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元KAT-TUN、田中聖被告の残念な判決

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
本文とは関係ありません。(写真:イメージマート)

東京高裁は9月12日、覚醒剤取締法違反で起訴されていた元KAT-TUNの田中聖被告に対して、1審の懲役1年4月よりは軽いが、懲役1年の実刑判決を言い渡した。

裁判では、かれが薬物と縁を切るため、昨年9月から受けている専門医の治療と回復支援施設での生活といった取り組みが評価されたものの、実刑という残念な判決になった。

この判決に対し、みずからも薬物で有罪判決を受け、現在は依存症の啓発や予防活動に精力的に取組んでいる高知東生氏も、「今が大事なときで、なんとか執行猶予にならないものか」と述べている。

専門家によれば、あらゆる依存症は多くの場合、永続的かつ不可逆的である。この点で、依存症の治療はダイエットに似ていると思う。ダイエットに費用と手間をかけても、持続的な良い結果を生むことはかなり難しい。ほとんどの者は油断し、一瞬の緊張感の欠如から、失った体重をすぐに取り戻してしまう。それどころか、ダイエット開始時の体重を超えてしまうことがしばしばである。依存症治療の難しさもこれと同じだろう。

しかし世間は、依存者が回復可能であるとみなされた場合、断薬こそが治療の目標であり、そしてしばしば唯一の目標であると考えがちである。この裁判長も例に漏れず、そう考えている。

裁判長は、田中被告が一審判決後も薬物依存症の治療に取り組んでおり、自らの考えの甘さを自覚して反省の気持ちを深めていると評価しながらも、かれが今いる治療環境から引き離し、実刑判決を言い渡した。つまり、懲罰的断薬しかないと判断されたのである。

社会は薬物使用が生活習慣として賢明なことではなく、道徳的にも許されないことだと考えている。そのため二度と薬物に手を出さないようにさせるため、薬物使用者に対する懲罰的な断薬こそが、ほとんどすべての裁判官が目指す理念的目標となっている。薬物使用に対する刑罰の継続を、治療の有効性を確保するための不可欠の前提だと考えている。

しかし、薬物依存症の治療でもっとも大事なことは、かれが可能な限り身体的・精神的健康を維持、獲得できるようにしながら治療に当たることだろう。この観点からすると、断薬は必ずしもかれにとって最善の目的ではない。たとえ一時的に断薬できたとしても、適切な治療と支援がなければ再び薬物に手を出す可能性がある

実際、薬物依存で何度も刑務所と社会を行き来したあるコメディアンは、「ここ(刑務所)を出たら薬をやることばかり考えていた」と告白している。

覚醒剤取締法違反で実刑を受けた者が満期釈放後、5年以内に再び刑務所に戻ってくる率は50%を超えているのである(令和2年版『犯罪白書』)。

令和2年版『犯罪白書』より
令和2年版『犯罪白書』より

薬物使用者が望むならば、そして医学的にも明らかな問題がなければ、かれらが有益であると望む治療方法のほとんどを試すことが許されるべきである。

「裁判長が、薬物との親和性が強いと仰っていたが、だからこそ、やっと繋がったこの治療の絆を切らないで欲しい。今が大事な時なんだ」との高知氏の言葉はまさにその通りだと思う。

依存症の克服が難しいということは例外ではなく、むしろ規則なのである。断薬が難しいからといって、処罰を継続することが正当化されるわけではないのである。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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