

 1月20日、大統領就任式でバイデン大統領は次のような演説をした。「アメリカを再び統一しよう。国民を統一しよう。我が国を統一しよう。私は、この大義のために私に協力するよう全てのアメリカ人に訴える。私たちが直面する共通の敵である怒り、憤り、憎しみ、過激主義、無法、暴力、絶望、無職、希望の喪失と戦うために統一しよう。統一によって私たちは偉大なことを成し遂げることができる」と、分裂する社会の統一を訴えた。演説のなかで繰り返し、「統一(Unity)」という言葉を使った。そして、直面する危機に対応するために、大恐慌の中でフランクリン・ルーズベルト大統領が採用したニューディール政策に匹敵する大規模な政策を迅速に行うと、アメリカ国民に約束した。

 バイデン政権が誕生して2週間が経った。大胆かつ迅速な政策の実施を目指し、就任当日、歴代大統領で最多の大統領令に署名した。そして1兆9000億ドルの「アメリカ救済計画」を発表した。

 そんな時にCNNのニュースレター(筆者はStephen CollisonとCailin Hu)が届いた。そのニュースレターは極めて冷徹な目でバイデン大統領が直面する現実を分析している。ニュースレターに書かれている内容の一部を紹介する。「民主党が下院を支配し、上院の議席は50対50となる大接戦の選挙の後、政治家は、有権者は政党が協力し合うことを望んでいると言うものである。しかし分裂したアメリカの半分の人たちは、他の半分の人たちに向かって、彼らの価値観には耐えられないと言っている。共和党支持者は、バイデンの“統一”の呼びかけは、トランプの遺産をすべて放擲しており、空虚に響くと主張している。政治的な違いから毒を取り除こうというバイデン大統領の希望にも拘わらず、現代のワシントンの政治から得られる厳しい教訓は、新しい権力を最も有効に使う方法は敵に手を差し伸べることではない。むしろ権力を失う前に、新しい権力を行使し、敵を捻りつぶすことだ」。

 これは時代を超えた、まさにマキアベリ的政治の現実であり、アメリカに限らず、世界の政治の現実でもある。理想主義は喝采され、現実主義は嫌われる。違った世界観と倫理観を抱く政敵が手と手を取り合った国家統一に向かって努力する姿は美しいが、夢物語といっても過言ではない。そして既にアメリカ政治では「統一」の呼びかけを嘲笑するような事態が進んでいる。

政権交代は「無血クーデター」である

 アメリカの政権交代は「無血クーデター」である。新政権の最初の課題は、CNNのニュースレターに指摘されているように、前政権のすべて否定するところから始まる。バイデン大統領は就任式が済むとすぐホワイトハウスの大統領執務室に向かった。そして16本の大統領令に署名した(正確には大統領令と大統領宣言、大統領覚書を含めた数。これは法的にはいずれも同じ効力を持つ)。その多くはトランプ政権の下で出された大統領令を無効にするものである。共和党支持者が支持してきたトランプ大統領の政策と遺産はことごとく否定された。

 前政権の政策を覆す行為はバイデン大統領に限ったことではない。クリントン大統領も、ブッシュ大統領も、オバマ大統領も、トランプ大統領もすべて最初の政策は大統領令を発令して、前政権の政策を全て否定するところから始まっている。CNNのニュースレターに沿っていえば、反対者にとって「前政権の政策を全否定しておいて何が統一だ」ということになる。勝負の決着が付けば、敵愾心を捨て、ともに手を取り合うというノーサイドの精神は、スポーツの世界での話であり、政治の世界では夢物語に過ぎない。

 「無血クーデター」といわれる理由はもう一つある。それは日本では考えられない人事が行われるからだ。大統領が閣僚だけでなく、各省の幹部クラスを任命するのがアメリカ政治の慣行である。そうした人たちは政治任命スタッフ(political appointee)と呼ばれ、その数は4000名を超える。以前、筆者は、政権交代期にワシントンに滞在していたことがある。現地の人が、政権交代で一気にアパートの空室が増えたと話していたのを思い出す。新しい政治任命スタッフがやがて空室を埋めることになる。政府にポストを得て、将来の出世の機会を狙っている野心家がワシントンに集まってくる。

