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マリスJr.氏の発言で改めて浮き彫りになった米国内で根深く残り続けるステロイド時代への嫌悪感

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
父の記録に並んだアーロン・ジャッジ選手を祝福するロジャー・マリスJr.氏(左)(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【ジャッジ選手の61本塁打を現地で見守ったマリスJr.氏】

 すでに日本でも各所で報じられているように、ヤンキースのアーロン・ジャッジ選手が現地時間の6月28日に行われたブルージェイズ戦の4打席目で8試合ぶりに本塁打を放ち、1961年にロジャー・マリス選手が樹立していたア・リーグの年間本塁打記録の61本塁打に並んだ。

 敵地での試合ながら、ジャッジ選手が快挙を達成したと同時に、観客席は両チームのファンが総立ちとなり、ベースを1周した後ベンチ前でチームメイトや監督らと抱き合って喜びを分かち合うジャッジ選手に盛大な歓声と拍手で祝福していた。

 観客席の中にはジャッジ選手が60号本塁打を放った翌試合から現地で観戦を続けていたジャッジ選手の母パティさんと、マリス選手の子息であるロジャー・マリスJr.氏が歴史的瞬間に立ち会っていた。そして2人は記録達成を喜び合うようにハグし、そしてジャッジ選手に惜しみない拍手を送り続けた。

 試合後はパティさんとともにクラブハウス近くに招き入れられたマリスJr.氏は、改めてジャッジ選手に直接祝福の言葉をかけている。

【マリスJr.氏「彼は真の年間本塁打王として崇められるべきだ」】

 さらにマリスJr.氏は、試合後の記者会見にも出席しメディアに対応したのだが、年間本塁打記録に対し以下のような私見を述べている。

 「(ジャッジ選手がマリス選手の記録に並んだことは)自分にとって大きな意味を持つし、多くの人にとっても大きな意味を持つことだと思う。彼はクリーン(clean)で、ヤンキースの選手で、ずっと正しい姿勢でプレーを続けてきた。

 彼は単にアメリカンリーグの記録に並んだだけではなく、我々が62本目を打つ打者として崇めるだろう機会を与えてくれようとしている。

 彼は真の年間本塁打王として崇められるべきだ。もし彼が62本塁打を打ったのなら、彼こそが相応しい人物だ。MLBは記録について見直す必要があるし、何らかの対応をする必要があると思う」

【1998年にマグワイア選手も現場で祝福していたマリスJr.氏】

 マリスJr.氏が指摘する「クリーン」や「正しい姿勢でプレーする」とは、明らかにステロイド時代にマリス選手の年間本塁打記録を更新していたバリー・ボンズ選手、マーク・マグワイア選手、サミー・ソーサ選手に対して向けられた言葉だ。

 同氏は、彼らが「禁止薬物を使用」し、「人々を裏切りながらプレー」していたと考えているからこそ、こうした表現を使いジャッジ選手を称えているわけだ。

 マリスJr.氏の今回の指摘は非常に重要な意味を持ち、球界に波紋を広げるような気がしている。というのもマリスJr.氏は、1998年にマグワイア選手が37年ぶりに初めてマリス選手の記録に並び、さらに62本塁打を放ち記録を更新した際も、他の家族とともにブッシュスタジアムに赴き歴史的週間に立ち会っているからだ。

 その時も62本塁打が生まれた直後から祝福一色に包まれた試合は一時中断すると、マグワイア選手は観客席に足を踏み入れ、記録更新に拍手を送ってくれたマリスJr.氏や他の家族たちと熱い抱擁を交わしている。その光景は、今も動画サイト等で閲覧することができる。

【今も米国内で根深く残るステロイド時代への嫌悪感】

 以前本欄でも、ステロイド時代に年間60本塁打以上を記録している上記3選手が、結局記者投票で殿堂入りできなかったことを例にとり、米国ではジャッジ選手が目指す年間61本塁打は、単にア・リーグ記録に並ぶというだけでなく、ステロイド時代の選手以外で初めての王台到達という意味を持つと説明させてもらった。

 当時マグワイア選手を祝福していたマリスJr.ですら今回のような発言をしていることで、米国社会ではステロイド時代への嫌悪感が今でも根深いことが浮き彫りになってしまった。

 その一方で、ステロイド時代の象徴として一部の選手たちが批判の矢面に立たされ続け、グレーゾーンにいた他の選手たちが殿堂入りするという歪んだ構造は、未だに解消されていない。

 果たしてMLBは、今後ステロイド時代とどう向き合っていくのだろうか。このまま一部の選手たちだけに、責任を押しつけたままでいいのだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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