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米野球殿堂入り、今年は新しい指標の普及で価値が見直された者、球史に残る名場面の主役も

豊浦彰太郎Baseball Writer
後列の6人が今年の殿堂入りメンバーだ。(写真:Shutterstock/アフロ)

日本時間7月30日未明、ニューヨーク州クーパーズタウンで今年の野球殿堂入り記念式典が開催され、6人の元選手が晴れの殿堂入りを果たした。彼らの栄誉は、その生涯を越え野球が存続する限り、ここに展示されるプラークとともに語り継がれるのだ。

野球殿堂入りには2通りのルートがある。ひとつは、現役引退後5年以上経過した元選手を対象とする、全米野球記者協会(BBWAA)による投票で、もうひとつは、BBWAA経由での資格を失った選手に加え、監督や審判、経営者などもカバーする歴史委員会(英語表記は”Eras Committees”)による選出だ。後者は、「埋もれた偉人を掘り起こす」ことを目的としているが、カバーエリアが広すぎかつ候補者たちの時代背景も異なるため、1世紀以上の歴史を4つの時代に分けて一定の順番(均等ではない)で選出している。今回は、1970年から87年を対象とする「近代」(Modern Baseball)だった。殿堂入りには、BBWAA経由、歴史委員会経由とも投票資格を持つ者の75%からの得票(BBWAAは最大10名連記式で歴史委員会は同4名)が必要だ。

今回BBWAA経由では、スイッチヒッターでは歴代3位の468本塁打を放ったチッパー・ジョーンズ、歴代8位の通算本塁打612本を記録したジム・トーミ、史上2位の601セーブのトレバー・ホフマン、球宴選出9回の野生児ブラディミール・ゲレーロの4名が殿堂入りを果たした。彼らの選出は基本的には「順当」だ。ここに短く記した紹介のフレーズだけでそれは理解していただけると思う。ジョーンズとトーミは被投票資格を得た初年度で、ホフマンは3年目、ゲレーロは2年目だったことでも、「選ばれるべくして」ということが理解いただけると思う。

一方の歴史員会経由では、遊撃手として歴代8位のWAR(メジャー最低レベルの選手に比較しどれだけ勝利増に貢献したかを示す統計指標)70.4(Baseball-Referenceでのデータ)を記録したアラン・トランメルと1980年代最多勝利投手のジャック・モリスが選ばれた。彼らの選出に関しては、若干の議論の余地がある。それもそうだ。2人とも15年間(現在は10年)の有資格期間に規定の得票を集めることができず、いわば敗者復活戦に廻ったのだから。

1977年から96年までタイガース一筋にプレーしたトランメルはゴールドグラブ4度受賞の名遊撃手だ。しかし、タイトル獲得はなく、通算成績も2365安打、185本塁打、236盗塁とオールラウンドだが傑出してはいない。そのため、BBWAA経由での有資格期間も一貫して低空飛行で、得票率は最終の2016年の40%が最高とカスりもしなかった。しかし、前述の通り通算WARは同じ遊撃手で2012年選出のバリー・ラーキンの70.2を上回るなど秀逸だ。今回の栄誉は近年のセイバー的価値観普及の賜物だろう。

モリスは、1980年代最多の162勝を誇るが、通算254勝(186敗)は殿堂入りには太鼓判となるレベルではなく、同防御率3.90はこれまでの殿堂入りのどの投手にも劣る。近年重視されるセイバー指標でも、通算K/BBは1.78と凡庸だった。BBWAA経由では、最終前年の2013年には67.7%まで迫ったが、翌年は得票を落とし資格を失っていた。

そんな彼を最後に栄誉に導いた大きな要因は「記録」以上に「記憶」だったとぼくは思っている。タイガース在籍の84年には、ワールドシリーズで2完投勝利を挙げ同球団の世界一に貢献。ツインズ在籍の1991年ワールドシリーズ第7戦での10回完封勝利は、球史に残る名場面とされる。もちろん、一瞬のきらめきだけで殿堂入りできるほど選出は甘くはないのだが、「記録」では当落線上にあったモリスをクーパーズタウンに導いたのは、ファンのハートに焼き付けた「記憶」だった。

かつては、殿堂入りには投手は通算300勝、打者は同3000本安打か500本塁打が「パスポート」と言われていた。しかし、90年代を中心とする能力増強剤の蔓延により、500本塁打の価値が相対体に低下し、投手では分業制の確立により投球回数の少ないセーブ王が一般化するなど、従来の物差しでだけは判断できなくなってきた。また、何よりもバリー・ボンズ(通算762本塁打)やロジャー・クレメンス(同354勝)などの薬物使用が確実視されながらも成績は超トップレベルの選手をどう扱うか、という大きな課題が残っている。

しかし、ひとまずぼくは今年の殿堂入りに満足している。文句のない成績を残した者、新しい価値観の普及でその偉大さが再認識された者、語り継がれる名場面の主役だった者が新たにメンバーとなったのだから。来週、ぼくは彼らのプラークを確認するためにクーパーズタウンに行ってくる。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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