 政治任命スタッフ人事は議会の承認が必要である。前任の大統領は退任に当たって政治任命スタッフに辞表を書くように求める。今回、トランプ大統領は選挙で不正が行われたと主張し、政治任命のスタッフに「辞表を書くな」と指示していた。最終的には政治任命スタッフはすべて辞表を提出し、バイデン大統領が指名するスタッフに業務が引き継がれた。アメリカには官僚の“中立性”は存在しない。民主党政権になれば、民主党を支持するリベラル派の人々が政府の要職に就く。ただキャリアと呼ばれる職業官僚は政権の移行に関係なく職務を継続する。政治任命スタッフの役割は大統領の政策を実現することである。大統領の意に反する行為をすればたちどころに解任される。それは閣僚も政治任命スタッフも変わりはない。

 アメリカのリベラル派と保守派の抱く世界観と倫理観はまったく異なっている。したがって政権移行は政策の劇的な変更を意味する。世界観、倫理観の相違が政策に直接反映される。たとえばリベラル派と保守派の移民政策は全く異なり、両者の間での“妥協点”は皆無といって良い。福祉政策に関する相違も決定的に違っている。リベラル派が思い描く世界と保守派が思い描く世界は全く別の世界なのである。バイデン大統領は就任演説の中で「アメリカを分断している力は根深く、現実のものである。それは目新しいことではない」と語っているように、一朝一夕で埋まるような分断ではない。

試される合意重視のバイデン大統領の約束:ユタ州の国定史跡を巡る対立

 大統領令の中にほとんどの人が気づかない項目がある。それはユタ州にある「グランド・ステアケース・エスカレンテ国定史跡とベアーズエアー国定史跡」に関する大統領令である。同国定史跡はグランドキャニオンに匹敵する自然豊かな峡谷で、様々な遺跡が残されている。大統領令は、内務省に同国定公園の境界と状況に関する見直しを指示している。トランプ大統領はベアーズエアー国定史跡を3つの地域に分割する大統領令を出している。それは同国定史跡を縮小し、運営を効率化する狙いがあった。同国定史跡には多くの貴重な遺物が存在し、極めて価値が高いと同時に、多くの人々が訪れる観光地でもある。バイデン大統領の大統領令は、同国定史跡を当初の状況に回復する狙いがある。クリントン大統領もオバマ大統領も、同国定史跡の保護を主張していた。自然の保護か開発かという対立でもある。

 この大統領令に異議を唱えたのがユタ州出身の連邦議員である。大統領令が出た直後の20日に共和党の穏健派のミット・ロムニー上院議員を代表にマイク・リー上院議員、クリス・スティワート下院議員、ジョン・クルス下院議員などに加え、スペンサー・コック州知事などが声明を発表した。同声明はバイデン大統領が発令した大統領令に反対するものである。

 その声明には「過去25年間、ユタ州は分裂を招き、論争を呼んできた一方的な史跡決定の中心地であった」と、大統領が替わるたびに政府が一方的に史跡に関する決定を行い、政治的争いの原因となってきたと指摘している。そして「ユタ州の国定史跡、特にグランド・ステアケース・エスカレンテ国定遺跡とベアーズ・エアー国定史跡に関する政治的な争いに対して協力的で広範な支持を得られる解決策を心から願っている」と書き、「バイデン大統領は選挙運動中、統一を最優先とすると主張してきた。私たちは、恒久的な解決に向かって党派を超えて協力する準備ができている」と訴えている。要するに、バイデン大統領に「統一」のための「妥協」を求めたのである。

