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乾癬の炎症が脳や末梢神経に与える影響とは?専門医が解説

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(提供:イメージマート)

【乾癬における炎症性サイトカインと神経系の関係】

乾癬は、免疫系の異常によって引き起こされる慢性の皮膚疾患です。患者さんの皮膚では、IL-17やIL-23、TNF-αなどの炎症性サイトカインが過剰に産生され、炎症反応が持続的に起こっています。IL-17は主にTh17細胞から分泌され、ケラチノサイト(表皮細胞)の増殖を促進したり、好中球の遊走を誘導したりします。IL-23は樹状細胞から産生され、Th17細胞の分化を促すことで炎症反応を増幅します。TNF-αは、炎症の主要なメディエーターで、ケラチノサイトや線維芽細胞から炎症性サイトカインの産生を誘導します。

興味深いことに、これらの炎症メディエーターは、皮膚だけでなく神経系にも作用することがわかってきました。実際、乾癬患者さんでは、うつ病や不安障害といった精神疾患の合併率が高く、その重症度と乾癬の活動性には正の相関があるとの報告もあります。また、乾癬患者さんの脳脊髄液中では、IL-17やTNF-αの濃度が上昇しているとの知見もあり、乾癬の慢性炎症が中枢神経系に影響を及ぼしている可能性が示唆されています。

例えば、IL-17は脳内の特定の領域で受容体に結合し、シナプス(神経細胞間の接合部)の機能に影響を与えたり、微小血管障害を引き起こしたりします。また、血液脳関門の構造や機能を破綻させ、脳内の炎症反応を惹起する可能性も指摘されています。血液脳関門とは、脳内の恒常性を維持するために、血液中の物質の脳内への移行を厳密に制御している関門のことを指します。TNF-αも同様に、神経炎症や神経変性疾患と深く関わっていることが知られています。TNF-αは、大脳辺縁系(情動に関わる脳の領域)の受容体発現が多く、うつ病などの気分障害の病態に関与していると考えられています。

【乾癬の炎症が末梢神経に与える影響】

乾癬患者さんの皮膚では、表皮内神経線維の密度が増加し、CGRPやサブスタンスPといった神経ペプチドが異常に分泌されています。CGRPは、血管拡張作用を有し、炎症の遷延化に関与します。サブスタンスPは、知覚神経に作用し、そう痒(かゆみ)や痛覚過敏を引き起こします。これらの神経ペプチドは、免疫調節因子として炎症反応に関与するだけでなく、乾癬特有の皮膚症状の発現にも重要な役割を果たしているのです。

さらに、IL-17やIL-23、TNF-αなどの炎症性サイトカインが、直接的に末梢神経の感覚伝達に影響を及ぼすことも明らかになっています。例えば、IL-17は後根神経節のニューロンに発現するIL-17受容体に結合し、神経の興奮性を高めることで、疼痛(痛み)の伝達を調節します。後根神経節は、体性感覚情報を中枢に伝える一次感覚ニューロンの細胞体が集まっている神経節です。IL-23は、TRPV1陽性の一次感覚ニューロンに作用し、かゆみや痛みの感覚伝達を修飾します。TRPV1は、痛覚過敏や温度感受性に関与するイオンチャネルの一種で、乾癬患者さんの皮膚で発現が亢進しています。

これらの知見は、乾癬患者さんの皮膚症状のメカニズムを理解する上で重要な手がかりになると考えられます。乾癬の炎症性サイトカインが末梢神経に作用することで、皮膚の感覚異常や疼痛が引き起こされている可能性があります。今後、乾癬の神経症状に対する新たな治療ターゲットとして、IL-17やIL-23、TRPV1などに注目が集まるかもしれません。

【乾癬と精神疾患の関連性】

乾癬患者さんでは、うつ病や不安障害といった精神疾患の合併率が高いことが知られています。疫学研究によると、乾癬患者さんのうつ病有病率は一般人口の1.5倍に上るとの報告もあります。また、乾癬の重症度と抑うつ症状の程度には正の相関があり、乾癬が重症であるほど、うつ病を合併するリスクが高くなります。この関連性の背景には、乾癬の慢性炎症が脳内の神経伝達物質や神経回路に影響を及ぼしている可能性が考えられます。