 これに対するバイデン大統領の対応はまだ出ていない。この問題はアメリカ政治全体から見れば小さいテーマであるが、バイデン大統領の「統一」の主張が試される最初の事例になることは間違いない。クリントン大統領やオバマ大統領の政策を継続する一方で、ユタ州出身の連邦議員や州知事の主張を受け入れることができるのだろうか。「統一」を実現するために、バイデン大統領はユタ州選出連邦議員やユタ州知事たちと協議に応じ、大統領令を修正するのだろうか。この問題は、自然保護に関するリベラル派と保守派の基本的な考え方の相違も反映している。小さい課題だが、バイデン大統領の“本質”と“言葉”が問われるケースでもある。

「アメリカ救済計画」を巡る民主党と共和党の亀裂

 上記の対立はユタ州という地域問題でもあり、全国的な関心を呼んではいない。しかしバイデン大統領の「統一」に対する本気度が試されている。大統領選挙でバイデン大統領は8126万票(51.3%)を獲得したが、トランプ大統領も7421万票(46.8%)獲得している。47%近い有権者の意向をどこまで尊重できるのか問われている。リベラル派を代表するメディア『The New Republic』誌は、1月29日付けで「バイデンの超党派の夢は既に終わった」という記事を掲載している。また政治誌『Roll Call』(1月27日)は「ジョー・バイデンへのメモ: 統一は単なる言葉以上のもの」という記事を掲載。そのサブタイトルは「大統領の初期の行動は合意形成という約束に合致していない」というものである。いずれも厳しい内容である。保守派のメディアではなく、リベラル派のメディアから出てきた指摘である。

 繰り返すが、バイデン大統領が発した大統領令はトランプ政権の全否定以外何者でもなく、共和党支持者に対する一片の配慮も見られない。だが、それが政治の現実であり、反対派の意見を忖度すれば、思い切った政治を行うことはできない。バイデン大統領は上院議員の経歴が長く、“合意形成”を模索する政治家として知られている。自らの上院での経験に基づき、上院で共和党との協調を実現すると語ってきた。だが、その上院で既に民主党と共和党の激しい権力闘争が始まっている。

 上院における最初の対立は、フィリバスター(議事妨害)を巡る争いである。国家的危機に直面するアメリカにとって、大規模な救済政策を迅速に講ずる必要性があるというのが、バイデン大統領の基本的な考え方である。一刻も猶予はできない。そのためには上院で超党派による法案可決が不可欠である。そこで上院民主党は上院共和党にフィリバスターを行使しないことを求めた。だが共和党のミッチ・マコネル院内総務は民主党の要求を拒否した。また民主党内にも党首脳の要求に同意しない上院議員もいる。その結果、両党の上院における運営協議の結果、フィリバスター制度が温存されることになった。共和党がフィリバスターを行使すれば、民主党は思ったように法案を可決できなくなる。

 フィリバスターは野党に与えられた抵抗権である。上院議員には発言時間の制限がない。議員は、法案に関係ない発言でも、無制限に発言を続けることができる。過去には、聖書や料理のレシピを読み続けて議事妨害を行った例がある。映画『スミス、都に行く』(1939年製作)は、若手上院議員がフィリバスターを使って悪徳上院議員を糾弾するという物語である。その際、若手議員は延々と演説を続ける場面がある。少数党にとってフィリバスターは極めて有効な抵抗手段である。フィリバスターによって法案が廃案に追い込まれた例は数多くある。特に最近、その数は急増している。

 フィリバスターに対抗する手段はある。それは「審議打ち切り・採決動議」を提出することだ。この動議を可決するには60票の賛成が必要となる。動議が可決されれば、法案は多数決で採択される。逆に言えば、60議員を確保しない限り、与党は思い通りに法案を可決することはできないのである。現在、上院の勢力は民主党50議席、共和党50議席となっている。票決が50対50になったとき、上院議長が最後の一票を投じることになる。上院議長は副大統領が務めるため、採決に持ち込めば、バイデン政権の思い通りに法案を可決することができる。だが、そのためにはフィリバスターを破らなければならない。だが現状の勢力では民主党は共和党の抵抗を打破するのは難しい。超党派による上院運営を目論んだバイデン大統領は大きな挫折を味わうことになった。

1兆9000億ドルの「アメリカ救済計画」の行方

 バイデン大統領はさらに厳しい選択を迫られている。バイデン大統領は、新型コロナウイルスで影響を受けた労働者や経営者などを救済する「アメリカ救済計画」を打ち出した。総額1兆9000億ドルに達する巨額の救済計画である。政策の柱は、新型コロナの影響を受けている年収7万5000ドル以下の個人と合算年収が25万ドル以下の夫婦に対して1400ドルの支援金を支払うというものである。総額予算は4650億ドルに達する。さらに9月まで週400ドルの失業保険給付を行うことになっている。

 だが共和党はアメリカ救済計画の反対の意向を示している。2月1日、10名の共和党議員がホワイトハウスを訪れ、バイデン大統領と2時間にわたって懇談した。その中で共和党議員は、予算規模の縮小を訴え、総額6000億ドルの対案を提出した。具体的には、支援支給対象を個人の場合は年収を5万ドル、夫婦の場合は10万ドルに引き下げると同時に、支給額を1000ドルにするというものである。さらに民主党の最大の選挙公約のひとつである、連邦最低賃金の時給15ドルへの引上げに対しても反対の意向を示したのである。

 10名の共和党議員はバイデン大統領との会談に先立って声明文を発表している。その中で「超党派と統一の精神にのっとり、私たちは既に新型コロナ支援法を制定し、超党派の支援で成立させてきた。私たちの提案は、大統領が主張している優先課題の多くを反映し、大統領の支援によって、私たちの提案が超党派の支持を得て迅速に議会で承認されると信じている。私たちは、大統領の統一への呼びかけを承認し、コロナ危機による健康、経済、社会に対する挑戦に立ち向かうために政府と誠心誠意協力することを望んでいる」と書かれている。

 共和党議員は、バイデン大統領に「本当に統一を願っているのか。議会を超党派で運営する気があるのか」と迫ったのである。統一を望むのであれば、バイデン大統領は妥協を模索すべきだというのが共和党議員の主張である。だがバイデン大統領と民主党は、共和党の要求を呑む気はまったくない。1兆9000億ドルの予算規模を6000億ドルに縮小するというのは、民主党にとって論外である。

 下院では民主党が多数派を占めるため、救済案は問題なく可決されるだろう。上院では、共和党は間違いなくフィリバスターを使って救済案の阻止を図るだろう。こうした状況の中で、民主党首脳は「財政調整法(Budget Reconciliation Act)」に基づき上院の審議の採決を過半数で行い、法案を成立させる道を選んだ。共和党の同意がなくても、単独でアメリカ救済計画の成立を図ると決めたのである。もはや上院ではバイデン大統領の「統一」による超党派による協調体制は望むことはできない状況である。今後も、バイデン政権と民主党は選挙で約束したリベラルな政策の実現に向けて突っ走るだろう。共和党は、フィリバスターを駆使して、その阻止を図るだろう。従来見られた議会の両極化はさらに激しいものになると予想される。

共和党が協調を拒否する理由

 共和党には別の思惑がある。それは2022年の中間選挙で民主党に勝てるという思惑である。それを願うなら、民主党に妥協して、共和党支持層の離反を招くのは得策ではない。民主党と徹底抗戦することで、中間選挙での勝利の可能性が高まることになる。またトランプ前大統領が去った後、共和党を指導する人物はまだ登場していない。あるいはトランプ前大統領が隠然たる影響力を持ち続けるかもしれない。バイデン政権や民主党に妥協することは、共和党が結集力を失い、混乱に陥る懸念もある。共和党指導部にとってバイデン大統領の「統一」の呼びかけに応じるわけにはいかない。さらに根本的な理由として、リベラル派の政策と保守派の政策は基本的に相容れない。そうした中で協調を語るのは夢物語である。

 バイデン大統領は、分裂するアメリカの統一を訴えかけた。多くのアメリカ人は、その訴えに共感を示した。だが現実の政策になると、そうした情緒的な訴えは何の価値も持たない。逆にバイデン大統領の「統一」の訴えは「言葉」だけに終わり、結果的にアメリカの分裂をさらに深刻なものにしてしまうかもしれない。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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