実際、うつ病患者さんでは血中のIL-17濃度が上昇しており、Th17細胞の関与が示唆されています。Th17細胞は、IL-17やIL-22を産生するヘルパーT細胞の一種で、乾癬の病態形成に重要な役割を果たしています。また、アルツハイマー病などの神経変性疾患患者さんでも、脳脊髄液中のIL-17濃度の上昇が確認されています。TNF-αは、海馬や扁桃体などの大脳辺縁系の受容体発現が多く、ストレス応答や情動制御に関わっていると考えられています。うつ病患者さんでは、血中のTNF-α濃度が上昇しており、その程度はうつ病の重症度と相関するとの報告もあります。

このように、乾癬の炎症性メディエーターが脳内で神経炎症を惹起し、精神疾患の発症や増悪に寄与している可能性があるのです。実際、乾癬患者さんに抗IL-17抗体や抗TNF-α抗体を投与すると、皮膚症状だけでなく、抑うつ症状も改善することが示されています。また、抗うつ薬の投与により、乾癬患者さんの血中TNF-α濃度が低下するとの報告もあります。これらの知見は、乾癬の炎症と精神症状の間に密接な関連があることを示唆しています。

【乾癬における神経免疫相関の意義】

これまで見てきたように、乾癬では皮膚の炎症反応と神経系の異常が密接に関連しています。皮膚で産生された炎症性サイトカインが末梢神経や中枢神経系に作用し、感覚異常や情動の変化を引き起こす一方で、ストレスなどの精神的要因が皮膚の炎症反応を増幅させる可能性もあります。また、乾癬の皮疹が神経支配領域に一致して生じたり、神経損傷によって皮疹が消退したりする現象も報告されており、皮膚と神経系の相互作用の重要性を示唆しています。

乾癬における神経免疫相関を理解することは、乾癬の病態解明や新たな治療法の開発につながる可能性があります。例えば、IL-17やIL-23、TNF-αといった炎症性サイトカインを標的とした生物学的製剤は、乾癬の皮膚症状を劇的に改善させるだけでなく、患者さんのQOLや精神症状の改善にも寄与すると期待されます。また、ストレスマネジメントや行動療法といった精神心理的アプローチを皮膚科治療に取り入れることで、乾癬の病勢コントロールや再発予防に役立つかもしれません。

乾癬は、皮膚と神経系の相互作用が病態形成に重要な役割を果たす代表的な疾患であると言えます。皮膚と神経系は、ともに外界からの刺激に対する防御機構であり、生体の恒常性維持に欠かせない臓器です。乾癬の病態を紐解くことは、皮膚と神経系の機能的統合を理解する上でも重要な意義を持つと考えられます。今後、乾癬における神経免疫相関のメカニズムがさらに解明されることで、乾癬だけでなく、他の神経皮膚疾患の病態解明や治療法開発にもつながることが期待されます。

以上、乾癬における炎症性サイトカインが神経系に及ぼす影響について概説しました。乾癬は単なる皮膚の病気ではなく、全身の慢性炎症性疾患として捉える必要があります。乾癬の炎症メカニズムと神経系の関わりについて理解を深めることは、乾癬患者さんのQOL改善や精神症状のケアにもつながります。乾癬の皮膚症状だけでなく、患者さんの精神面のサポートも重要であると認識しておく必要があるでしょう。

参考文献:

1. Tang J et al. Experimental Dermatology. 2024;33:e15104.

2. Patel N et al. Journal of Dermatological Treatment. 2017;28(8):740-745.

3. Gautam AS et al. Naunyn-Schmiedeberg's Archives of Pharmacology. 2023;396:577-588.

4. Machado-Pinto J et al. Anais brasileiros de dermatologia. 2016;91(1):8-14.

5. Blauvelt A et al. Journal of the American Academy of Dermatology. 2020;82(5):1217-1218.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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